【ミュージアム探訪】トリノ自動車博物館(前編)

2011年のリニューアルオープンで設けられた、歴代レーシングカーの展示ホール。
イタリアにおける大衆車の歴史。フィアット・バリッラ(右)と“トポリーノ”ことフィアット500。後方には、欧州各国のモータリゼーション黎明(れいめい)期の記録写真が。
シトロエンDSのオブジェは、1957年にミラノ・トリエンナーレ美術館が展示したもの。イタリア人デザイナー、フラミニオ・ベルトーニや、貴重なDSのイメージスケッチも紹介されている。
ジオラマには、こんなものも。低車高を武器にゲート通過という、日本ならNGモノのシーンをこれといった注意も伴わず展示してしまうところは、さすが大人の国である。

トリノ自動車博物館(Il Museo Nazionale dell' Automobile 略称Mauto)は、市内を流れるポー河左岸に位置する、イタリアを代表するオートミュージアムのひとつである。

この博物館は、フィアットの共同設立者のひとりであるロベルト・ビスカレッティ・ディ・ルッフィアらの構想によるもので、その歴史は1932年にまでさかのぼる。フィアット創業から33年、日本でいえば昭和7年のことだ。世界でも最も早く創立された自動車博物館のひとつと言えるだろう。その後、展示車の収集は息子のカルロ・ビスカレッティ・ディ・ルッフィアに引き継がれた。
1960年、建築家アメデオ・アルベルティーニによる現在の建物が完成。コレクションに尽力した人物の名を冠し、「カルロ・ビスカレッティ自動車博物館」となる。
しかし、その魅力は時代の流れとともに薄らいでいった。

筆者が初めてこのミュージアムを訪れたのは、1996年のことだった。
確かに、フィアット誕生前夜にあまた存在した小さな製造所のクルマなど、歴史的に貴重なものはたくさんあった。だが、世界の自動車史を追うことを優先したあまり、戦後の米国製スポーツカーなど見る者に「なぜトリノまで来て」と思わせる展示もあった。保存状態もあまりよいとはいえず、後発のトヨタ博物館などと比べ、あまり魅力が感じられないものになってしまっていた。

しかし、そうした声は届いていたようだ。イタリア統一の150周年にあたる2011年3月、博物館はリニューアルオープンを果たす。
インスタレーションはトリノ映画博物館を手がけたほか、お台場・メガウェブのヒストリックガレージにも参画したスイス人の建築家、フランソワ・コンフィーノである。
約200台の収蔵車は30テーマに分けて展示されている。圧巻は歴代レーシングカーのコーナーだ。メルセデス・ベンツミュージアムに範をとったと思われる展示法ではあるものの、コースを模した展示台の上にイタリアンレッドの歴代レーシングカーが並ぶありさまは、今にもエキゾーストノートが聴こえてきそうだ。
同時に、これまでの博物館のお宝は、より美しくディスプレイし直された。
ニューヨーク近代美術館の永久所蔵品と同じ、ピニン・ファリーナによる1948年チシタリア202は、設計室を模した製図板の前に飾られた。
その前衛的スタイルから、かつて1957年にミラノのトリエンナーレ美術館に展示されたシトロエンDSのオブジェには、デザイナーのフラミニオ・ベルトーニの情報や、貴重なイメージスケッチ映像などが加えられている。
また、ピアッジョ社が四輪に進出すべく設計し、フランスのAcma(アクマ)社が製造にあたった1958年ヴェスパ400といった、戦後イタリア車史の断章的モデルも欠かしていない。

最後に忘れていけないのは、博物館の建物だ。築54年にもかかわらず、今も十分にモダンで、戦後イタリア建築水準の高さを物語る。古いビルをやたら壊さず、内部のリニューアルを丹念に繰り返しながら、ひたすら大切に用いてゆく。その手法は、他のイタリア歴史建築物とまさに同じである。何を隠そう、一帯は1961年のイタリア統一100年記念博覧会「Italia’61」の開催地で、博物館はそれに合わせて建設された、いわば恒久的パビリオンだったのだ。
したがって、車だけでなく建物もぜひ見学していただきたい。ジェラートを食べたあと、コーンもかじるように。

(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

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[ガズ―編集部]