水素にまつわる2つの誤解―水素エネルギーの可能性

CO2排出量削減という目標に向け、ガソリンや軽油の代替エネルギーとして水素が注目されている。水素をエネルギーとするFCV(燃料電池自動車)は、トヨタ「MIRAI」が2014年12月に、ホンダ「クラリティ フューエルセル」が2016年3月に発売され、すでに公道を走り出した。しかし、まだまだ水素エネルギーは、一般家庭には馴染みがない。そこで、一般社団法人水素供給利用技術協会「HySUT(ハイサット)」を訪ね、水素エネルギーの現在と未来について伺った。

HySUTは、FCV(燃料電池自動車)向けの水素ステーションに係る業界団体で、石油やガスなどのエネルギー関連会社、水素ステーション事業者、機器メーカー、自動車メーカーなど35企業団体が参加している。

「水素は爆発するから危険」は誤解

​「水素に関して大きくふたつ、誤解されていることがあります」と言うのは、HySUTの情報・渉外部長 粟津幸雄さんだ。

「ひとつめの誤解は安全性です。『水素は爆発しやすく、非常に危険で恐ろしいもの』と考えている方もいるようですが、決してそんなことはありません。確かに着火性は高いのですが、拡散が速く、ボンベなどから漏れてもすぐに薄まるため、なかなか火がつきにくいんです」

写真提供)日本自動車研究所

バーナーのようにガスの吹き出し口付近だけが燃えるイメージで、ボンベの内部まで引火したり爆発したりすることはないと言う。

もちろん、水素は「完全に安全」というものではない。しかし、身近な存在であるガソリンも、扱うための国家資格があるように、相応な危険性がある。どんなエネルギーも、正しい取扱い方法を守って使用することが大事なのだ。

「水素が金属をボロボロにするとも言われますが、それは高圧の条件下での話。低い圧力で運用している限り、金属パイプを痛めることはありません。昔は都市ガスとして、普通のガスパイプで水素が混ざったガスを家庭まで送っていたこともあります。水素は、昔から産業界を中心に、さまざまな場所で使われてきたので、安全に扱うノウハウが確立されているんです」

水素は、まだまだ身近な存在ではないだけに、正しい知識が浸透していないと言えそうだ。中には、MIRAIのようなFCVを「水素を内部で燃やしているので危険だ」と思っている人もいると言う。FCVは、化学反応によって水素から発電し、その電力で走行するクルマ。以前はFCEVと呼ぶこともあったように、電力で走行する一種の電気自動車だ。

水素は製造から利用までトータルでクリーン

「もうひとつの誤解は、『本当は、水素はクリーンではない』というものです。現在、一般的に流通する水素は原油や天然ガスから作られていて、原料から水素を作るときにCO2を排出します。そのために実はクリーンな燃料ではないと思われているのです」

水素を作り出すには、いくつかの方法がある。天然ガスや原油、石炭などに含まれる炭化水素から水素を作る方法は、元の物質に炭素が含まれるためCO2が発生する。ほかには、水を電気分解する方法だ。火力発電による電力で電気分解をするとなれば話は別だが、風力などの再生可能エネルギーからできた電力を用いれば、CO2を排出しないカーボンフリーな燃料が実現する。

「ガソリン・エンジンのエネルギー効率が30~40%であるのに対してFCVは60%以上と、燃料電池自体の利用効率がいいので、たとえ天然ガスなどから水素を製造するときにCO2が発生しても、トータルで見るとCO2排出は減らせます。発電時に発生した排熱も利用する家庭用燃料電池『エネファーム』のエネルギー効率は、90%以上です。現在は石油や天然ガスから水素を製造していますが、国が定めたロードマップでは、将来的に再生可能エネルギーで水素生産することを目指していて、そうなれば、水素を作る段階から使うところまでクリーンな燃料となります」

ちなみに現在、日本では年間150億Nm3(ノルマル・リューベ、0℃で1気圧のときのガスの体積)もの水素が生産されているが、そのうちのおよそ3分の2が石油精製や製鉄などを行うときに副生物としてできるもので、そのほとんどが工場内で利用されている。残りは、化学製品の原料などに使うために、石油や石炭から生産されているものだ。

しかし、今後FCV用にも利用されることになる、市場に流通する水素は、現状では年間で約1.4億Nm3ほどと、国内で生産される水素全体の1%にも満たない。それにも関わらず、水素製造の工場には43億Nm3もの水素を作る余力があるのだという。これは年間460万台のFCVの燃料を賄うことができる量だ。

自然エネルギーの導入も水素で

水素がCO2排出の面でクリーンなエネルギーだということはわかった。では、ほかにも水素をエネルギーとして使うメリットはあるのだろうか。

「電力は溜めておくことができませんが、水素にしておけば貯蔵もでき、輸送時のロスも減らせます。また、様々なエネルギーを使って水素を作れるということは、石油などの輸入エネルギーに頼らずに済むため、エネルギーセキュリティの面で有利です。地産地消のような仕組みができれば、震災などの非常時にも安定してエネルギー供給できます。利便性という点でも優れているのです」

実は、水素をエネルギーとして使うメリットに注目しているのは日本だけではない。 「欧州では『パワー・トゥ・ガス』という考えがあります。再生可能エネルギーを水素にして使うやり方です。再生可能エネルギーを導入しようと考えたとき、障害になるのが出力変動と系統接続の制約の問題です。再生可能エネルギーでまかなえる量を超えるエネルギー需要が発生したときに、その調整弁として水素を利用しようという考えです。日本は、水素そのものの使い方を先に考えていますが、欧州は再生可能エネルギーとセットで水素の利用を進めています。」

風力や太陽光などの自然の力を使って発電する再生可能エネルギーは、計画通りに狙って発電することができず、電力供給が不安定になる。そこで自然エネルギーをいったん水素にして貯蔵・輸送し、その水素を発電や燃料などに使おうと欧州は考えているのだ。これからは日本でも、再生可能エネルギーの導入を促進するために水素を活用する方法が広まるかもしれない。それでは、水素が普及した未来はどうなるのだろうか。

「水素の未来について勘違いしてほしくないのは、水素が石油に取って代わるものではないということです。あくまでも水素はエネルギーミックスの中のエネルギーのひとつで、対立するものではありません。石油もあるし、ガスもある、そして水素もあるという世界です。クルマでいえば、ハイブリッドカーやEV(電気自動車)、FCVが混在する。トータルでクリーンになるという未来です」

HySUTは水素ステーションの普及を推進する団体である。最後になったが、水素ステーション普及についての課題を聞いてみた。

「課題は経済性ですね。水素ステーションの立場から言うと、FCVの数がもっと増えなければ、ビジネスとしては難しいです。水素がほかのエネルギーと同じように身近な存在になり、FCVも増えることが、ステーションとしても環境面でも理想です。ステーションに行くと、ガソリンと水素と急速充電が並んでいて、お客さんがエネルギーを自由に選べる。そんな未来になってほしいと考えています」

MIRAIもクラリティ フューエルセルもまだ高価だが、EVやPHEV(プラグインハイブリッド車)が身近になったように、FCVも徐々に普及してくるだろう。水素エネルギーの時代はまだ始まったばかりなのである。

(鈴木ケンイチ+ノオト)

<取材協力>
一般社団法人水素供給利用技術協会
情報・渉外部長
粟津幸雄

[ガズー編集部]