泣いて笑って14年。離島を走る光岡 ビュート

島根県・隠岐諸島。日本海の沖、約60kmに浮かぶ4つの島からなるこの地域は、本州からフェリーで約3時間の距離にある。そのうちの1つである中ノ島の玄関口・菱浦港のほど近く、古い蔵をリノベーションしたリラクゼーション施設に、一台のクルマが停まっている。ベージュメタリックが美しい光岡・ビュートだ。古いながらも新しさを感じさせる蔵のたたずまいと、ビュートのクラシカルなかわいらしさを感じさせるフォルムがよくマッチし、この島の風景に溶け込んでいる。

オーナーは島根輝美さん(47歳)。関西から両親の出身地である隠岐郡海士町(中ノ島)に移住し2年になる。自治体の商品開発研修生として移住し、アロマ(芳香)やクレイ(泥)など、自然の素材を利用した「癒やし」を提供するセラピストとして、リラクゼーション施設「島のほけんしつ『蔵 kura』」を立ち上げた。

シングルマザーと会社員を両立させつつゴスペルを歌う島根さんは、関西ではライブ活動も行うシンガーでもあった。そんな彼女が選んだのは平成14年式の光岡・ビュート。バイタリティーあふれる彼女にビュートを選んだ理由を聞いてみた。

自分を奮い立たせるための「ビュート」

​「離婚する際、元ダンナに罵倒されるというすごく悔しいことがあって」とあっけらかんと話す島根さん。娘さんが小学1年生のときに離婚を決めたという。

「その直後に、信号待ちで前に停まっていたクルマに目が釘付けになりました。『え、何このクルマ?』と思ってエンブレムを見たら『Viewt』と書いてあり、そのとき初めてこのクルマの存在を知ったのですが、すぐに『いつか乗りたい!』と思いました。特にクルマに興味があったわけではありません。むしろ無知な方です。でも、そのとき『クルマぐらい乗りたいものに乗ってやる』という意地が生まれました」

しかし、知っているのは「Viewt」という名前だけ。調べてみると「結構いいお値段」だったとも。離婚したばかりのシングルマザーがポンと購入するには少々ためらってしまう金額ではなかったのだろうか。

「びっくりしました。認定中古車で程度の良いベージュのビュートに出会いましたが、『中身は「マーチ」です』と聞いたとき『え?ほんまに?マーチなら新車買ってあれこれ付けてもそんなにせぇへんし!』と関西人丸出しで損得勘定してしまいました(笑)。でも、どうしても手に入れたかったんですよね。『これぐらい買えるぞ』という意地と、『これからがんばってやってゆくんだ』という決意、2つの意味がこのクルマにはあったんです」

当時の気持ちを繰り出すように話す島根さんの表情は、穏やかながらも母として、働く女性としての意気込みを「ビュート」に込めていたことが感じられた。

「ビュート」は「ひとりで泣ける部屋」

2つの思いから、がんばって手に入れたビュートは、今年で14年目。しかし、島根さんが島​に移住してきたのは2年前だ。常時、潮風にさらされる島へ持ってくることに迷いはなかったのだろうか。
「まったくなかったですね。むしろこの風景の中をこのクルマで走れると思うとワクワクしました。でも大しけの翌日は潮風でベタベタになってしまうので、しょっちゅう洗車はしていますよ。もうこのクルマは、単なるクルマではなくなっていたんですよね。人生の『揺れる時期』をともに過ごし、たくさんの人を乗せ、さまざまな会話をした場所であり、唯一私が『泣ける部屋』でもあったんです。相棒、という表現が一番近いですね」

母として職業人として、バイタリティーあふれる彼女が唯一、悔しさや悲しさを吐き出すことができる場所がビュートなのだ。

「プスン!」と止まるまで一緒に

とはいえビュートも14年目。クルマとしては、それなりにヤレてきているようだ。今までの故障修理には「計算したくもないくらい」の金額をかけていると話す。前々回の車検時には「今回、車検受けても、次の車検まで持つかどうかわかりません」とやんわりと乗り換えを薦められたようだ。しかし「プスンって止まる日まで乗り続けます」と答えたという。

「だってここは島だから、どこかで『プスン!』と止まっても逆に安心じゃないですか。遭難する心配もないですし」と話す表情に迷いはなかった。

島根さんに見初められたビュートは幸せなクルマだ。一工業製品として生産され、一人の女性の相棒として寄り添い、いつか必ず訪れる最後の日も「ありがとう」と送り出してもらえるに違いない。

実用性や趣味性を切り口として語られがちなクルマ。しかし、クルマの持つ「人間性」のようなものも魅力のひとつだと言えるのではないだろうか。そんな豊かな「人間性」はクルマが備えているものでもあり、オーナーとの「つきあい」の中で培われてゆくものであることを大いに感じた。

(上泉純+ノオト)

[ガズ―編集部]