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1974年 ランチア ストラトス 

イタリア 生産:1974 〜1975年

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説明スペック表
ストラトスはラリーでの勝利のためだけに造られた、史上初のパーパスビルドカーとして、自動車史に永遠に残るべきモデルである。元は'70年のトリノショーに出品されたベルトーネのデザイン実験車だったものを、コンセプトごとランチアに買い上げられ、結局二社による共同で開発された。僅か2180mmのホイールベースに対して、1400mmを超えるトレッド。これが意味するのは素晴らしい回頭性と、裏腹にトリッキーな操縦性だが、一流のラリーストが操れば最高のマシーンとなった。また、エンジンの選択もこのストラトスに於いては重要な位置を占める。当初はプロトタイプと同様ランチア自製、フルビアHF用のV4・1.6リットルが考えられていたが、シャシーのキャパシティーには依然充分な余裕があり、またラリーでの優位を決定的なものとするためにモアパワーが要求された。そこで、マセラーティのV8まで含む複数のパワーユニットが候補に上がったが、結果選ばれたのはフェラーリがディーノ246GT/GTS用に設計、フィアットが生産を担当していた65°V6・4OHC2418ccのディーノ・エンジンだった。ラリーでは低・中速域のトルクが重視されるため、V6ユニットのパワーはディーノ246から5PSダウンの190PSとされた。こうして、生来の目的通りWRCに参戦したストラトスは、このクルマそのものが果たした戦績で名将の地位を確固たるものとしたチェーザレ・フィオリオ率いるワークスチーム“ランチア・スクアドラ・コルセ”に託されて、'70年代中盤のWRCで大活躍を見せた。名手サンドロ・ムナーリらがドライブするワークス・ストラトスは、'74年から3年連続で、ランチアにコンストラクターズタイトルをもたらした。しかし、親会社フィアット・グループの販売戦略に合わせて、その翌年からはフィアット131ラリーでの参戦に方針転換、ワークス・ストラトスは退役を余儀なくされた。生産はホモロゲーション用に400台だけ行なわれ、'74年頃にベルトーネ・グルリアスコ工場でアッセンブルされたが、'78年頃まで各地のランチア・ディーラーに売れ残った新車がちらほら放置されていたという。現代でのカリスマ的人気とプレミア価格を考えれば、夢のようなエピソードである。
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