アイヌ語が響く空間を。北の大地をアイヌ語車内アナウンスバスが走る!

北海道命名150年の今年、4月1日より北海道平取町内を走る3路線のバスが、アイヌ語による車内アナウンスを放送しています。導入のきっかけや放送に至るまでの過程を内閣官房アイヌ総合政策室北海道分室に伺いました。

自然にアイヌ語が耳に届く環境を

今回、アイヌ語の車内アナウンスが流れているのは道南バスが運行する3路線。高速ひだか号(日高ターミナル―札幌駅前間)、特急ひだか号(日高ターミナル―苫小牧駅前間)、そして、日高富川高校線(富川高校前―日高ターミナル間)の、いずれも平取町内の区間です。日本語アナウンスに続いて、同じ内容をアイヌ語訳したアナウンスが流れます。北海道の四季の自然あふれる風景の中、優しく温かいアイヌ語が耳に響きます。

――この度の車内アナウンスの企画の発端は何だったのでしょうか。

明治以降、日本語を使用しなければ社会生活を送ることが困難となり、役場での手続きなど公的な場はもとより、日常生活の中においてもアイヌ語を使う機会が失われていきました。それにより、次第にアイヌ語を話せる人が減っていき、今日の言語存続の危機を招く結果となりました。2009年、アイヌ語はユネスコ(国連教育文化機関)により「極めて深刻」な消滅の危機にあると指摘されています。
そんな中、昨年(2017年)のある日、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの北原モコットゥナシ准教授とお会いした際のこと、現在、アイヌ語を習得するには大学の授業や各地で開催されているアイヌ語教室への参加といった、いわば特別な場での学習が主流となっている。アイヌ語のさらなる普及・復興のためには、アイヌ語が流れる公共空間を作り出すことが重要であるとのことを伺いました。そして、その取組の第一歩として公共交通機関の案内アナウンスへのアイヌ語導入というご提案があったんです。
当初、いくつかの交通事業者様にご相談させていただいていましたが、このような中、平取町役場の皆さん、平取町立二風谷アイヌ文化博物館の学芸員補である関根健司さん、関根さんの奥様で工芸家である真紀さんのお力添えによって、道南バスさんに対するご説明の機会を頂戴しました。結果、大変嬉しいことに道南バスさんが当プロジェクトの趣旨にご賛同くださり、企画を進めることとなりました。

地域の選定、アイヌ語訳、放送のタイミング……決めることはたくさん

――平取町を走る路線で車内アナウンスがされることになったのはなぜですか?

アイヌ語とひとくちに言っても、さまざま方言があるんですね。隣り合った地域でもがらりと表現が変わったりもします。バスが通過する地域によってアナウンスの表現が変わっていくのではバスを利用されるお客様に混乱を与えてしまいます。前例のない取り組みであることも踏まえ、まずはひとつの方言、特定のエリアに絞って始めた方がよいのではないかと考えました。
そして、沿線にお住まいの方のご理解・ご協力のもとプロジェクトを進めるに当たっての、町にお住まいの皆さんへの周知などを、平取町役場の皆さんが全面的にバックアップしてくださることとなったのを受け、平取町内の区間からのスタートとなりました。

――どんな内容をアナウンスしているのですか?

「次は○○(バス停名)です」、「お降りの方はお知らせください」といった基本的なご案内を日本語、アイヌ語の順に放送しています。バス利用者へのサービスとして正確な内容のアナウンスを流すということを大前提としつつ、アイヌ語アナウンスが流れる区間に入る時には、「イランカラテ」(アイヌ語で“こんにちは”)から始まりアイヌ語による案内がされることを、また、区間が終わる時は案内が終わることをお知らせし「イヤイライケレ」(アイヌ語で“ありがとうございました”)で結んでいます。

わかりやすいアナウンスとするための工夫、アイヌ語アナウンス内容の決定、解説のリーフレットやポスターづくりは、道南バスさん、平取町、北原先生、関根健司さん、関根真紀さんによる検討委員会を立ち上げ、進めてきました。

バス車内などに置いているリーフレットにはバス停名やその意味が説明されている
バス車内などに置いているリーフレットにはバス停名やその意味が説明されている

バス車内などに置いているリーフレットには、アナウンス内容の解説やアイヌ語のバス停名、平取町内のアイヌ語由来の地名の解説等を掲載しているのですが、特に、バス停名をアイヌ語にしていくのはとても骨の折れる作業でした。平取町内のバス停の数は全部で52あるんです。北海道内の地名の約8割はアイヌ語に由来していると言われてはいますが、現在のバス停名を単純にアイヌ語に置き換えるということはしませんでした。基本的に、バス停名は付近の地名を元につけられていますが、実際には、バス停が置かれている場所の地名が昔とずれているところがかなりあるんですよ。
そこで、関根健司さんが使われなくなっていた旧地名の掘り起こしをしてくださり18ヶ所も探し当てることができました。例えば「共栄」の停留所は「ユックッイカウシ コパッケ」としました。意味は「シカが崖を越えていくところ」。その土地には確かに崖があってシカが多く見られる場所だったそうです。

新語の組み立ては繰り返し検討された
新語の組み立ては繰り返し検討された

また、昔はなかった施設等については新しく言葉を作りました。小学校は「ポン カンピヌカッチセ」で、「小さい書物を読む建物」、病院は「イサチセ」で、「医者の建物」、神社は「シサ ノミチセ」で、「和人が祈る建物」といった具合です。これらの新語についても検討委員会で意見を重ねに重ね、時間をかけて検討しました。

生の息遣いにこだわったアナウンス収録

――アナウンスはどなたが担当されたのですか?

和やかながらも、細かく指導の入ったアナウンス収録の様子
和やかながらも、細かく指導の入ったアナウンス収録の様子

関根健司さん・真紀さんご夫妻のお嬢さんの関根摩耶さんにお願いしました。小さい頃からアイヌ語に親しみ、アイヌ語の弁論大会での2度の優勝経験もある方です。現在はアイヌ語ラジオ講座の講師もされています。収録にあたっては北原先生、関根健司さんが発音指導にあたりました。収録の現場でも、フレーズやアイヌ語バス停名など、細かな調整が行われました。

また、52のバス停案内はバス停名だけを録音して「次は○○です。お降りの方はお知らせください。」の○○の部分とつないでは? という提案もありましたが、実際に録ってみるとなかなかしっくりきません。やはり、ひと続きで録ったほうが流れも自然で美しく聞こえる……ということで、52ヶ所全部の降車案内を収録しました。しかし、さすがに膨大な数を録音していると、トーンの高低が出てきてしまうこともあって。ばらつきを整えるために何度も録り直しするところもありました。

アイヌ語が当たり前に響く空間を目指して

アイヌ語が当たり前に響く空間を目指して

――アナウンスを開始しての反響はいかがですか?

まだ、数ヶ月しかたっていませんので大きな変化はありませんが、本放送前日の3月31日に地元でお披露目のセレモニーを行ない、町民の皆さんと一緒にバスの車内で初めてアイヌ語アナウンスを聞いたんです。
その時には「俺の地元はこういうふうに言うんだなあ」と新たな発見を喜ぶ声や、「普段あまりバスは利用しないのだけど、これを聞くためにバスに乗ってみてもいいよね」という方もいらっしゃいました。

アイヌ語車内アナウンス開始後、例えば「今はもう日常で使われていない言語で放送することに何か意味があるのか」といったご意見もありました。だから、失くしてしまっていいというものではないのです。
最初は意味がわからなくても、日常生活の中で繰り返し耳にすることで「あ、これはアイヌ語だね」と気づく環境をつくっていくこと。その第一歩が、今回の道南バスの車内アナウンスと考えています。最近は、多言語対応のアナウンスが流れることへの違和感がなくなってきてますよね。いずれは、アイヌ語が様々な場所で自然に流れている……というのが実現できたらと思っています。

言語を耳にする、学ぶことから自分が知らなかった文化の入り口に立つこと。そして、それを第一歩としてアイヌ民族、アイヌ文化への理解を深め、ともに歩む社会となるよう期待しています。

アイヌ語によるバス車内アナウンスの実施について|「イランカラプテ」キャンペーン推進協議会
https://www.frpac.or.jp/event/direct/2018aynu_itak_ani_a=i=siramkire_kusu_ne/index.html

(取材・文:わたなべひろみ 編集:ミノシマタカコ+ノオト)

[ガズー編集部]

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