真っ向勝負。 [レクサスIS 古山淳一 チーフエンジニア](2/4)

ビッグ3に真っ向勝負

2003年にチーフエンジニアに昇進し、ハイラックスサーフと4ランナーの開発を担当しました。これらのクルマの主戦場はもちろん北米。そして競争 相手はGM、フォード、クライスラーのビッグ3です。当時のビッグ3はまさしく(クルマも会社も)ビッグで、私たちは小さな身体で巨人に戦いを挑んでい る、そんな感じでした。しかし、北米を主戦場とする以上、ビッグ3との対決は避けられません。「ハイラックスサーフや4ランナーを真っ正面からビッグ3と 戦えるクルマにしよう!」。この目標達成のためには、なによりも、日米の価値観の相違を解消することが必要でした。

トヨタには伝統的に『スモール・アウトサイド、ビッグ・インサイド(外形寸法は小さい方がいい、でも室内は極力、広く)』とい う価値観があります。一方、アメリカでは『何でもデカい方がいい』。また、エンジンにおいても、『小さくて燃費効率がいいエンジン』VS『とにかく、デカ くて、パワーだ!トルクだ!』。このような価値観の相違、いいかえれば、トヨタの常識とビッグ3の常識、北米市場の常識に大きなずれが存在していたので す。

これをなんとかするために、私たちは改めて、アメリカのクルマを勉強し直しました。そして、ビッグ3が常識としてやっているこ とは、私たちもやろう!と決めました。一例を挙げれば、コンパス(羅針盤)の標準装備。当時、一番売れていたフォードのエクスプローラーのルームミラーに はコンパスがついていました。日本の常識では「なんでそんなものが必要なの?」ということになりますが、アメリカのフリーウエーを走るとき、果てしなく続 く大平原の中で、いまクルマがどっちの方向を向いているのかを確認する機能は必要不可欠です。また、車内からリモコンでガレージのドアを開閉できるガレー ジオープナーは日本の常識では高級な乗用車には搭載しても、トラックや商用車にはそんな贅沢なものは必要ありません。しかし、アメリカではSUVの位置づ けは乗用車と同じです。だからビッグ3のSUVにはほぼ標準でこの装備が搭載されていました。

私たちはこうしたギャップを一つひとつ埋めていき、アメリカで常識となっているものは、すべて装備するようにしました。つまり、彼らと同じ土俵に上がり、奇策を講じたりせず、真っ正面からぶつかっていったのです。

​​ この時の経験はいまでも、とても貴重な財産になっています。今回のNew ISの開発においても、相手がビッグ3からジャーマン3(BMW、ベンツ、アウディ)に変わったものの、同じスタンスで彼らに戦いを挑みました。なぜなら、真っ向勝負を挑んで勝たない限り、本当の意味での勝利ではない。真正面からの対決を避けている限り、永久に勝つことなんてできないからです。​​​

BMWにどの車で勝つのですか? このクルマでしょう!

ISの先代(2010年マイナーチェンジ)モデル

New ISの開発にあたっては、"ISらしさ"を十分に磨き上げ、欧州の競合車(ジャーマン3)とは一線を画すオリジナリティを備える必要があると考えました。 それはすなわち『走る楽しさ』、そして『スポーティデザイン』というISのDNAをさらなる高みへと飛躍させること。ISならではの『走る楽しさ』の進 化。数値的な性能はもちろんのこと、走っていてワクワクする、もっと走りたくなるといった感性的な領域を徹底的に磨き上げ、デザインにおいては好評をいた だいている現状のデザインに満足することなく、競合車がシフトし始めているスポーティデザインの数歩先を提示する必要があると考えました。

これまでISを購入いただいているお客様には、車名のとおり『スポーツセダン』としてのISの魅力に引かれてお乗りいただいて いるお客様はもちろんのこと、レクサスシリーズのエントリーモデルとして、サイズや取り回しのし易さ、価格といった点に魅かれてお乗りいただいているお客 様がいらっしゃいます。ご主人がLSで、奥様やお嬢様がISをお乗りいただくというケースもよくあります。これまでISはレクサスブランドにあって、それ だけ幅広いニーズにお応えしていくという役割を担っていました。

しかし、2005年の現行モデル発売以降、レクサスにはハイブリッド専用車のHSや、よりコンパクトな2ボックスタイプのCT など、さまざまな車種が登場し、これまでISが一手に担ってきた役割は分担できるようになっています。だからこそ、その役割から開放されたISは、本来の 『走る楽しさ』を最大の魅力にすることが必要と決断することができました。

さらに、もう一つの背景には、私たちがいまレクサスブランド全体に感じている「もっとエモーシャルにならないといけない」とい う危機感があります。ちまたでは「BMWはスポーティだけど、レクサスは全然、スポーティじゃないね」ということがささやかれ、お客様にレクサスのイメー ジをお聞きすると「レクサスは豪華だけど、エモーシャルじゃない。乗っていて静かなんだけど、運転していて、ちっとも楽しくない」という評価が返ってく る。それは日本に限らず、アメリカでも欧州でも、さらには雑誌の評価もまた同様です。私たちの想像以上に事態は深刻です。そしてレクサスのお客様はどんど ん高齢化している。レクサスは『お年寄りのブランド』になりかけている。このままではレクサスに明日はない。そんな危機感がブランド全体にありました。

だからこそ、レクサスブランドでスポーティを代表するISがこの悪いイメージを払拭しなければいけない。そのためにはジャーマ ン3に『走り』の魅力・楽しさで勝つこと。ライバルは長年、ISと同じセグメントのイメージリーダーであり、スポーツセダン・ナンバーワンの名声を欲しい ままにしているBMWの3シリーズ。それを『走り』の魅力で凌駕することが、「レクサスブランドがいよいよエモーショナルに向けて、本気になった」という メッセージにもなり、きっと、今後のレクサスは期待できるぞ!ということにもつながる。逆に、また負ければ、やっぱりレクサスは駄目だねということになり かねない。少なくとも、私たちはそんな決意とプレッシャーを胸に、開発をスタートしました。​