「港306」は、21世紀もお元気ですか?日産・セフィーロ(A31型)

「皆さん、お元気ですか?失礼します。」

助手席に座るミュージシャンの井上陽水、さらに自身が手掛けた曲「今夜、私に」をBGMに、カメラに向かって語りかけるCM。そして、キャッチコピーの「くうねるあそぶ。」は糸井重里によるものだ。当時、かなりのインパクトだったように思う。

このCMのクルマとは、日産・セフィーロ。今からおよそ30年前の1988年9月にニューモデルとして発売された4ドアセダンだ。今回は、そんなバブル華やかなりし当時の日本を感じさせるクルマのオーナーに話を伺ってみた。

「このクルマは、1990年式 セフィーロ コンフォートツーリング(A31型/以下、セフィーロ)になります。手に入れてから1年ほどです。実は、私よりも弟が欲しがっていたクルマなんですが、人づてにSNSでセフィーロが売りに出ていることを知り、個人売買という形で手に入れました。私が3オーナー目で、しかもフルオリジナルを維持する個体なんです。さらに、現在でも走行距離は約3.9万キロという少なさです。前オーナーさんは若い女性で、セフィーロでドリフトを楽しんでいらっしゃったこともあるとのことでした。このクルマも、私が引き取らなかったら、ドリフト仕様になっていたかもしれません」。

流麗なスタイリングを持つセフィーロだが、デザインを手掛けたのは、後にアウディに移籍することになる和田智。ボディサイズは全長×全幅×全高:4690x1695x1375mmと、ギリギリで5ナンバー枠に収まるサイズだ。駆動方式はFR、エンジンは当時のスカイラインなどに搭載されていたRB20系のものが採用された。NAはもちろん、ターボ付きのエンジンを選択することも可能であったため、後にドリフト仕様のベース車として選ばれることも多かった。その結果、現在では姿を消していった個体も少なくないように思う。

当時、このセフィーロが画期的だったのは、敢えてグレード設定をせず、エンジン、サスペンション、ボディカラー、内装の素材と色を自由に選べる「セフィーロ・コーディネーション」というパーソナライズシステムを採用したことだろう。各々の個性やこだわりを自分の愛車に反映できる量産車としては、贅沢かつ手間の掛かる生産方法といえる。折しも、当時の日本はバブル絶頂期。まさに時代が生んだ1台だったのかもしれない。

そんなセフィーロを愛車に選んだ理由とは何だったのだろうか?

「セフィーロに興味を持ったのは、『あぶない刑事』の影響が大きいんです。途中からセフィーロが劇用車として使われることになったんです。私は今、32歳なんですが、小さい頃に再放送を観ていて、その世界観に魅了されましたね」。

初期のあぶない刑事の劇用車といえば、日産・レパード(F31型)のイメージが強いが、日産・グロリア(Y31型)やスカイライン(R31型)も起用されていた。そのスカイラインに置き換わる形で登場したのがセフィーロというわけだ。ちなみに、劇中でのコールサインは「港306」だった。

「この個体のボディカラーは、劇用車と同じグリニッシュシルバーなんですが、中期モデルでして…。あぶない刑事の劇用車である『港306』は、前期モデルなんです。前期と中期モデルでは、ヘッドライト、フロントグリルおよびバンパー、リアのテールランプ、各モールの形状など、細かく見ていくと仕様が異なる箇所がいくつもあるんです。既に前期モデルの部品はそろっているので、少しずつ『港306』仕様に近づけていくつもりです。ただ、難題が2つあります。『港306』には、サンルーフとリアワイパーが装着されているんですが、この個体には取り付けられていません。そこで弟と相談して、サンルーフはサードパーティ製のものを、リアワイパーはガラスに穴を開けてダミーのものを取り付けようと考えています」。

最近、セフィーロを街中で見掛ける機会は激減したように思うが、周囲のクルマ好きの反応はどのようなものだろうか?

「当時を知る世代の方には、懐かしいのか、街中やガソリンスタンドの店員さんなどから声を掛けられることが多いですね。イベント会場に持ち込むと驚かれることもしばしばです。セフィーロの多くがドリフト仕様に改造されて姿を消していってしまったんでしょうね。オリジナルの外観を残した個体が本当に少ないようです。今回はこの『グリニッシュシルバー』のボディカラーにこだわって探していたのですが、2年ほど掛けて、中古車検索サイトでヒットしたのは1台だけです。ボディカラーを限定しなければ、もう少し選択肢が広がるようですが、それでも絶対数は本当に少なくなりました」。

日産・スカイラインGT-R(R32型)など、生まれながらにして大切にされるようなクルマであれば、長い年月が経過しても生き残る個体は多いように思う。しかし、大半のクルマは月日の流れとともに消えていく運命にある。悲しいかな、セフィーロもそんな1台なのかもしれない。そして、気づいたときには程度の良い個体がほとんど残っておらず、部品の入手も困難に…。そんな経過をたどって姿を消していった国産車が無数にあるように思えてならないのだ。もはや、ネオクラシックの領域に足を踏み入れた感のあるセフィーロの、部品供給に関する状況を伺ってみた。

「いま、セフィーロの純正部品として取り寄せられるのは、(私が知る限りでは)エアコンの吹き出し口、リアエンブレム、サイドモールくらいです。インターネットオークションでもなかなか部品が見つかりません。そこで、万一のために、部品取り車を保有していて、入手困難なものはここから流用しています」。

最後に、このクルマと今後どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。

「他にも何台かネオクラシックな年代の日本車を所有しています。しかし、愛車の中では唯一の4ドアセダンなので、当たり前ですが使い勝手がいいんです。実はこのセフィーロ、弟の方が気に入っていることもあり、半ば無理矢理譲ったんです(笑)。実質的なオーナーは弟になりますが、私も乗る機会がありますし、兄弟で大切に所有していきたいですね。これほどのコンディションを保ち、さらにオリジナル度の高いセフィーロは2度と手に入れることができないと思っています。イベントなどにも参加して、当時を知る世代の方たちにも懐かしんでいただけたら嬉しいです」。

セフィーロが登場して来年で30年。当時、セフィーロのCMに登場した井上陽水も、2018年には70歳を迎えるそうだ。カメラに向かって「皆さん、お元気ですか?」と問いかけていた本人も、そして傍らに佇んでいたクルマも、いつの間にか年を重ねたものだ。

セフィーロとほぼ同じ時代に生まれた次世代のクルマ好きが、心血を注いで愛車のコンディションを維持していく。もしかしたら、街中やイベントなどで見事に「港306」仕様を再現した、グリニッシュシルバーのセフィーロを見掛ける機会があるかもしれない。人もクルマも否応なしに年を重ねていく運命にあるが、後者は大切に扱えば人間より長生きできる。このセフィーロも、いつまでも「お元気で」いてくれることを願うばかりだ。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]