HOME > 名車館 > 名車館特集 > 名車のあゆみ 〜クルマ、夢と出逢いを語るもの〜 > 高度成長期 1955年〜1972年
| 自動車開発の爆発的飛躍、多用途への挑戦… |
| 世界に追いつく日本 |
| 戦争の痛手から蘇った日本は、工業技術水準で世界レベルに追いつき追い越すために懸命な努力をし、やがてさまざまな分野で世界をリードするまでのポジションを獲得していきます。それまでノックダウンが主流であった自動車業界も、トヨタが純国産乗用車クラウンを開発したことを機に独自の道を歩き始めました。1955年に当時の通産省が自動車メーカーに競争開発をさせ、最も優秀なクルマの生産を補助しようとして提唱した“国民車構想”をきっかけに、パブリカやスバル360といった名車が生まれるなど、自動車産業も着実に発展していき、欧州のようにモータースポーツやファッションとして自動車を楽しむとまではいかないものの、一般家庭にも自動車が身近に感じられるようになりました。 |
| made in Japan、世界への飛躍 |
| また、このころからテールフィンやマッスルカーが隆盛を極めた強いアメリカをはじめ、世界各国への自動車輸出が盛んになっていきます。日本車は、戦時中に根づいてしまった「日本製のものは粗悪」というイメージがあったからか、当初は信頼性を疑われていましたが、耐久性の向上と価格の安さから、やがて対米輸出がアメリカの自動車業界に深刻な脅威になり始めるほど輸出台数を増加させていきます。一方で1966年には自動車の排出ガス規制もスタートし、これを機に自動車の排出ガスへの取り組みは急激に進歩し始めました。 |
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11月23日10時16分更新
エンジン始動パフォーマンス