MEGAWEB特別展示!コリン・マクレーが乗ったスバルの歴代ラリーマシン

昨年12月、東京・お台場にあるMEGAWEB「ヒストリーガレージ」」内にオープンした「モータースポーツヘリテージ」は、トヨタのモータースポーツ活動の歴史を紹介するエリア。そこに今、WRC(世界ラリー選手権)で活躍した2台のスバル車、「レガシィRS」と「インプレッサ555 WRC98」が展示されています。どちらも2017年9月15日に没後10年となったスコットランドの伝説的なラリードライバー、コリン・マクレーがドライブしたクルマです。

今回は、この特別展示で披露された2台にどんな戦いの歴史があるのかをご紹介します。

スバル・レガシィ RS(1993年ラリー・ニュージーランド優勝車)

「555」はブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)の銘柄「STATE EXPRESS 555」より(日本未発売)
「555」はブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)の銘柄「STATE EXPRESS 555」より(日本未発売)

スバルのラリー活動は1973年から始まり、1980年のサファリ・ラリーには他メーカーに先駆けて4輪駆動のラリーカー「レオーネ・スイングバック4WD」を投入。1990年にイギリスのレーシングカー製作を担うプロドライブ社との提携を行い、1990年から本格的にWRC参戦をスタートします。

中古車でも見ることがなくなった初代レガシィRS。水冷インタークーラー搭載「EJ20」2.0Lターエンジンは220馬力を発生した
中古車でも見ることがなくなった初代レガシィRS。水冷インタークーラー搭載「EJ20」2.0Lターエンジンは220馬力を発生した

ベース車両は、水平対向エンジン「EJ20」を搭載する「レガシィRS」です。参戦当初は、当時のトップマシンである「トヨタ・セリカ」やイタリアの「ランチア・デルタインテグラーレ」の2台にスピードで及ばず、それをカバーするため限界を超えたドライビングを行ったため、クラッシュなどによりなかなか勝利を挙げられませんでした。そして翌1991年、コリン・マクレーが加入。1992年の「スウェディッシュ・ラリー」で2位を獲得し、その才能を強烈にアピールします。

チームメイトだったのは1981年WRCチャンピオン、アリ・バタネン。マクレーに負けず劣らずに激しい走りを信条としていた
チームメイトだったのは1981年WRCチャンピオン、アリ・バタネン。マクレーに負けず劣らずに激しい走りを信条としていた

1993年の「ラリー・ニュージーランド」でマクレーは、“限界スレスレ”の激しい走りでボディを小破させながらもライバルを圧倒、マクレー自身のWRC初優勝とともにレガシィにとって“最初で最後”となるWRC総合優勝を飾りました。“最初で最後”となったのは同年、参戦マシンがレガシィからインプレッサにスイッチしたから。「1000湖ラリー(ラリー・フィンランド)」から、より軽量コンパクトなインプレッサとなり、その意志を受け継ぎました。

スバル・インプレッサ555 WRC98(1998年ラリー・サンレモ出場車)

タバコ広告禁止国では「555」ではなく記号を使ったロゴデザインを採用
タバコ広告禁止国では「555」ではなく記号を使ったロゴデザインを採用

WRCでは、1997年に新規定のマシンクラス「ワールドラリーカー(通称WRカー)」が誕生しました。WRカーは、ラリーマシンのベースとなる市販車に「ターボ+4WD」が少ない欧州メーカーが参加できるように作られたマシンクラスで、「年間25,000台以上が生産されたモデルの派生車種であれば、駆動方式の変更やターボ装着の有無を自由とする」というもの。これによって、欧州メーカーが大幅な改造を施したラリーマシンを持ち込むことが可能となり、インプレッサやトヨタ・セリカ、三菱・ランサーエボリューションといった日本車勢と同等以上のスピードを獲得しました。

マルチファンクションデジタルメーターという当時では最新鋭技術を搭載したインプレッサWRCのダッシュボード
マルチファンクションデジタルメーターという当時では最新鋭技術を搭載したインプレッサWRCのダッシュボード

スバルもこのまま黙っていることはなく、1997年にNA(自然吸気)エンジンを搭載する2ドアモデル「リトナ」をベースに、WRカー「インプレッサ555 WRC97」を製作。このインプレッサWRカーは、開幕3連勝を果たし、その年のメーカータイトルを獲得。その速さを強烈にアピールしました。

そして1998年シーズンは、スバル、三菱、トヨタの三つ巴の戦いが繰り広げられることに。この年、最大のライバルである三菱は、WRカー規定を一部取り入れた“グループA+”ともいえる「ランサーエボリューションV(ファイブ)」と、1996年から2年連続チャンピオンを獲得しているドライバー、トミ・マキネン(現TGR WRT代表)の布陣で、3連覇と初のメーカータイトル獲得に照準を合わせてきました。対するスバルも、熟成の進んだ1998年仕様のインプレッサWRCとコリン・マクレーという陣営で、三菱の勝利街道を阻止しようとします。

さらに1998年は、トヨタがWRカー「カローラWRC」でWRCに復帰。エースドライバーに“エル・マタドール”ことカルロス・サインツを迎え、例年にない激しいシーズンとなりました。

 Motorsports Heritageに展示されているカローラWRCは、99年仕様のディディエ・オリオール車(プロトタイプ)
Motorsports Heritageに展示されているカローラWRCは、99年仕様のディディエ・オリオール車(プロトタイプ)

スバルとコリン・マクレーは、第4戦「ラリー・ポルトガル」と第6戦「ツール・ド・コルス(フランス)」、第8戦「アクロポリス・ラリー(ギリシア)」で勝利を収めた以外は、マシントラブルやアクシデントに行く手を阻まれることに。チャンピオン獲得には、第11戦「ラリー・サンレモ」での上位入賞が絶対条件という状況まで追い詰められてしまいます。

コリン・マクレーは、前戦「ラリー・フィンランド」にて「今シーズンでチームから離れる」と公表しており、何としてもスバルにドライバー・メーカー両タイトルをプレゼントしたいところ。背水の陣で「ラリー・サンレモ」の峠道に挑むこととなりました。

しかし、スタート直後にパンクで致命的な遅れが……。でもここで諦めてはいけないのが、モータースポーツというもの。レガシィでの参戦から8年間にわたって培ったテクニックを総動員して猛追撃、見事3位表彰台を獲得しました。

ちなみに1997年にマクレーが実際にドライビングしたWRカーは、ドイツで完璧にレストアされ約3700万円で販売されている
ちなみに1997年にマクレーが実際にドライビングしたWRカーは、ドイツで完璧にレストアされ約3700万円で販売されている

残念ながら続く「ラリー・オーストラリア」、マクレーの地元で行われた最終戦「ラリー・グレートブリテン」ではツキに見放され、両戦ともマシントラブルによりタイトル獲得とはなりませんでしたが、スバル・インプレッサとコリン・マクレーの活躍は、今も多くのラリーファンの脳裏に焼き付いています。

インプレッサWRカーの走る姿が見られるチャンスも!

今回紹介した「SUBARU ラリー車 特別展示」は2017年10月15日(日)まで実施中。周りには当時、ともに1分1秒を争ったトヨタのラリーカーも展示されています。貴重なラリーカーの姿を見て、戦乱の時代とも言える1990年代WRCに思いを馳せてはいかがでしょうか?

なお、「インプレッサ555 WRC98」は、10月1日(日)にMEGAWEBで開催されるレーシングカーと音楽のコラボレーションイベント「TOYOTA MOTORSPORTS DREAM DRIVE LIVE 2017」にも登場し、日本一のスバル使い・新井敏弘選手のドライビングでデモランを行いそうなので、こちらもぜひお楽しみに!

(写真・文:クリハラジュン 編集:木谷宗義+ノオト)

[ガズー編集部]