わたしの自動車史(後編) ―井原 慶子―

私が初めて手に入れた“素のクルマ”は、「この前輪駆動車のバランスとサスペンションの動きを、繊細に感じ取れるまで練習しなさい」と日産のトップテストドライバーに薦められて購入した、中古の初代P10型日産プリメーラ・セダン(MT)。ほかにも、当時テストコースで開発テストを行っていたS15シルビアからスカイラインGT-Rまで、試験場にある全てのクルマに乗り、運転技術と理論を習得していった。

1990年に登場した初代日産プリメーラ。日本のみならず、海外でも高い評価を得た。

そして次のクルマはなんとフェラーリF355チャレンジ。コンビニやファッションモデルなど4年間のアルバイトでためたお金は1000万円。大クラッシュしたり炎上したりしたことがある中古のフェラーリを750万円で譲り受け、1999年にフェラーリチャレンジジャパンでレースデビューした。国内では連続優勝し、イタリアで行われたフェラーリ・ワールドファイナルに出場。そこで外国人選手にガンガン押されてリアバンパーが木っ端みじんになり怒り心頭!それをきっかけに海外での武者修行を決意した。

翌年渡英し、カーボンシャシー時代の幕開けとなったイギリスのフォーミュラ・ルノー2.0でフォーミュラレースにデビューを果たす。このレースで競ったのは、キミ・ライコネンやフェリッペ・マッサなど、翌年に飛び級でF1入りした世界の若手トップレーサーたち。1年前までレースクイーンをしていた私では到底歯が立たず、30万円でチームのメカニックから譲り受けたフォード・フィエスタで泣きながら家路についたのをよく覚えている。また私が住んでいた村にロータスのテストコースがあり、モータースポーツ・エリーゼの開発テストを担当。アイルランドやスコットランドへテストドライブしていた。

翌年はフランスに渡り、フランスF3に参戦。ルノーとの契約でクリオ ルノースポール2.0を愛車に。街の石畳からアルプスまで、軽快に走るマシンだった。

ルノーのコンパクトハッチバック車であるクリオ(日本名:ルーテシア)。ルノースポールはその高性能バージョンにあたり、高出力の2リッターDOHCエンジンを搭載していた。

世界転戦の合間に帰国した際には、母のフォード・マスタング コンバーチブル(5リッターV型8気筒OHV)をドライブ。その後のアジア転戦では、マレーシア製のプロトンで大陸を移動した。

アメリカを代表するスペシャリティーカーのフォード・マスタング。当時の上級グレードには、豪快な5リッターV8エンジンが積まれていた。

2005年からは英国F3参戦のためイギリスに戻った。チームメイトでこの年ジョーダン・トヨタからF1デビューしたナレイン・カーティケヤン選手から譲り受けたボロボロのアルファ・ロメオを欧州転戦の足に。F3の開発テストをしていた飛行場の滑走路で、チームメイトと乗用車で模擬レースをしているうちに車はボコボコに。その度に自分の下手な板金作業で整形し、アルファ・ロメオの顔はどんどん変わっていった(笑)。

2008年には結婚して、当時大学院生だった主人の愛車、三菱パジェロミニにしばらく乗っていた。2012年に耐久レースの世界最高峰WECに参戦開始。「すごい技術革新を感じるクルマが登場したら人生初の新車を購入する」と決めていたが、200kmの距離を300円の電気代で移動できるエネルギー効率はまさに革新!日産の“ゼロエミッションモビリティアンバサダー”に就任してリーフを購入した。自治体や関係省庁との電気自動車インフラ整備政策策定に携わり、電気自動車2台持ちに。量産車初で車両本体に炭素繊維を用いたBMW i3が車庫に加わった。高効率で快適な電気自動車のとりこになり「二度とガソリン車はいらない……」と思っていたが、Women in Motorsportの活動で使ったマツダ・ロードスター(ND)の“人馬一体”感にほれて、先日注文してしまった。

ND型こと4代目マツダ・ロードスター。2014年9月に世界3カ国で同時公開され、日本では2015年5月に発売された。

私がこれまでに運転してきた「私の自動車史」における最高のマシンは、WEC世界耐久選手権のLMP(ル・マンプロトカー)。ル・マン24時間耐久レースが行われるミュルザンヌの森の公道を時速330キロで駆け抜けると、風になったような気分になる。ダウンフォース、炭素繊維、パワーユニットなど、最新技術の開発をチーム一丸となって行う。だから、マシンの特性はチームの価値観や情熱によってずいぶん変わる。そんなたくさんの人の情熱が詰まったLMPのモーガン・ジャッドが、私を女性ドライバーとして世界最高位まで押し上げてくれた。またモーガンを超えるマシンが登場したら、次の挑戦をしたい!

2014年の世界耐久選手権第5戦、富士6時間耐久レースにおいて、ストレートを走るオーク・レーシングのモーガン・ジャッド。
井原 慶子 (プロフィール)
世界最速の女性ドライバー。1999年のレースデビュー以来、世界50カ国を転戦。2014年にはカーレースの世界最高峰・WEC世界耐久選手権の表彰台に女性として初めて上り、ルマンシリーズでは総合優勝。ドライバーズランキングで女性として世界最高位を獲得した。慶應義塾大学特任准教授、FIA国際自動車連盟アジア代表委員、経済産業省産業構造審議会委員、三重県政策アドバイザーなどを歴任。

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[ガズ―編集部]