自動運転の「今」と「未来」-乗り物から暮らしのパートナーへ

日米欧を中心に全世界で実用化が近づいている自動運転。技術的にはかなり高いレベルで実現していて、テスラやメルセデス・ベンツなどは限りなく自動運転に近いテクノロジーを市販車に搭載している。

しかし、自動運転はテクノロジーだけで完結するものではない。制度の整備やグローバルでのルールづくりなども必要なのである。今回は、技術だけではなく、別の角度からも「自動運転の今」を探ってみたい。

制度と技術の両輪で、世界的な枠組みが作られる

「自動運転技術に関する国際的な議論の場として、国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)とアメリカで開催されるTRB(トランスポーテーション・リサーチ・ボード:交通学会)のふたつがあります」と言うのは、三菱総合研究所の主席研究員である杉浦孝明氏だ。

三菱総合研究所は、約730名のさまざまな分野の研究員を擁する総合シンクタンクで、杉浦氏の専門分野は自動車交通のIT化であるITS。もちろん自動運転もその範疇となっている。


「国連のWP29は、もともとクルマの輸出入の相互認証制度を担当していた場所です。たとえば日本でつくったクルマを海外に持っていったとき、日本と海外との試験や技術の協調などを協議する場でした。つまり、国同士でクルマについての“制度”を話し合う場です。一方、TRBは“技術”について話し合います」

TRBは毎冬、アメリカで総会を行う。参加者は約1万人で、もちろん欧州や日本からの参加者たちもいる。交通学会には自動運転についての分科会があり、そこでは、自動運転に定められている「レベル」の内容や自動運転技術に不可欠な地図情報、HMI(ヒューマンマシンインターフェース=人間と機械がやりとりするための手段)などを話し合う。

今やクルマは世界を股にかけて開発・販売される製品である。ひとつの国の事情だけで、基本的なルールを決めることはできない。だからこそ、世界的に制度や技術の足並みを揃える必要があるのだ。

ITのアメリカ、行政のEU、基礎技術の日本

そもそも、自動運転について、国ごとにどれだけ違いがあるのだろうか。

「技術的にどこが進んでいるとか遅れているといったことはありません。ただし、国ごとに特徴はありますね。アメリカは、IT系の企業が先導しています。AIやディープラーニング(深層学習)などの研究も盛んです。欧州は、EUが先導して自動運転を研究してきました。もう7~8年も前からEUが企業に資金を提供して研究開発を行っています」

EUが資金提供を行い、フォルクスワーゲンやボルボといった自動車メーカーが開発を行う。EU全体で先進技術の開発に取り組んでいるのだ。

「EUの中でも特にドイツは積極的です。彼らは自動車を発明した国ですからね。“自動車を再び発明したい”と言っているのを聞いたこともあります。自動車メーカーだけでなく、メーカーに部品を納入しているサプライヤーも熱心です。特にコンチネンタルやボッシュは、ソフトウェアを開発する力もあるのが特徴でしょう」

ドイツが積極的なのは、技術開発の風土が備わっているだけでなく、アウトバーンで実験ができるなど、政府のサポートもあると言う。では、日本はどうだろうか。

「日本は、自動運転の研究を1970年代にスタートしました。ただ、それはかなり基礎的なものでしたね。自動運転技術を実際にどのようにクルマに実装し、ドライバーにどのような機能を提供するのか。技術を形にする“商品化”という意味では、欧州に後れをとったと言えます」

とはいえ、日本が劣っているわけではない。自動運転技術を実現するためには3つのステップが必要で、国それぞれに得手不得手があるのだと言う。

「まずはクルマに搭載された各種センサーで周辺状況を計測する。その情報をAIやソフトウェアで判断する。そして、制御技術で実際にクルマを動かす。2つ目のAI分野はアメリカが得意なところです。それに対して日本は、最初のセンシングと3つ目の制御の部分で高い技術を持っています」

これから必要となるたったひとつの要素

高いレベルでテクノロジーが完成し、グローバルな枠組みも整備されつつある今、これから必要となるのは一体なんだろうか。杉浦氏は「ドライバーを中心とする考え方」だと答える。

「自動運転と言っても、人間が使うクルマであることには変わりません。たとえ完全な自動運転が実現しても、それが使いづらかったら困りますよね。クルマは『究極の機械』ではなく、『人間のパートナー』として進化していくでしょう」

今後は、テクノロジーをどのように使っていくのかが重要になってくる。実際に今、ふたつのアプローチから自動運転の研究、開発は進められているそうだ。

「ひとつはドライバーの代わりにシステムが運転するもの。人を運転から解放してくれるものです。もうひとつは、誤操作防止や自動ブレーキなど運転する人をサポートするもの。自動運転は、人間から運転を取り上げるものではありませんからね。人を中心に、安全・安心なシステムを作り上げてほしいと思います」

自動運転は、まだ始まったばかりの新しい技術に思える。しかし、すでに、技術を超えてコンセプトや使い方のフェーズに入っているのだ。ある部分では世界にリードを許してきた日本だが、これからは日本ならではの人に寄り添うやさしいシステムの開発に期待したい。

(鈴木ケンイチ+ノオト)

<取材協力>
杉浦孝明
株式会社三菱総合研究所 社会公共マネジメント研究本部 ITSグループ グループリーダー 主席研究員
専門分野は自動車交通のIT化、ITS(Intelligent Transportation Systems)。自動車部品サプライヤーへの自動車の自動走行・走行安全に関する開発コンサルや電気メーカーへのITS技術の海外展開の方向性検討、自動車メーカーへの自律走行技術に関する調査、国土交通省へのITSの国際展開方策に関する調査検討業務などを行ってきた。著書に『道路交通政策とITS』(2014年3月、大成出版社)、『自動車ビッグデータでビジネスが変わる!プローブカー最前線』(共著、2014年9月、インプレスR&D)などがある。

[ガズー編集部]