ルーミー/タンク 開発責任者に聞く (2016年11月)

ライフシーンをデザインした「コンパクト・ファーストカー」誕生

人気が高まるコンパクトカー市場。軽自動車が国内販売台数の約40%を占める中、軽自動車の標準税率の引き上げや高価格化によって1リットル以上のエンジンを搭載するクルマに脚光が集まっている。トヨタはアクア、ヴィッツ、シエンタ、スペイド、ポルテそしてパッソと個性溢れるコンパクトカーをラインナップしている。そして今回、新たに小型トールワゴン「ルーミー/タンク」が誕生した。その開発責任者である嶋村博次チーフエンジニアにお話をお聞きした。

研究者かデザイナーになりたかった少年時代

小さな頃から乗り物が好きで、新幹線の運転士になるのが夢でした。また、絵を描いたりモノをつくったりすることも大好きでした。中学・高校時代は、サッカー部に入りスポーツに熱中するとともに、その頃から研究など理系的なことに興味を持ちはじめ、大学進学にあたっては、小さい頃から好きだった美術の分野か、研究の分野どちらに進むのかを悩みましたが、工学部を選びました。
クルマが好きだったこともあり大学では自動車部に所属。モータースポーツも始めましたが、それ以上にメカいじりも大好きで、エンジンをバラしてチューニングしたりと、クルマが身近にある生活がとにかく楽しかったことを鮮明に記憶しています。純粋にクルマが好きだったですね。
そして就職活動も、まわりの仲間は電機系メーカーを志望する中、私はクルマが好きだったので、自動車メーカーを志望しました。そして、当時初代シャレードが5平米カーというキャッチコピーで登場し、素晴らしいクルマと感銘したのと、生まれてからずっと大阪だったのでダイハツに入社しました。

入社してからのトヨタとの関わり

入社してボディ設計に配属されたのですが、2年目にはトヨタのクルマの設計をしていました。カローラバンでした。ダイハツでは、学生時代に憧れていたシャレードの後継も担当しました。ボディ設計時代は、ダイハツにいながら、軽自動車ではなく小型車ばかりを担当していました。その後、製品企画業務に携わって、軽はもとより初代ヴィッツの開発やB-zeroプロジェクト(ヴィッツなどBセグメント以下のクルマをプジョー・シトロエン(PSA)と協業で生産する)では、プジョーと企画初期段階も担当しました。共同開発の初代パッソをゼロから担当し、YRVやQoo(bB)も少し関わりました。振り返ってみたら、ダイハツにいながらトヨタの小型車の開発を多くやっています。

クルマではなく利用シーンをデザインする大切さ

最近ですとサクシード、プロボックスのマイナーチェンジもやりました。ジャーナリストの方々から高い評価をいただき、あるときプロボックス、サクシードは一言でいったら何ですか?と聞かれ、「四畳半です」と答えて。要は手の届くところに欲しいものがちゃんと備えられているという。このクルマはビジネスカーなので。デザイナーにはコクヨとか、いわゆるオフィス家具・什器の分野を参考にインテリアデザインを考えてくれと頼みました。たとえば会社の机は会社では無駄がなく使いやすいですが、自宅に持ってきたら味気ないですよね。デザイナーがしっかりオフィス家具・什器を勉強して、ビジネスでの使い方に合わせてデザインしたことが、評価いただいたと思っています。

 

新型ルーミー/タンクは、「ありがとう」のシーンを生む、家族の笑顔を支えるクルマ

今回、ルーミー、タンクを担当させていただくことになったとき、まず、この市場のクルマをご希望されているお客様が、どういったシチュエーションで使って頂いて喜んで頂けるのかと生活シーンを考えました。
たとえばお母さんがお子さんを乗せて「ありがとう」と言葉を交せるクルマ。お子さんが自分でジュニアシートに座って、お母さんがシートベルトをパチンとしめてあげると、お子さんが「ありがとう」って素直に言える。おばあさんがお嫁さんと乗るときに、おばあさんはやはり自分で乗りたいじゃないですか。それをお嫁さんが見つめていておばあさんがシートに座ったときに、お嫁さんに「ありがとう」って言える。
お母さんがお友達と乗って遊びに行くときに5人乗って荷物も十分載せられて、友達がこのクルマ広いねって言って喜んでくれたときに、お母さんがクルマに「ありがとう」って言える。夫婦で乗ってリクライニングシートを倒してのんびりするときに、お母さんが飲み物をお父さんに用意して渡したときに、素直に「ありがとう」って言える空間。車内で赤ちゃんのおむつをお母さんが替えて、すると赤ちゃんがにこっとして。
それが、「ありがとう」だと思うんですよね。家族や友達との間に「ありがとう」の気持ちが生まれるクルマをご提供したい。クルマを通じた家族のつながりをどうやって楽しいものにできるのか。そういった生活シーンをいくつも思い浮かべ、どういった装備をご提供すれば笑顔のある家族のつながりが表現できるか考えました。

威風堂々としたスタイルの‘ルーミー’、押し出しの強いスポーティな ‘タンク’ 二つのフロントフェイスを準備

スタイリングは、トヨタ店、トヨペット店、カローラ店、ネッツ店と4チャネル全店で販売されるということで、今後の各チャネルの方向性などを考えながら、威風堂々としたスタイルと押し出しが強くスポーティさがある2つのフロントフェイスを作りました。
今後の各販売会社の方向性も考え、私たちから提案しました。トヨタ店、カローラ店のルーミーは、堅実ファミリーの想定です。お父さんは39歳くらいでお母さんは30代でお子さんが二人くらいおられる。衝動買いをせず、一旦、お家に帰ってから検討する。週末は家族で遊びに出かけたりと、家族を大切にされるお客様をイメージし、一方、トヨペット店、ネッツ店のタンクは、ルーミーに比べ若干年齢を若く設定し、郊外に住まれ、地元の仲間との友情が厚く、親との絆もしっかりして同じく家族を大切にされるお客様をイメージしました。
ただ仮説を立てても、それを実証しながらより現実的で役に立つクルマでなければなりません。そこでこういった方々の実際の生の話を聞きたいと、開発スタッフみんなで、たくさんのご家族の方々にインタビューしましたね。仮説をスケッチにして持ち込んだのですが、思っていたとおりの答えもあった一方で、意外な意見もありました。たとえば1mの大型ハイマウントストップランプは若いカップルや男性に喜ばれると思ったのですが、年配のお母さんからも安全でいいと喜んでくださって。こんなに大きいハイマウントが点いたら、後ろからの視認性がよくなって、後ろの人も見やすいですよねと言って。それで沢山のLEDの点で光らせるのではなく、嫌みのない柔らかい光にしようと言って造りました。

子育てファミリーを中心とした様々なご家族に共感頂けるクルマづくりを目指しました。外観はお父さんの堂々とした威厳ある迫力の演出、内装はお母さんのきめ細やかな家族への心遣いを表現しました。

ルーミー (トヨタ店、カローラ店)
タンク (トヨペット店、ネッツ店)

1リットルエンジンで最大限の心地良い走りを実現

エンジンは1リットルNAとターボつきの2タイプをラインナップしました。あくまで1リットルNAがメインで考えました。このクルマをお求めやすい価格で作るためには、このエンジンでなければだめなんです、と会議で強く提案しました。コンパクトカーには燃費のいいクルマ、スポーティなクルマなどある中で、ルーミーとタンクは、もっと広い部分、お客様の生活シーンをより楽しく豊かにすることを目指しました。
走りにもかなりこだわりました。まずアクセルを踏んだら踏んだだけ加速する楽しさです。従来のクルマよりローギヤ化して、さらにアクセルを30%踏んだときに、実際は50%踏んだときのような加速を体感できるようにしています。またCVTの協調制御も根本的に見直したりして、アクセルを踏んだら踏んだだけ走るクルマを目指しました。ローギヤ化しているので、パッソと比較して高回転まで小気味よく吹け上がります。それから、アクセルを踏んだときに、ぐっと加速して、本当はもっと加速するんですよ、とクルマから伝わってくるようなワクワク感を生み出しました。

ステアリングに関しては、少し切っただけでクイックに曲がってしまったり、切ってからワンテンポ遅れて曲がるのでなく、切ったら切った分だけ運転手の意図通りに曲がるようにチューニングしました。自ら何回もテストコースを走り、ちょうどいいところを見つけ出しました。こうして思ったとおりに加速して、思ったとおりに曲がってくれ、そして思ったとおりにブレーキが効く。これが安心にもつながるし、愛着にもつながると思います。運転する楽しさによってドライバーとクルマの一体感ができますよね。
あとサスペンションでいえば、パッソには前後スタビライザーを装備していますが、この1リッターNAモデルは、あえてリヤスタビライザーを装備していません。スポーティな硬い感じよりも、おだやかな乗り心地にしたかったので。このクルマのパッケージですと、このほうがしっくりきているとみなおっしゃっていただいています。
そのかわりさらにパワーのあるターボモデルには、リヤスタビライザーを入れて、リヤの応答性を上げています。
一般的に車両開発はエンジンが決まってから設計が始まるのですが、このターボエンジンは開発を車両開発と同時進行していましたので、苦しいなか担当がよくやりきってくれたと感謝しています。非常に魅力的で伸び代のあるエンジンです。

誰もが使いやすいインテリア、軽の差別化にもこだわったくつろぎのフラットシート

インテリアはデザインと機能がとても大切なのですが、なにより大切なことは、誰にでも使いやすいインテリアにするということです。それぞれに座っている人が体を動かず、手だけ動かせば届く取れる位置にレイアウトしています。本来、身長170cmくらいの人を基準に設計するのですが、小柄な女性の方にも使いやすくすることを前提に設計しました。
僕ら開発メンバーの中に身長145cmの女性スタッフがいたので、彼女が乗り込みやすいかどうか、インナーミラーを触るときにシート座面からお尻を浮かさずに届くか。サンバイザーを動かしてちゃんと日を遮れるか。運転姿勢を崩さず、スイッチ類が押せるかなどを評価してもらいました。一般的な車両開発で使われるドライバーの身長170㎝で人間工学的に良くても、僕はこの女性スタッフがOKと言わなければOKを出さなかった。

特にシート座面高さにこだわりました。シート座面高さは、例えば、ダイハツ・ウェイクでは735mmあり、見晴らしのよさがウリですが、このクルマでは、違う考え方でサイズを決めました。スカートを履いた女性が、地面に足の届かないシート座面高の高いクルマから降りる時、スカートがめくれあがってしまうので、そうならない気配りをして座面高を700mmにしました。145cmの女性もちょっと勢いつければ自然に乗れて、これなら十分と言ってくれました。社内からは、また違うサイズを出すのかといわれましたが、コンセプトに合わせて見晴らしがよくて乗降性がいいギリギリのところが700mmなんですと社内調整をするのが一苦労でした。

またリヤシートのリクライニング機構について、軽自動車が33°くらいリクライニングするのに対して、このクルマは70°まで倒れるように作りました。軽自動車の33°リクライニングできる部品では50°近くまで改良できたのですが、それ以上は無理で、設計の見直しや、仕入先さんにも出向いてお願いし、現場で調整し、70°リクライニングできるフルフラットシートを実現しました。設計着手まで、かなり苦労しました。
軽自動車より1サイズ広いこのクルマであればこそ、今までと違う新しい未来を切り開きたかったのです。毎日使う機能ではないですが、こんなこともできるのだという実感。こんな機能があればもっとできることが広がる。そこにクルマに対しての愛着が生まれてくると思うのです。お客様にこの空間を使って新しいカーライフを想像してもらいたかったので、敢えてこだわってこの機能を実現しました。

あなたのためにワクワクするクルマ、造りました

ライフスタイルで考えた場合、自宅の中と外では意識が違うと思います。ちょっとでも外出するときはお化粧をするし、着ている服も部屋着から外に出てもいい服に着替える。クルマは自分の部屋のように言いますが、実際は外にありますね。だから車内も、人からも見られるのできれいにしておきたい。そうなるとたとえば家にあるゴミ箱のように、わかるように配置していたら嫌ですよね。収納はたくさん作りましたが、それをシンプルにデザインするのがいいと思っています。
プロボックス、サクシードのときもスマートフォンがポンと置けたり、テーブルがさっと出せたりとビジネスマン、ビジネスウーマンのみなさんに喜んでいただけました。プロボックス、サクシードは商用車なので機能的、実用的であればよかった。今回のクルマは商用車ではなく乗用車なので、さらにワクワクするものにしなければいけないと思っていました。たとえば自宅近くへちょっと買い物に出るとき、近いから自転車でいいやではなく、近くてもこのクルマに乗っていきたいと思うようになっていただきたい。そうすると何が必要か、ワクワクすることは何か?考え抜いてこのクルマになりました。私が20代でしたら、このクルマは企画できなかったと思います。子供のことや家族のことなど現実的に体験していなかったし。十分さまざまな体験をしてきたから、あれはこうだったとか、こうなったらいいねとか現実的に考えられるようになったから、仮想ができるようになりました。

このクルマは子育てファミリーがメインターゲットになりますが、独身の若い女性や、年配の男性が、私がこれ買っちゃいけないんですか?とおっしゃってくれて、クルマのよさに共感頂いたのは嬉しかったですね。一般的にクルマは標準とカスタムがラインナップされますが、ルーミー、タンクは標準がすでにカスタムのようなスタイリングにしています。そして2タイプの異なるフロントデザインが必要だと思ったのです。私はこっちのデザインが好きとか、選択肢があるのがいいと思います。社内でクレイモデルを見てもらったとき、趣向性や感性で意見が偏らなかったので、狙い通りでした。

数値ではなく、人の感性が心地よく、ワクワクするクルマに仕上がりました。そして様々な可能性をたくさん詰め込んでいます。ぜひお乗りいただき、ご家族、お友達と新しいクルマのある生活を楽しんでいただきたいと思っています。

嶋村博次(しまむら・ひろつぐ)

<プロフィール>
大阪府出身。関西大学工学部卒業後、ダイハツ工業入社。ボディ設計部に配属。トヨタ・カローラバン、タウンエースなどトヨタ車の設計を多く担当。初代ヴィッツや欧州戦略車のアイゴなどトヨタのグローバル展開をするクルマも企画担当した。初代パッソ、ブーンも担当し、2004年からマレーシアでダイハツが出資しているプロドゥア社のR&DのGMとなり現地で設計からはじまりあらゆる仕事を経験。現在、開発本部 製品企画部チーフエンジニア。

取材・文・写真:寺田昌弘

 

[ガズー編集部]

MORIZO on the Road