きっかけは高校生のときにYouTubeで観たDTM、23歳のオーナーの心を捉えて放さないBMW・M3改(E30型)

BMW・M3という響きに思わず反応してしまうのは、ドイツツーリングカー選手権(以下、DTM)を観たことがある人か、「BMW・M」というクルマに特別な感情を抱いている人のはずだ。

言わずもがな、BMWにとっての「M」は、元々スポーティーなイメージのあるこのメーカーのクルマを、より高性能かつエッジの効いたモデルに仕立てていることは知っての通りだ。BMW・M1に始まり、M3、M5、M6など、いずれも声高に高性能をアピールすることもなく「羊の皮を被った狼」のごとく、さりげなさと獰猛さを併せ持つこの「M」の称号を持つBMWが、長年に亘り、世界中の熱狂的なファンの心を捉えてきたことは確かだ。

その中でも、1990年代前後のDTMや、全日本ツーリングカー選手権のグループAカテゴリーで活躍したBMW・M3(E30型)は、レースで勝つために生まれてきたクルマといっていいだろう。そんなヒストリーを持つこのクルマに、今も憧れとシンパシーを抱く人も少なくない。今回のオーナーもその1人だ。

BMW・M3としては初代にあたるE30型(以下、BMW・M3)は、2.3L 直列4気筒エンジンを搭載し、リアのブリスターフェンダーが特徴的なクルマだ。2代目のE36型では、3L 直列6気筒エンジン(後に3.2Lエンジンとなった)を搭載し、3代目のE46型でも3.2L 直列6気筒エンジンが採用された。そして、4代目となるE92型では、ついに4L V型8気筒エンジンを搭載するまでに至った。そして、現行モデルのF80型では、3L 直列6気筒ツインターボエンジンを搭載。ただし、M3の名を冠するのは4ドアセダンとなり、クーペモデルはM4を名乗るようになった。モデル名こそ変わったが、BMW3シリーズクーペをベースに仕立て上げた特別なモデルであることに変わりはない。そして、このクルマを好むユーザーも、過剰な変化を求めていないのかもしれない。

待ち合わせ場所に現れたBMW・M3は、今すぐにでもサーキットを走ることができそうなオーラを全身から発していた。運転席にはフルバケットシートが奢られ、レーシングカーを彷彿とさせるロールケージが車内に張り巡らされている。そのロールケージをまたぎ、クルマから降りてきたオーナーがあまりにも若いことに驚いた。

「このBMW・M3は1年半ほど前に手に入れました。今から2〜3年ほど前、馴染みのショップに通っていたときに知り合った方がこの個体を所有していて『いつか譲ってください!』と頼んでいたら、手放すときに本当に声を掛けてくれたんです。現在、私は23歳なのですが、このクルマに乗っていると、おじさんたちに良く声を掛けられます。大切に乗ってくれよなって(笑)」。

23歳ということは、このBMW・M3がドイツや日本などのサーキットで全盛を極めていた時代を知らない世代ということになる。どのようなきっかけで自分が生まれる前に活躍したクルマに興味を抱くようになったのだろうか?

「父親がかつてBMW・2002ターボを所有していたんですね。幼心にその記憶が鮮明に残っています。それと、高校生のときにYouTubeで観たDTMの映像が強烈な印象として脳裏に焼き付きましたね。こんな格好いいクルマが、自分が生まれる前からサーキットを走っていたんだと知り、感激しました。しかし、運転免許取得後に、いきなりM3を買うなんて夢物語です。そこでスバル・インプレッサ(GC8型)を購入し、スポーツセダンの走りを楽しみました」。

クルマとの出会いは「縁」に尽きると思う。馴染みのショップで顔を合わせた人がM3を所有していて、しかも譲ろうかと声を掛けてくれた。さらには、若いオーナーでも手が届く破格の条件を提示してくれたのだ。単なる偶然かもしれないし、M3を熱望するオーナーの引力が強かったからこそ実現できたのかもしれない。いずれにしても、20代前半で念願のM3オーナーとなれたのは、相当な強運の持ち主とみて間違いないだろう。早速この個体について尋ねてみることにした。

「このM3は1987年に正規輸入された個体のようで、私が3人目のオーナーになります。現在のオドメーターの走行距離は約7.9万km、私が手に入れてから1年半で1.5万kmほど走りましたから、30年前の個体としては少ない方かもしれないですね。インプレッサから乗り換えると、NAエンジン特有の気持ちよさ、コーナリングのスムーズさ、クルマのトータルバランスの良さに驚かされました。実際に乗ってみて、ますますこのM3が好きになりましたね」。

見た目にもかなりスパルタンな雰囲気を漂わせているが、これはオーナーが手に入れてからモディファイしたのだろうか。

「歴代のオーナーさんが、この個体でサーキットを走るためにモディファイしていたそうです。私が手に入れたときからフルバケットシートも、ボルトオンではなく、ボディに溶接されているロールケージも装着されていたんです。しかし、このままでは車検に通らないので、構造変更申請などの諸々の手続きを済ませてあるフル公認車として譲り受けています。何しろ目立つクルマですから、そのあたりはしっかりやらないといけませんよね」。

つまり、このM3は「M3改」なのだ。具体的には、どのあたりにモディファイが加えられているのだろうか。

「ワンオフで製作されたロールケージ、ボディへの800箇所近いスポット増し、カーボン素材のボンネット、アラゴスタ製車高調、APレーシング製ブレーキキャリパー(フロント4ポッド、リア2ポッド)、大容量のガソリン安全タンクなどは過去のオーナーさんがモディファイしたものですね。私が手に入れてからは、このクルマを譲り受けることになったショップに頼んで、ワンオフでダッシュボードを製作してもらい、トランク内を占拠していたガソリン安全タンクを埋めてもらいました。ホイールを当時人気だったと聞いているBBS製のRSという銘柄に交換したいのですが、現存しているモノが少ないのか、なかなか良い出物がなくて···」。

オーナーは本当に23歳だろうか?このM3改に対するこだわりとオマージュは、現役当時を知る世代ですら圧倒されてしまうほど本格的なものだといえる。しかし、若くしてこれほどの個体を維持できるのはなぜだろう···。同時にそんなことも勘ぐってみたくなり、少し意地悪な質問を投げ掛けてみた。

「そうなんです。私みたいな若い世代がBMWに乗っていたら、どうせ親に買ってもらったとか、親からお金を借りて手に入れたんだとか、そんな風に見られても仕方ないですよね。でも、すべて自分で稼いだお金です。これほどのクルマを親に買ってもらったり、お金を借りてまで乗りたいとは思いませんし、成人した1人の男として当たり前のことです。このクルマに相応しいオーナーでいたいですし、いつまでも乗り続けたいからこそ、仕事も頑張れるんです!」。

レースで活躍していたのが1990年代前半というクルマの性格上、年上のクルマ好きとの交流はあるようだ。決して多くは語らなかったが、若いオーナーだけに、色々誤解されることもあったのだろう。では、同世代のクルマ好きとの交流はあるのだろうか。

「同世代の仲間もたくさんいますよ!夜な夜な走ったり、週末にはツーリングに出掛けたりしています。私には3歳上の兄がいて、兄弟そろって父親の影響でクルマが大好きなんです。兄弟で仲が良く、仲間たちと一緒に出掛けることもよくあります。兄は、DTMに出られそうなほどモディファイされた、メルセデス ベンツ・190E 2.5-16Vに乗っているので、仲間内でも『兄弟でDTM対決ができるね』と言われています(笑)。そういえば、周囲の仲間たちも輸入車オーナーが増えてきましたよ。一度、ドイツ車の走りを知ってしまうと、自分も乗ってみたいと思わせる魅力があるんだと思います。皆、維持するだけで精一杯ですけれど、一生懸命働いて何とか頑張っています」。

そうなのだ。年代物の輸入車だけに、近年のクルマのようにメンテナンスフリーというわけにはいかないし、きちんとコンディションを維持するための費用もそれ相応に掛かってくることは避けられない。その点を、オーナーはどのようにクリアしているのだろうか?

「ショップの主治医に指南してもらいながら、できるだけ自分でメンテナンスして維持費を抑えるようにしています。その方がクルマのコンディションも把握できるし、一石二鳥です。このクルマにはTOTAL製のQUARTZ 5000 20W-50という種類のエンジンオイルを入れているのですが、これも3,000kmごとの交換を怠らないようにしています。このM3改は、筑波サーキットのコース2000を1分4秒台で走れるポテンシャルを秘めているそうなので、もう少し余裕ができたらサーキットも走ってみたいです。そのときのために、今からしっかりとコンディションを維持したいと思います」。

言葉の端々から、このM3改への愛情が伝わってくるオーナー。最後に、野暮を承知でこのクルマとどのように接していきたいか尋ねてみた。

「今はかなり手が加えられていますが、50代、60代になっても乗り続けられるよう、オリジナルのパーツも、可能な限り残してあるんです。体力的に私が乗れなくなるか、それともM3改が動かなくなるか···。まだ将来のことは分かりませんが、何があっても手元に置いておきたいんです。その気持ちだけは、年齢を重ねても変わらないと断言できます!」。

近年、日本でもさまざまなクラシックカーイベントが開催されるようになった。1980年代後半に誕生したこのM3改は、ようやくネオクラシックカーの領域に足を踏み入れたあたりだろう。いつの日にか、白髪が交じるようになった初老のオーナーが、このM3改とともに未来のクラシックカーイベントに参加し、ギャラリーを楽しませる日が訪れるに違いない。そして、決してそれが夢物語ではないように思えてならないのだ。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]