モバイルアースオーブン搭載の消防車に迫る【札幌国際芸術祭2017】

8月6日から10月1日までの57日間にわたり開催された札幌国際芸術祭2017。2回目となる今回は音楽家の大友良英をゲストディレクターに迎え「芸術祭ってなんだ?」というテーマを掲げて札幌市内各所で開催されました。中でも、筆者が注目したのが「モバイルアースオーブン」。クルマを使った一風変わったプロジェクトです。

このプロジェクトは札幌国際芸術祭で公募した、市民が企画実施する事業として選考されたものです。普段は札幌市内のカフェ「たべるとくらしの研究所」の理事長として自らも畑に立つという、企画者の安斎伸也さんにお話を伺いました。

消防自動車は、はるばる秋田県から

一見、小ぶりの消防自動車。しかし、後方にある「ほろ」のふたを開けると、飛び出すのは粘土やワラなどで作られたドーム型のオーブン。この中に薪を入れ、火をおこし、窯をあたためることにより蓄えられた熱で野菜やピザを焼きます。

――まず、この消防自動車が、どのような経緯で手元にきたのか教えてください。
「ヤフオクで探しました。もともとは秋田県横手市で消防用のポンプを積んでいたクルマです。車種としては日産アトラスで平成4年に登録され、活躍していたものを譲り受けました。横手市まで出向き、自分で運転して北海道まで運び、アースオーブンを搭載できるように改造しました」

クルマの中に設置されているドーム型のものがアースオーブン
クルマの中に設置されているドーム型のものがアースオーブン

「アースオーブンはその土地の粘土、ワラ、砂などを混ぜ合わせて何度も塗り固めて乾燥させ制作します。輸送用パレットの上に作って載せるのですが、総重量は400キロ以上になります。またポンプを出し入れするためについていたレールを利用して、もっと動きやすくするために溶接、補強などもしました。こんな形にしたいというイメージはあったのですが、実作業としては素人なので、建築設計士、鉄工所の方に協力してもらいながら作っていきました」

「芸術祭の期間中の出動は28回。準備と後始末に半日ずつかかるので、会期中のほとんど毎日モバイルアースオーブンとしての活動をしていた感じでしたね」

人間もアート作品?

――芸術とアースオーブンの繋がりがピンとこないのですが……。
「もともと、芸術の芸の字は『並び生えた草』と『人が若木を持つ』形で園芸技術を意味しています。なので、農業は芸術そのものでもあるのではないかと思いつきました。野菜は土からできるもの。その野菜を同じく土からできたアースオーブンで、土から生える木=薪を燃やして、焼いて食べるというのはどこまでも地続きなことですよね。さらに、人間そのものもアート作品だと思うのです」

――人間そのものもアート作品とはどういう意味でしょうか?
「天然の魚や山菜は自然のものですが、野菜は自然物ではありません。野菜は人間の作る制作物なので、それぞれの農家さんがいろいろな生産方法で作っているわけです。さらに、たとえば美しいものを選ぶように、各自の価値観で自由に食べるものを選んでいきます。そういった過程を経て、自ら選んだものを食べることによって、その人の体が作られていくので、人間そのものが作品、アートなのではないかと思うのです」

人間そのものが作品だからこそ、安斎さんは「自分の食べものは丁寧に選んでほしいと思っています」と話します
人間そのものが作品だからこそ、安斎さんは「自分の食べものは丁寧に選んでほしいと思っています」と話します

消防車両に火をおこすオーブンを載せて走る、現代の矛と盾!

――火を起こすアースオーブンを消防車に載せたのはなぜですか。
「今は、家庭から、かまどが消えてしまっているではないですか。オール電化などで、家で火に触れる機会もどんどん減っている。また、たき火を禁止するところも増え、社会全体で火を扱うことはタブーという風潮になっている気がします。確かに火事も減ったし、安全で快適、豊かに暮らせるようにはなっている。それを否定するわけではないのですが、では、その電気がどこから来るかというと、発電所で水を沸かしてタービンを回して作っている。家に火はなくなったけれど、その火は一カ所に集中してものすごい勢いで燃えています。火が集まることによって事故など新たに生じるリスクもあるわけです」

「とは言え、火は危ないからと、遠ざけるだけでは扱い方がわからず、かえって、火に対する警戒心を持つことも難しい。きちんとしたガイドのもとで、触れることによって火の良さと怖さの両方を身につけていってほしいのです。消防車両は火を消すためのもの、その車両に相反した火をおこすオーブンを載せる。そんな状態を面白がりながら、火に対する意識を改めて持ってもらえたら、というのがこの組み合わせを思いついた理由のひとつです」

災害にあった時の備えのためにも

――28回の出動の中で、一番印象深かったことを教えてください。
「どの出動も印象深かったですが、あえて挙げるとしたら、ロングライフデザインをテーマにしたセレクトショップD&DEPARTMENT HOKKAIDO by 3KG(http://www.d-department.com/jp/shop/hokkaido)と札幌市内の小学校です。
D&DEPARTMENT HOKKAIDO by 3KGへは、全部で4回出動しました。同じ場所で繰り返し稼働したのはここだけだったので、回を重ねるごとに来てくれる人たちが手慣れていく様子が楽しかったです。水晶を焼いてほしいと持ってくる方もいました。水晶は熱を加えることで色が変化するとのことで実験してみたいと。食べもの以外のものを焼いたのはこの時だけでした」

野菜、パン、肉、もちなど焼けるものならなんでも遠赤外線でおいしくなります
野菜、パン、肉、もちなど焼けるものならなんでも遠赤外線でおいしくなります

「また、小学校では収穫体験の授業とコラボさせてもらいました。消防自動車は子どもたちにも大人気でとても喜んでもらえましたね。自分たちの手で作った野菜を収穫してそのまま焼いて食べる。この記憶がずっと心の片隅に残っていてくれたらうれしいです。
それに、この体験が、火を扱うことも含めて、災害時に役立つ知恵として身についてくれたらとも思うんですよ。昔の生活を懐かしむのではなく、生き延びるための知恵を、楽しく、おいしい遊びとして学んでいけたらいい。そのためのアースオーブンが消防車両に載っているなんてぴったりだと思いませんか?」

この日は札幌オオドオリ大学の授業「札幌国際芸術祭2017コラボ企画・モバイル避難所体験!〜レンタカー宿泊とモバイルアースオーブンを体験しよう〜」のための出動でした
この日は札幌オオドオリ大学の授業「札幌国際芸術祭2017コラボ企画・モバイル避難所体験!〜レンタカー宿泊とモバイルアースオーブンを体験しよう〜」のための出動でした

今後の予定について

――今後の予定を教えてください。
「モバイルアースオーブンとしての出動は今のところ未定です。ただ、島牧郡島牧村でアースオーブンを制作するワークショップをこの秋から来年の夏にかけて行う予定です。モバイルアースオーブンはどこにでも移動することが可能ですので、興味のある方はご相談いただければと思います」

<取材協力>

モバイルアースオーブン活動紹介ページ
札幌国際芸術祭公式ウェブサイト
たべるとくらしの研究所

(文・写真:わたなべひろみ 編集:ミノシマタカコ+ノオト)

[ガズー編集部]