スーパーカー世代の夢と憧れを実現、ロータス ヨーロッパ スペシャル

1970年代中頃に巻き起こったスーパーカーブームは凄まじいものがあった。全国各地でスーパーカーショーが開催され、スーパーカー消しゴムやカード、めんこ、そしてレコードなど、さまざまな関連グッズが販売されただけでなく「対決!スーパーカークイズ」というテレビ番組までオンエアされたほどだ。まさに社会現象と言ってもいいだろう。今でも実家の押し入れに当時のグッズを保管していたり、当時流行ったBOXYのボールペンを愛用していたりする人がいるかもしれない。

カメラ片手に、当時の少年たちは街へと繰り出した。お目当てのスーパーカーを撮影するためだ。あまり知られていないかもしれないが、実は現代でも同じ現象が起こっている。若き熱狂的なスーパーカーファンがインターネットと独自のネットワークを駆使して、日夜、気になるモデルを追い掛けている。時代は移り変わっても「カッコイイクルマへの憧れ」は不変なのだ。

今回のロータス・ヨーロッパのオーナーも、スーパーカーブームを体験した世代である。少年時代にはランボルギーニ・カウンタックに憧れていたし、今でもその想いは変わらない。当時、自由が丘にあった「オートロマン」に通ったこともあるという。スーパーカーの写真を購入した特典としてポルシェ911の助手席で味わった「異次元の体験」は、いまだに鮮烈な記憶として脳裏に焼き付いているそうだ。

ロータス・ヨーロッパといえば、池沢早人師先生の名作「サーキットの狼」の主人公・風吹裕矢の愛車として記憶している人も多いだろう。1966年に生産開始となったロータス・ヨーロッパの最終モデルにあたるのが、今回の「ロータス・ヨーロッパ スペシャル」だ。排気量1.6L 水冷直列4気筒DOHCエンジンをミッドシップにマウント。最高出力は126馬力と、数値上は非力に感じるかもしれないが、FRP製ボディの恩恵で車両重量は730kg。重量級のスーパーカーたちには真似できないような、軽さを活かした走りも実に魅力的だ。

あるとき専門店でロータス・ヨーロッパを見掛けて購入を決意したというオーナーだが、「ボディカラーは黒、本国仕様の右ハンドル、程度良好」といった条件を満たす個体はなかなか見つからなかった。およそ1年掛けて、現在の愛車となる1973年式ロータス・ヨーロッパ スペシャルを見つけることができた。程度が良さそうだったこともあり、個人売買であったが即決。所有して5年目になる。

しかし、この「程度が良さそうだった」が曲者で、少なくとも、生産されてから40年近い歳月を経た個体なのだ。結果として手を加えたり、数々のトラブルに悩まされることになる。では、実際にどれくらいの手間を掛けたのだろうか。オーナーの許可を得て、これまで手を掛けた項目を挙げてもらった。

これまで手を加えた箇所
・アクセルワイヤー2回交換
・キャブ開閉強制スプリング増設
・クラッチワイヤーブラケット
・ハザードリレー交換
・ETC設置
・CDステレオ交換
・スピーカー交換
・グローブBOX交換
・タイヤ交換2回(現在はブリジストンの ポテンザRE-01)
・ワタナベホイール交換
・車内配線
・水温計
・水温計センサー
・ガソリンタンク内 センサー交換
・フロントボンネットステー
・ライト
・右ドアヒンジ交換
・オルタネーター リビルト2回
・ディストリビューター イグニッション化
・燃料ポンプ交換
・プラグコード交換
・マフラー交換リビルト
・キダスペシャルマフラー交換
・ガスケット交換
・右リアハブ 補強
・ヒーターバルブ3回交換
・ヒーターコアー 清掃
・キャブレター調整
・エアーフィルター 
・プーリー交換
・左右エアーディフューザー
・ファンベルト交換2回
・オルタネーターステー 交換
・クラッチリンケージ 交換v ・サイドブレーキワイヤー交換
・セルモーターリビルト 
・セルモーター新品交換
・ブレーキランプセンサー交換2回
・ライトリム交換
・モモステアリング交換
・センターコンソール交換
・モモシフトブーツ交換
・ドアミラー交換
・ブレーキパッド2回交換
・バッテリー交換3回
・タイヤ交換2回
・シャーシ溶接補強
・タペットカバー交換
・クラッチ盤交換
・クラッチケース交換
・クラッチベアリング交換
・ブレーキフルードポンプ交換
・ミッションオーバーホール
・右リアサイドシール交換
・遮熱板
・サイドモール加工
・フロントサイドウインカー交換
・フロアマット交換


2016年に入って手を加えた箇所
1月
・ヒーターバルブ
・カットオフスイッチ交換

3月
・キーシリンダー交換
・クラッチリンケージピン破損

4月
・車内ヒーターホース ストップリーク
・左フロントロアアーム 交換
・セルモーター リレー追加
・左リアミッションサイドシール交換
・キャブレター内部フロート交換
・ファンベルト交換
・各種グリスアップ
・左リアブレーキマスターシリンダー交換
・リアウインカー左右交換

6月
・クーラントサーモホース交換
・クーラントサーモガスケット交換
・右ドア補修

7月
・左エンジンマウント交換
・左右ミッションマウント交換
・ルーカスヘッドランプ左右交換
・フロント強化スタットボルト、ナット交換
・ブレーキローター交換
・ブレーキパット交換

8月 
・ラジアスマウント左右交換
・リア強化スタットボルト、ナット
・リアハブロックタイト補強
・ヒーターバルブグロメット追加

まさに、ロータス・ヨーロッパ スペシャルのオーナーとしての資格と愛情の度合いを試されているかのようだ。「ある程度の段階までは手を加えた箇所を計算していたんですけれど、馬鹿馬鹿しくなってやめました(笑)」とオーナーは語る。1箇所修理したり交換することでクルマ全体のバランスが微妙に変わり、また新たなトラブルが発生することもあるのだ。それを丹念に、根気強く直していった結果が上記リストだ。心底ロータス・ヨーロッパ スペシャルに惚れ込んでいなければ、ここまで手間と愛情と費用を注ぎ込むことはできないだろう。

そんな、幾多のトラブルを乗り越えてきたロータス・ヨーロッパ スペシャル。エアコンが装備されていないため夏場は乗れないし、故障して主治医のところに預ければしばらく戻ってこない。しかし、オーナーはこれをポジティブに捉え「久しぶりに乗るときには新たな気持ちでクルマに接することができる」と考えている。つまり、飽きることがないのだ。

基本的にオリジナルコンディションを維持することに重きを置くオーナーだけに、モディファイされている箇所は、MOMO製ステアリングやシフトブーツ、購入した直後に交換したというRSワタナベ製ホイールなど、ごくわずかだ。スポーク部分がボディと同色にペイントされていることで、全高1090mmがより一層低く感じる。もちろん、オリジナルの部品は大切に保管してある。

「購入時は音に惹かれましたが、何よりこのスタイリングに惚れ込んでいます。欠品している部品もありますが、目立たないところは日本製の部品をうまく流用したり、主治医であるニュースピード エンジニアリングさんが確保してくれているので何とかなっています。主治医の存在がなければ、このクルマに乗り続けることは不可能に近いかもしれません」。実は取材時に、オーナーが「運転席に座ってみませんか?」と促してくれた。不思議なもので、この種の取材を重ねていくと「触れてはいけないオーラ」が出ているクルマが分かるようになる。これほど大切に乗られている個体だけに、おいそれと触れてはいけないオーラがこのロータス・ヨーロッパ スペシャル全体から発せられているのだ。

「車重が700kg台と軽いので、助手席に人が乗ると動きが変わります。ステアリングのクイックさがたまらないですよね。自分の運転が上手くなったように思えてきます」。街中を走るロータス・ヨーロッパ スペシャルを撮影したときにこの意味が分かった。交差点を曲がる動きがあきらかに他のクルマとは違うのだ。決してオーナーが飛ばしているわけではないのに、実にクルマの動きが軽いのだ。「幻の多角形コーナリング」も、このような動きからヒントを得て生まれたのだろうか。

「できる限り、新車に近いコンディションを目指して乗っていきたいですね。FRPのボディ保護のため、シュアラスターワックスで丹念に磨いたり、暖機運転中にボディに付着した埃をはらっています」。こうして愛車へ惜しみなく手間を掛けている行為が、前述の「触れてはいけないオーラ」を感じさせる要因なのかもしれない。

幼少時の同級生で、スーパーカーブームの頃に抱いた夢を実現したのはオーナーだけだ。大人になり、結婚して養う家族が増えれば、日々の生活が最優先となる。スーパーカーを手に入れるどころではなくなってしまうのだろう。そんな経緯もあり、当時の友人たちを助手席に乗せることもあるという。

「ブーム」が去ると同時に、スーパーカーへの想いが少しずつ冷めていった子どもたちもいたはずだ。大人になっても当時と同じ気持ちを持ち続け、目の前に立ちふさがるあらゆるハードルをクリアして理想のクルマを手に入れる。夢と憧れを実現するのはたやすいことではないと改めて実感した。しかし、深夜の街中を鮮やかに駆け抜けるロータス・ヨーロッパ スペシャルを追い掛けていると、諦めなければいつか叶うかもしれないと信じたくなるのだ。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]