【インタビュー】 「60年代街角で見たクルマたち」の著者、浅井貞彦さん

三樹書房から刊行されている「60年代 街角で見たクルマたち」がロングセラーとなっています。日本車・珍車編、アメリカ車編、ヨーロッパ車編の3冊があり、モータージャーナリスト・高島鎮雄さんが監修を務める写真集です。

写真はすべて、アマチュアカメラマン・浅井貞彦さんの撮影によるもの。驚くのはその膨大な点数。モノクロだけで15,000枚もあり、ご自身のフォトライブラリーから抜粋したものを収録しています。

当時、クルマの写真を撮る人は多かったそうですが、「これほど克明に車種や年式、メーカー別に整理したのは大変なこと」と、高島さんは浅井さんの功績を高く評価しているそう。そこで今回は浅井さんに、撮影にまつわるエピソードなどをお伺いしてきました。

インタビューに応じてくれた浅井貞彦さん

――クルマの写真を撮り始めたきっかけは?

中学2年生のとき、おもちゃのカメラで撮った写真がすごく綺麗に写ったんですよ。駄菓子屋のおばさんの現像がうまかったのかもしれないですね。当時はもちろんフィルムで、技術も必要でしたから。それで写真が好きになりました。

1948 Pontiac Torpedo DeLuxe 4dr Sedan(撮影第1号)

――もともとは銀行員だったそうですね

はい。静岡出身で、ずっと銀行員として働いていました。銀行のとなりに中島旅館という超一流のホテルがありましてね。当時は駐車禁止じゃなかったから、通りに外車とか珍しいクルマがとまっていたんです。外貨事情がよくて、街中に輸入車が多かった。ヨーロッパの小型車をよく見かけましたね。

1952-56 Wolseley 4/44 (1957年・静岡駅前広場/後方御幸通り・NHKの車)

――その後、東京へ?

東京への転勤は1959年ですね。三田の慶応大学図書館の下、桜田通りにうちの銀行の支店があって、その前を珍しいクルマが通るんですよ。偉い人しか飛行機に乗れない時代だったから、羽田に行くときは必ず桜田通りを通る。当時は規制もゆるくて、天皇陛下が通るのは何時ごろかと、おまわりさんが時間を教えてくれたんです。

1953 Daimler Straight Eight Limousine

――どのあたりで撮影されていたんですか?

東京タワーの付近から溜池のあたりには、クルマの修理屋さんや外車ディーラーがいっぱいあって、土曜日によく撮りに行ってましたね。日英自動車、安全自動車、フィアット、ニューエンパイアモーター、ポルシェ、ジャガーなどがありました。日本に最初に入ったジャガーも見ましたよ。

1961 Jaguar E-type 3.8Litre Roadster(日本へ最初に輸入された車)

――写真は全部で何枚くらいあるんですか?

白黒だけで15,000枚くらいあるかな。カラーも含めると全部で10万枚ぐらいあります。デジタルになってからは増えましたね。昔は、海外に行くときはフィルムを50本も持って行きました。現像・プリントだけでいつも10万円くらいかかっていましたね。

1959 Datsun Sports 1000 (S211) 銀座日東紡ショールーム

――この写真集は、どのような経緯で?

きっかけを作ってくれたのは、カーグラフィックで長年、編集に携わっていたフリージャーナリストの三重宗久さんです。横浜の開港記念館で月1回、クルマの勉強会をやっていたんですよ。僕も何回か写真を持っていって話をしました。自動車メーカーで設計していた人とか、イラストレーターとか、モデラーの人などが集まっていましたね。そこで三重さんから「本を出してみない?」とお誘いがあったんです。

1947 Cadillac 62 4dr Sedan(横浜港大桟橋)

――セレクトはどのように?

私は素人なので、高島鎮雄さんに監修してもらいました。高島さんといろいろ写真を選んでいったんですが、お互い好きだから話がどんどん横道にそれてね。なかなか進まなかったです(笑)。

1964 Ford Taunus 20M TS 2dr Hardtop Coupe 文京区上富士前(本郷通り駒込駅付近)

――かなり細かい解説がついていますが、これも浅井さんが?

はい、すべて私が書いています。クルマを撮ったときの記憶は、すべて頭に入っていますよ。最近のクルマは見ても感動しないから覚えられませんけどね。

写真集の中面。クルマ1つひとつに細かい解説がついている  ©三樹書房

――写真のファイリングが素晴らしいですね

今みたいにデジタル化してない頃は、それぞれ番号を振ってフィルムを管理していました。当時はプリントアウトしたものを車種別に貼ってたんですよ。現在はすべてをデジタル化してパソコンに取り込み、アルファベット順に車名で管理しています。ヨーロッパ車はモデル別、アメリカ車は年式別に細分化してあるので、必要なものはすぐに取り出せます。

すぐに検索できるよう、番号で細かく整理されたファイル

――昔のフィルムもちゃんと保存していたのですか?

劣化しないように鉄の缶にシリカゲル(乾燥剤)を入れて、テープで密封して保存してたんですよ。だから古いフィルムも変質してなかった。でも、一旦あけて空気に触れると、急にブツブツになっちゃいましたね。

1955-58 Volkswagen TypeⅠ Karman-Ghia Coupe(前期型)鳥居坂・旧ドイツ大使館

――古い写真もパソコンで画像補正しているとか?

ええ、気に入っている写真はデジタルで補正しています。自分がいなくなったら、こんな面倒なことは誰もやらないですからね(笑)。とりあえず写真を整理、保存するために90歳までは生きなきゃと思っています。

1947 Chevrolet 東京丸ビル前(昭和24年 8月14日・補正後)

――浅井さんご自身はどんなクルマをお持ちなんですか?

昔も今も、いいクルマに乗ろうという気はまったくないですね。本田宗一郎が好きなので、昔からずっとホンダです。いまはスーパーへ行くぐらいでしか使わないから、軽自動車で十分。

1954 Hillman Minx Ⅶ/1953 Ohta KC Truck(修正済み)

――こんなにお好きなのに、なぜクルマの仕事に就かなかったんですか?

メカニックは嫌いじゃないから、本当は工業系にいったほうがよかったかもしれませんが、クルマはあくまでも趣味。だからこそ、ここまで続いたんだと思いますよ。

1953-4 Toyopet Super RHK Sedan(関東自工製)

「クルマの資料はいっぱいありますが、すぐ探し出せなければ意味がありません。今も日々パソコンと格闘してますよ」と語る浅井さんは、現在なんと82歳。アーカイブとして残すべく、きちんと写真を整理・分類していらっしゃる姿勢に驚きました。これからもぜひ、良い写真を撮り続けてください!

(村中貴士+ノオト)

[ガズー編集部]

取材協力