トヨタ 86 新旧 比較試乗 山田弘樹

ワインディングロードのパーキングエリアにたたずむ2台の86。写真右がマイナーチェンジ前のモデルで、左は“後期型”と呼ばれるマイナーチェンジ後のもの。

乗ればわかる進化

デビュー4年目のマイナーチェンジで、大幅に仕様が変わったトヨタのFRスポーツカー「86」。“後期型”と呼ばれる最新型とこれまでの“前期型”では、走りにどんな違いがあるのか? モータージャーナリスト・山田弘樹が報告する。

4年前はおとなしかった!?

2012年に登場したトヨタ86は、トヨタのみならず国産スポーツカーとしても久々のFRスポーツカーだっただけに、発売前から周囲の期待は大きかった。またトヨタがかつて生み出した奇跡の名作カローラ レビン/スプリンター トレノの型式名称であり、その俗称であったハチロク(AE86)を車名にしたものだから、“ハチロク乗り”たちからは逆に、軽い反感をもたれるという一面もあった。良くも悪くもその注目度は、抜群に高かったわけだ。

前期型の86でワインディングロードを駆け上がる。写真は、上級グレードのGT“Limited”。

果たしてその仕上がりは、ちょっとばかりその期待に反していところもあった。プラットフォームをいちから起こし、その多くを専用設計とするスポーツカーを作った! という点では、前期型86の登場は本当に素晴らしいことだった。しかし、こういった努力はユーザーには推し量れないもの。価格も「ハチロク」を名乗るには少しだけ高かった。どちらかといえばその車格は「セリカ」で、価格的にはそれ以上だったと思う。

エモーショナルさという面でも、この新ハチロク(?)はおとなしい印象だった。エンジンの重心高が低くなる水平対向4気筒を搭載し、ボディ剛性を向上させるべくハッチバックを採用しなかったなど、FRスポーツカーとしては理想的なシャシー性能。しかし肝心なエンジンのフィーリングは、乗り手を高揚させるまでには至らなかったと思う。“元祖ハチロク”が名車となったのは、AE71の古いシャシーながらもあの、「4AG」を積んでいたから。決して速くはないけれど、心地よいトルクと共に高回転まできっちり回るエンジンに、みんな夢中になったのである。

後期型86の水平対向4気筒エンジン。マイナーチェンジを機に、MT車の最高出力は200PSから207PSへと高められた。

とにかく楽しい後期型

そして2016年。4年の歳月を経て86は初のビッグマイナーチェンジを受けた。これが出たときも開発主査の多田さんが意気揚々と「後期型と呼んでほしい!」なんて言ったものだから、やっぱり最初はちょっと戸惑ったが……。トヨタ86は、いまだにハチロクに乗り続けるボクから見ても、「これは買いだ!」と思える一台へと成長していた。

前期型から変更されたデザインの是非は置いておくとして、86後期型は、運転すると、いま世界中で発売されているどのミドル級スポーツカーよりも抜群に楽しい。正確に言えば2リットルの自然吸気エンジンを搭載したFRスポーツカーなど北米仕様のマツダ・ロードスターくらいしか見当たらないのだが、例えば格上であるポルシェ718ケイマンや、フォルクスワーゲン・ゴルフRをはじめとする一連の2リットルターボのFF勢と比べても、まったく見劣りしない。

後期型86では、ボディ剛性の強化に加えて、サスペンションも改良。操舵の応答性と乗り心地の、高次元での両立が図られた。

そう思わせてくれた一番の要因は、リアディファレンシャルに装着されるファイナルギアの最終減速比を、前期型の4.1から4.3へとショート化したからだと思う。燃費性能が問われる時代に、加速重視のギア比を組み込んだトヨタ(そしてスバル)の英断には恐れ入った。前期型でなぜこのギア比を設定しなかったか気になるが、それはきっと、ボディ剛性の関係からではないかと思う。ただでさえ旋回性能が高い86で、しかも前期型のボディに4.3のファイナルを組み込んだら、メーカーの基準としてはピーキーな操縦性になってしまうと判断したのではないだろうか。

その点後期型は、フロントのタワーバーが集合するバルクヘッド部分の剛性を上げ、さらにリアタイヤハウスにエプロンアウターと呼ばれる部材を追加し、Cピラーにスポット増し打ちを行うなど、リアの剛性もしっかり上げられているのである。

ワインディングロードを行く後期型86。GT“Limited”にはウイングタイプのリアスポイラーが標準で備わる。

コーナリングでの自信が違う

実際今回の改良で、そのボディは思わずニンマリしてしまうほどの頼もしさを得た。草食男子がボディビルダーになった! とまで言わないけれど、ひょろっとしていた中学生が、高校の部活でたくましく成長した! くらいの、リアルな成長が感じ取れる。前期型の86もサスペンションをしなやかに動かすタイプのスポーツカーだが、このボディ剛性の向上によって、後期型ではさらにその良さが助長され、タイヤの接地感が増した。

後期型86(写真手前)と前期型86(写真奥)では、フロントグリルやヘッドランプにも相違が見られる。

また前期型は、本気で攻めて走った際に、ターンインを終えてからリアタイヤに荷重が移り始めると、その力に耐えきれないかのように腰砕けを起こして、急激につぶれたタイヤは接地性が変化してしまった。ただ、滑ったあとのコントロール性が良好だったから、これが“ハチロクらしい”とされていたのも事実だ。対する後期型は、コーナーのターンインからステアリングに手応えがあり、リアタイヤに荷重が掛かっても最後まで踏ん張る。試乗車に装着されていたミシュランのプライマシーHCはハイグリップタイヤではないから、そうしたコーナリング時に滑ってはいるものの、状況(情報)がドライバーの手と腰にしっかり伝わってくるため、自信をもって操縦することができる。いわば“質の高いドリフトコントロール”ができるのだ。

後期型86では、コーナリング限界付近でのコントロール領域を残しながら、スピンの挙動を緩和させる「TRACKモード」が選択できる。

スペック以上に味が異なる

さらに! 後期型ではエンジンも前期型以上に心地よく吹け上がるようになった。吸気系がエアクリーナーから吸気パイプ、インテークマニホールドの形状まで見直されたのだ。それに加えてエンジンブロックの剛性を上げ、シリンダー内部の摩擦抵抗を減らすなど、メーカーにしかできない処理まで施された。数字上では7PSと0.9kgf・mの向上にすぎないが、これは大きな、本当に大きな進歩だ。そしてこれに「4.3ファイナル」が組み合わされることで、この水平対向4気筒は本当に気持ちいいエンジンになった。

街中で乗っていても、その乗り味は前期型よりもはるかに上質になったと感じる。特にGT“Limited”は、インパネやドアパネルもスエード調で大人っぽいのもいい。はっきり言って、比べものにならないほど後期型は成熟した。

後期型86のコックピット。トヨタ車の中で最小径となる362mmのステアリングホイールが採用されている。

というわけで、大人の買い方をするなら後期型。これはもう、ノーマルのままで街中からサーキットまで楽しめる。ただ、どちらが元祖ハチロクの後継かといえば、矛盾するようだが前期型だ。その元祖はいまや、クラシックカーとして価格が上がってしまったけれど、ハチロクのスピリットを支えるポイントは「安いこと」。若者にはなんとか中古車で手ごろな一台を見つけて、「4.3ファイナル」を付けてガンガン走ってもらいたい。というわけで、前期型に乗っている大人は、後期型に買い換えて、前期型を若者に譲ろう!

本当はもうワンサイズ小さくて安価なFRが、出たらいいんだけれど……。しかもハッチバックで! 車名は「ケーピー」でも許します。

(文=山田弘樹/写真=小河原認)

山田弘樹(やまだ こうき)
自動車雑誌『Tipo』の副編集長を経てフリーランスに。編集部在籍時代からレース活動も始め、LOTUS CUP Japanやスーパー耐久、フォーミュラではFormula SUZUKI隼やスーパーFJに参戦。その経験を生かし、モータージャーナリストとして活躍中。A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

[ガズー編集部]