第1部ではクルマへの憧れ、そしてモータースポーツに魅せられたきっかけをテーマに話が弾んだ。対談が進むにつれ、少しずつ話題は「日本のモータースポーツ文化への憂いと期待」という大きなものへと膨らんでいった……。
みなさんが飛び込まれたモータースポーツの世界ですが、みなさんにとってモータースポーツの世界とはどんなものでしたか?
- 関谷:
- レーシングドライバーっていうのは、あまり有り得る職業じゃないなっていうのが第一印象でしたよね、僕の場合は。これは、お金を持っている人だけができるスポーツなんだとね。
- 鈴木:
- 昔はそうでしたよね。そういう時代でしたよ。
- 関谷:
- うん、僕らができるようなスポーツじゃなかった。だけど、そこに僕らは入り込んだ。そうしたらもう、面白くて。もちろんそれまでにいろんなことをやってきた。ボウリングをやったり、いろいろな遊びをやってきたんだけれど、もうサーキットでクルマに乗ったら痺れちゃった。こんなに自分を興奮させるようなものがあったんだと、そういう感じでした。
- 近藤:
- よく亜久里さんに言われるんですけど、“お前、いつも俺の後ばっかりついてくるな”って。亜久里さんはいつかF1チームのオーナーになるんだという夢を持ってやっていて、本当になっちゃいましたよね。僕も同じように夢を持ってたんですよ。フレッシュマンレースに出たときに、“いつかこの上のクラスに出たい”と思って、次に“いつかフォーミュラに乗ってみたい”。それが“いつか日本のトップフォーミュラに乗ってみたい”、“GTに乗ってみたい”……。
- 鈴木:
- “ル・マンに行きたい”とかね。
- 近藤:
- そう、“ル・マンに行きたい”って。でも、そういうことって実現したいという思いが強いからか、全部やってきてるんですよね。最後は“レーサーを引退したらチームオーナーになりたい”って。で、なれる。子供のころから考えたら夢物語なんですけど、でも結果をみたらやっちゃってる。でも亜久里さんには、“お前にはF1は真似できない”って言われちゃうんですけどね(笑)。
- 鈴木:
- いやいや“僕F1だけは真似しませんから”でしょ!?(笑)
なるほど。そうしてみなさんが魅せられたモータースポーツですが、現状の日本においてモータースポーツは文化として認知されていると思われますか?
- 近藤:
- いや、昔より僕は絶対(文化に)なってきていると思いますよ、日本のモータースポーツは。やっぱりそれだけ歴史を刻んできていますから。僕がモータースポーツに携わった当初は、サーキットに行っても若い男の子しかいなかったですよ。でも今は、若い男の子はもちろんだけれど、お父さんと子供が来るようになったじゃないですか。少し、そういう意味では歴史が……。
- 鈴木:
- それ、なんでか分かる。
- 近藤:
- なんですか?
- 鈴木:
- 俺、思うんだけど、今まで日本のレースっていうのはヨーロッパや海外のモノマネばっかりやって来た。海外のレース持って来て、海外のレギュレーション持って来てね。でも関谷さんなんかがやってたグラチャンなんていうのは、日本のモータースポーツ文化の良い種だったんだと思うんだけれど、それが無くなっちゃったでしょ? それで今、ちょうどGTが100レースやって十年とか、十数年とかやってるけれど、あれが新しい日本のモータースポーツ文化の第一歩だと思う、自分たちのオリジナリティーのある。ナスカーはアメリカのレースですけど、50年、60年やってる。クルマ自体はローテクのクルマを使っているけど、やっぱり自分たちが楽しめるレースを作ってきたわけじゃないですか。だからGTっていうのは、日本人の家族連れが楽しめるレースを、やっと自分たちの手の中で作るレースになってきたから、あれだけ子供の層だとか、おじさんおばさん、若い子たちが来る。やっとGTという第一歩が出来て、日本のレースの文化が始まったんじゃないかなと僕は感じる。関谷さんたちのグラチャンなんかも凄く国内のオリジナリティーのあるレースだったんだけれど、それが長続きしないで終わっちゃった。だから、僕はこのGTっていうレースは自分たちで作ったルールだし、カテゴリーだから、もっともっと大事にして行かなきゃいけないんじゃないかって思うんだよね。
- 関谷:
- 文化的な部分で言うと、ちょっと日本人はあまり得意じゃない。やっぱり新しいものがすごく好きで古いものをあまり大事にしない。鈴鹿サーキットができて40数年、富士もそうですけど、だからといって40数回大会なんてレースないじゃないですか。ル・マンは70何回だとか、モナコにしてもマカオにしてもインディにしても、何十回大会ってあるんですけど、やっぱりそういう部分に対する継続性がない。結果的に人気がないとか、お金にならないとかっていうことでダメにして次に新しいものを何かやろう、っていう考えがどうも強すぎて……。ちょっとものさしがお金に頼りすぎている部分があるなぁと。そういう部分が文化を作る上で非常にやりにくくしているというか……。
常に遠いところを見て、あそこに行くんだという日本人の意識が、ヨーロッパから入ってきたものを見ながら、そっちの方向だけを見ながらになって……。自分たちがやってきたことが凄いと思えない人たちというかね。凄いことをやっているのに、凄いと思えない。今日本でやっているGTなんて、世界一速いハコだって、これホントなんですよ。なのにFIA GTの方が凄いって思っている人たちも多いと思うんですよ。
- 鈴木:
- やっぱり西洋を見ている部分はあるかもしれないね、いつも。でも、FIA GTよりもお客さんは入っていると思うよ、日本のGTの方が。やっぱり僕らは自分たちのものを大事にして、景気が良いとか悪いとかはそりゃもう、長くやっていればあるわけじゃないですか。ただ、景気悪いときには悪いなりに自分たちのものは守って行かなきゃいけない気がするんだけどなぁ。
- 関谷:
- うん、たぶんル・マンでもオーガナイザーが苦しいときがあったはずなんですよ。だけどがんばろうってやったから、何十回大会っていうブランドになってるわけですよ。だから我々も今はもちろん、これからもっと苦しい時期が来るかもしれないけれど、それを頑張ってなんとか乗り越えて行ったら、間違いなく文化としてね。
- 鈴木:
- さっき関谷さんが言ったけれど、苦しくなると目先を変えようとするんだよね。違うシリーズにして、また新しいタイトルにして目先を変えてお客さんに来てもらおうとかさ。そういうんじゃないんだよ、ホントはね。苦しいときに踏ん張れば、それが歴史になってくれば、また自然にお客さんが来ると思うしね。
- 関谷:
- 例えばヒストリックカーレースなんて、ヨーロッパじゃ毎週のようにどこかでやっているけれど、日本ではクラシックカーを持っている人が自分で走らせるだけだったり、持っていることが喜びだったりする。でも、クルマなんだから直して競走したら、もっと楽しいのにって最近思うんですよね。例えばこれって3KRっていうエンジンなんですけど、このエンジンを使ったKP47がレースでまた走っていたら、見たいと思うよね。