Gazoo Racing Gazoo mura
  • 新規登録
  • ログイン

HOME > 名車館 > 名車館特集 > オープン2シーター from UK

名車館特集

 
Open 2 Seater from UK 名車館特集 第4弾
オープン2シーターの流れ
オープン2シーターの始まり
第二次大戦終了後、ヨーロッパに出征していた米軍の将兵がオープン2シーターを母国に持ち帰ったことによって、アメリカではスポーツカーブームが巻き起こりました。その代表が、戦前型を引きついで生産が再開されたMG-TC。大排気量で直進性重視の米国製スポーツカーとは対照的に、小排気量ながらクイックな操縦性が楽しめる英国車はまさにカルチャーショックだったのです。その後、イギリスのスポーツカーメーカーにとってアメリカは最大の市場になり、1960年代には輸出台数が本国での販売台数を大幅に上回るほどでした。
<国外>
  1960 1970 1980 1990 2000
MGA&B (1955〜80) MGF (1995〜)
MGA&B
MGF
イメージイメージ
落日のオープン2シーター
70年代の後半になると、イギリス製オープン2シーターの主な輸出先だったアメリカで、排ガス規制や衝突安全基準の強化が始まりました。その対応はメーカー毎にさまざまで、どうにも対応できずに涙を飲んで撤退するケースが多かったなかで、MGBやミジェット、トライアンフスピットファイアは、5マイルバンパーと呼ばれる武骨なラバー製バンパーや排ガスの浄化装置を備えたモデルが輸出され続けました。しかしラバー製のバンパーによる重量増と排ガス対策は運動性能と動力性能を低下させ、結果としてその魅力をスポイルしてしまったことから売上が激減。80年代初期には、すべて生産が中止されてしまったのです。
  イメージ
そのほかのオープン2シーター
60年代のオープン2シーターといえば、ジャガーEタイプロードスターやロータスエランなど、現在でも良く知られている車種のほか、アルビスTD21、ビオータ、エルバ・クーリアなど、今では歴史に名を残すだけのメーカーが生産したクルマたちも数多く存在しました。当時のイギリスには、戦前からのメーカーが復活を賭けてデビューさせたり、スポーツカー好きの人が一念発起して、自らクルマを設計し製作したメーカーが数多くあったのです。アルビスの復活や、コーリン・チャップマンによるロータスの誕生はその代表的な例といえるでしょう。
<国内>
  1960 1970 1980 1990 2000
  フェアレディ (1960〜62)
 
フェアレディ
ホンダS500 (1963〜65)
ホンダS500
  トヨタスポーツ800
(1965〜69)
 
トヨタスポーツ800
ユーノス・ロードスター
(1989〜)
ユーノス・ロードスター
MR-S (1999〜)
MR-S
60年代の日本国内オープン2
シーター事情
1960年代の日本で生まれたフェアレディやホンダS500などのオープン2シーターは、明らかに英国製と同様のスポーツカーを作ってみようという熱意から生まれたクルマたち。しかし当時の日本では大衆のためのクルマが望まれ、自動車は楽しむものというより生活に密着した存在になることが求められていたため、オープン2シーターは定着しませんでした。少し時代が早すぎたのでしょう。
その後のオープン2シーター
アルファロメオ・スパイダーは生産されていたものの、それ以外には、世界中の自動車メーカーのラインナップにほとんど存在しなかったオープン2シーターでしたが、89年、意外なところから復活のムーブメントが始まりました。日本のマツダから英国製オープン2シーターの伝統を受け継いだユーノス・ロードスターがデビューしたのです。日本国内よりひと足早く、ミアータという名前でアメリカデビューを果たしたこのスポーツカーは、オープンエアモータリングの楽しさを世界的に再認識させ、本家のイギリスからはMGFを、イタリアからはフィアット・バルケッタ、そしてトヨタからはMR-Sを新たに誕生させるきっかけになりました。
特集トップに戻る
BACK 2/2 NEXT

名車館

トヨタの名車 動画配信中!
Gazoo Racing クルマの味づくり
TOYOTA METAPOLIS
簡単!選べる!GAZOOでブログを作ろう!!
ドライブデート動画配信中!!

トヨタ博物館ブログ