chakoの山村通信

愛知県の最高峰 茶臼山のふもとに暮らすchakoの日記

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11 08
母子旅行。

 10月中旬、結婚したての次女と二人でドバイを訪れた。

 結婚前に行きたかったのだが、仕事もあり日程を決めた。

 私にとってドバイは二度目である。

 2015年2月に、懇意にしているサウジアラビア人ファミリーの結婚式に招かれジェッダに向かった際、トランジットを利用して二泊したのだ。

 この時はサウジアラビア人のマダムに連れられ、エステサロンでのフルコースを体験したり、彼女らの買い物っぷりを目の当たりにして、別世界の存在を知った。

 実は娘の希望はサウジアラビア旅行だったのだが、あの国はいまだに観光ビザを発行しておらず(噂では来年解禁)自由に入国できない。

 中東を訪れたいという娘の希望で今回は添乗員付きの観光ツアーで、先回とは全く違ったドバイを楽しむことにした。


 今までも海外へは旅行したが、いずれも航空チケットを購入したのみで、知人宅に宿泊し自由に過ごしたため、ツアー旅行というのは初めての経験である。

 すべて自分で調べ上げスケジュールを作り困難を乗り越えることが海外旅行の醍醐味と信じていたが、もう還暦なので今回は楽を決めることとした。


 どこのどなたとも分からぬ十九名及び添乗員と共に私と娘はセントレア空港を飛び立った。

 先回は二月であったため、暑いと言われる中東でも気温は二十五度前後と過ごしやすかった。

 今回は出発前からスマホアプリで現地の気温をチェックし続け、その高さにやや気持ちが萎えたが、着けばどこもかしこも完璧に冷房されつくしており、快適である。


 現地到着二日目の朝。

 前夜は遅い到着であったためこの日のロビー集合は十一時半だ。

 かなり余裕があるため、娘とホテル周辺の散策に向かった。

 長女から「普通のスーパーで、現地の人が普通に食べている食品を買ってきて」というリクエストを受けていたので、スマホを頼りに歩くこととする。

 すぐに目についたのが、有名な空中スキー場。

 入場だけで一万円である。

 これまで熱中したスポーツは唯一スキーだけという私は、すぐさま雪質のチェックをしたい衝動にかられた。

 しかし、万が一滑りたくなってしまったら三万円である。

 何もそんな散財などせずとも我が家から5キロのところにスキー場はある。

 それでも諦め難い空中スキー場、どんな人が滑っているのか確かめたいスキー場を見上げ続けたが、長女のミッションへと戻ることにした。

 再び歩き出すと、50メートルほど先に普通のスーパー発見。

 あるある、普通の食べ物が。

 アラビア語は読めないが手当たり次第、ラベルの絵を頼りに、娘もどんどんカートに放り込んでいく。

 長女の喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 インド人の店員が荷物をホテルまで運んでくれるというので一緒に戻ったのだが、なんと彼は入り口のドアでシャットアウトを食らってしまった。


 さて、いよいよ観光ツアーの始まりである。

 玄関に横付けされたバスに乗り込み、先ずはドバイ博物館へ向かった。

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 現地ガイドはエジプト人の同じムハンマド君という名の青年が2人。

 聞けば、エジプトでは観光客激減で、2人とも家族を国に残し出稼ぎに来ている。

 カイロ大学で身に着けた流暢な日本語で観光ガイドとして頑張っている。

 同郷の大勢との共同生活をしながら、いつか家族を呼び寄せる日を夢見て仕事に励んでいる。

 中東産油国の一般労働者はほとんど外国人で、アラブ首長国連邦生まれでない彼らの前途は厳しい。

 ドバイ博物館ではイヤホンガイドの丁寧な説明の後入場した。


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 観光ツアーの良さを改めて認識する。

 砂漠地帯での、かつての生活様式を再現した展示物と、3年後に迫った万博に向けて、開発中の現在の姿との比較が面白い。

 

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 ムハンマド君らによると、インフラ投資をオイルマネーで徹底的に済ませてしまおうということだそうだ。

 ちなみに、石油王という人はおらず、油田はすべて国営とのこと。


 初めてのランチはエジプト風インテリアのレストランだった。

 私と娘は8人掛けのテーブルに着き、ここで初めてツアー客同士の会話があった。 食卓では先ほどの博物館や中東の話題など一切出ず、なぜかうちのワンちゃんネコちゃんの自慢話に花が咲いている。  

 自宅の池の鯉の話まで出ている。

 ワンちゃんネコちゃんに私は興味が無い。

 庭には、鹿、猪、羚羊、熊にムササビなどを放し飼いにしているし、また池にはニジマスやアマゴがいるのだ、と勝手な優越感に浸っていた。

 このような皆さまとこれから一緒に過ごせるだろうかと少し不安にもなった。

 その時一組のご夫婦が住まいはK市です、と言うではないか。

 おやおや、私もK市出身である。

 頃合いを見て、「K市のどちらですか」と尋ねると、なんと同じ学区の町名を言う。 さらに年齢をたずねると、ご主人と私は保育園、小中学校の同級生。

 数十年ぶりの再会がまさかこんな形で起こるとは。

 それにしてもお互い年を取ったものだと顔を見合わせる。


 食後は舟に乗り桟橋体験、そしてスークへ。

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 アーチを描くスークの高い天井の明り取りから差し込む陽の光が美しい。

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 アラビア建築のこのスークにはランプ、置物、民族衣装、スカーフ、凝った刺繍がなんとも素敵なサンダルなど、つい手が出てしまいそうな土産物があふれている。

 しかしガイドによるとお値段が少々高いそうで、同じものをもっと安値で売る店での購入を勧められた。

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 アドバイスに従いここでは予習にとどめた。

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 その後もヤシの木のデザインで有名な海岸やホテルなどを見学し、夕食へと向かった。

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 このように、手の鳴る方へと導かれる旅は、まんべんなく有名観光地を見るという点ではとても良い。

 当然のことながら旅には食事も含まれている。

 全体としては高品質、量も十分、毎回食べ残す程だ。

 しかし飛び切りのアラブ様式という訳でもなく残念。

 絨毯の上で羊がどーんと乗っかった大皿を車座に囲み右手で口に運ぶ、などを期待していたが叶いそうもない。

 もっとアラブを楽しみ、アラブ飯を頬張る、こんな旅を娘と経験したかった。

 どこも似たり寄ったりのメニューだが、たった一つの楽しみはホンモスである。

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 食事ごとに必ずついてくるホンモス、ひよこ豆を茹でてすりつぶし、ニンニク、練りごま、オリーブオイルを加えねっとり仕上げたあの美味しいホンモス。

 それを私は毎食山のように皿に盛り込み、パンですくい上げる。

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 ホンモスはたびたび自分でも作るが、やはり本場の味は格別である。

 今回食事での感動はホンモスに限られている。

 ところが、同行のツアー客から思いもよらぬ発言があった。

「いつも出てくるあの白いべたべたしたのは不味いねえ。食事が口に合わなくて今朝ヘルスメーターに乗ったら体重が減っていた。」と言うのだ。

 お気の毒に、旅先で食事が口に合わないなど本当につまらないと同情する。

 ご飯は当然長形米のバスマティライスである。

 宿を営む私は、ムスリムのお客様のためにカプサ、ビリヤニ、ブハーリライスなどを作るので、このバスマティライスの味や香りが大好きだ。

 ところが例の同級生の口から衝撃発言が飛び出した。

「全くこのパサパサな米は何とかならんのか。これはまるで炊飯器のスイッチが保温に入りっぱなしで、誤って炊きあがってしまった並みの不味さ」と言うではないか!  おやまあなんてことを。

 実は彼は同級生の中でも抜群の資産家で、ちびまる子ちゃんに出てくる花輪君のような存在である。

 どれほど海外経験があるだろうか私には想像もできない。

 今回もドバイに赴任した四男に会うことも旅の目的だったのだが、生憎スイスへ転勤となった後だったと言う。

 そんな彼の発言であることに驚いたが、横で彼の奥さんが「まだあの時のご飯を根に持っているのね」とつぶやいたのが聞こえた。

 思わずくすっとなってしまった。


 カナッファなどの中東で有名な、とにかく砂糖とバターをふんだんに使った高カロリースイーツを食べて、「ああ、こんなの食べちゃって、家に帰ったらしばらくは味噌汁と沢庵で我慢しよう」と落ち込むようなコースがあってもよいのではないか。

 スケジュールがタイトすぎて買い食いなどする間もなく、モールを歩く度に、ショーケースから私に微笑みかけてくるスイーツたち、ごめんね素通りで。




 空港並みのセキュリティーチェックを受け、世界一高い高層建築、バージュカリファのエレベーターに乗る。

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 驚くほどの速さで125階の展望室へ着いた。

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 すると地上から高層ビル群を眺め上げる時とは全く違う姿が現れる。

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 実はドバイは完成された街ではなく、ほぼ開発途上、砂漠に無理やり作りだした街の姿が現れる。

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 地震と雨のない国の建設様式に驚く。

 にょきにょきと土筆が生えるがごとく、または雨後の筍の生えるがごとく、砂漠の中に次から次へと立ち上がり続けるビル群の姿があった。 

 これがオイルマネーでのインフラ投資という事かと納得した。

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 2020年万博まであと3年、外国人労働者たちの労働は続く。

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 露店のスークで買い物するには度胸が必要だ。 

 値段も安いうえに交渉次第ではディスカウントもできるという。

 しかし、訳の分からぬ関西弁のような怪しい言葉で話しかけてきたり、通り過ぎようとすると腕をつかまれたり、次女のような若い娘には卑猥な言葉も投げかけられる。

 奥の手を使いガイド同伴でたくさんスパイスを購入した。

 ゴールドスークではギネス認定だという世界一の大きさの金の指輪と記念撮影をした。

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 餅を搗く臼かというほどの大きさだった。

 ここで次女はプラチナのチェーンを購入した。

 仕事がら、結婚指輪を常にはめることのできない夫に、指輪を首からぶら下げさせるためである。

 税金が無いため格安だと言われているが、私は相場を知らないのでこれが良い買い物であるかわからない。

 娘にとっては、愛の買い物であるので、まったく余計なお世話だ。



 そして死ぬまでに必ず達成すると決めていた、砂漠での四輪駆動車クルーズ。

 もちろんオプショナルツアーとして申し込んだ。

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 ドライバーのアリ君とダウンタウンから一時間、トイレ休憩と、タイヤのエア抜きで訪れたサービスエリアでは、どこもかしこもランドクルーザー一色である。

 かつてランドクルーザーを製造する会社に勤務していた私にとって至福の光景だった。

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 アリ君が頑張ってくれたおかげで砂漠のクルーズは大満足であった。

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 悲鳴と笑い声が車内に充満した。

 娘が動画を撮影したおかげで、どれほど車体が揺れていたかがわかる。

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 次にまたここを訪れるチャンスがあったら、ぜひ自分でハンドルを握ってみたいものだ。

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 クルーズ後は砂漠に設置されたキャンプでバーベキューである。

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 シーシャ(水たばこ)ヘナペインティング(植物の染料で腕や足に絵を描く)、そして三種類のダンス(ベリーダンス、スカートのダンス、ファイアーダンス)でもてなされた。

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 ラクダとのふれあいコーナーもあったが、中東呼吸器症候群の原因ともいわれているラクダとの接触はガイドから固く禁じられ、出発前、空港でも大きく注意喚起されていた。

 ところが多くの外国人がラクダと触れ合っている。

 国によって検疫体制に随分違いがあるものだと知り驚いた。



 アブダビでの、世界で一番大きなペルシャ絨毯を敷き詰めたモスク見学も、見ごたえがあった。

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 このシェイクザイードモスクでは厳しいドレスコードが設けられている。

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 男性も肌の露出が無いよう、女性も肌はもちろん髪までも隠すよう義務付けられている。

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 いよいよアバヤ、ヒジャブの出番である。日本では着用のチャンスのないこれらを、次女の分と二着ス―ツケースに詰めてきたのだ。

 箪笥の肥やしであったが、飛び切り刺繍の美しいものを選んだ。

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 スカーフと体の線が隠れるデザインのジャケットで済ます方もみえたが、外国人グループには、おそろいの極彩色のアバヤもみられた。

 駐車場に押し寄せる何十台もの大型バスからは見学者がモスクめがけて押し寄せる。

 コードチェックのため設けられた建物の前には汗だくで入場を待つ人の列ができている

 私達も肌も髪も隠した状態で噴き出す汗をぬぐいながら列に並んだ。

 モスクの中は冷房が効き、偶像崇拝禁止によって発達したアラベスク模様のカラーストーン、モザイクタイルのデザインを「美しい」以外に表す言葉はない。

 突き抜ける青い空に映える白いモスク、装飾満載の内部、ここで祈りをささげる瞬間の高揚感を、例えムスリムでなくとも、すべての人が感じるであろう。 

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 こうして、観光名所と言われる様々のコースを堪能した。


 いよいよ最後のドバイモールでの自由時間。空港へ向かうまでの間、がっつり買い物である。

 娘はサウジアラビア女子お勧めのの、ドバイでしか買えないコスメを扱う店に直行した。

 今回またしてもこの国のサービスと私の考えるサービスはかなり違うことを実感した。

 先回の滞在で買い物をしたスーパーマーケットに、もう一度行きたくてコンシェルジェに聞いた。

 ここは非ムスリム用の特殊な食品(豚肉など)を扱っている。

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 コンシェルジェは椅子に深々と座り、足を組みスマホを操作している。

 私が店の名を言うと、スマホの画面から顔も上げずに座ったまま、「二番目右」とだけ言った。

 確かに二番目の角を右に曲がるとスーパーマーケットにたどり着いた。

 けれど、三年後の万博には世界中から観光客がさらに押し寄せる。

 いいんだな、それで。

 私がもっと若かったら(現在60歳)コンパニオンに応募して、ありったけの笑顔を振りまいてやるのに。

 このドバイモールでの買い物を最後に、ドバイともお別れである。


 十年以上のアラブ人とのお付き合いの中、アラビア語を少しは覚えた。

 挨拶や単語くらいは使ってみたいと思っていた。

 ところがである。

 ホテルだろうが買い物だろうが挨拶しても話しかけても、返事はすべて英語で返ってくる。

 やはり、ホテルマン、店員など外国人労働者たちは、アラビア語圏以外から来るからだろうと勝手に納得していた。

 人口の八割が外国人である。

しかし今になって気づいたのだが、私のアラビア語の発音がひどすぎて聞き取ってもらえなかったのではないか。

 ああ恥ずかしい。




 娘連れの旅行とはいいものである。

 写真はすべてお任せ、朝食会場のチェック、添乗員やガイドからの注意なども聞いておいてくれる。

 私は本当に何にもとらわれず、気兼ねなしで過ごせた。


 トランジットの香港でもゆっくり過ごし買い物もした。




 最後の最後、帰国しセントレアからの娘の運転は荒かった。

「せっかく無事に帰国したのに、ここで交通事故じゃあ悲しいからもっと運転慎重にして」と言う私に、

「だって○○君に早く会いたいもん」

と新婚の夫の名を挙げ夜の高速道路でさらにアクセルを踏み込む娘。

 私など、今すぐにでもどこかへ飛んで行ってしまいたいと思うのに。

 

 

 

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