ノア開発責任者に環境性能への想いを聞いた  水澗 英紀

商用ワンボックスのライトエース/タウンエースを前身とするノアが誕生したのは2001年11月。商用車から完全な乗用車専用として生まれ変わるため、FRからFFに駆動方式を転換してフロア高を確保し、5ナンバーのコンパクトサイズながら広い室内空間を実現しました。両側にはスライドドアを採用して乗降性を高め、小柄な女性も運転しやすく、それでいてミニバンならではの見晴らしの良さを兼ね備えた運転席など、使い勝手を高めた多くの仕様はたくさんのお客様からの支持を得ました。

2007年6月のモデルチェンジでは、快適性や使い勝手を中心にブラッシュアップを図るとともに、上級グレードエンジンには、吸気量を吸気バルブで直接コントロールするトヨタ初の連続バルブリフト可変機構「バルブマチック」を搭載し、ポンピングロス低減による燃費向上を実現。10.15モード14.2km/Lの燃費を達成しました。​

そして2014年1月、ノアは、居住性から走行性能、燃費性能にいたる様々な機能を向上させ3代目に生まれ変わりました。
5ナンバーサイズにこだわりつつも全長を70~100mm延長し、低床フラットフロアによりクラス最大級の広々空間を実現。
​また、クラス初の本格ハイブリッドシステムをラインナップした3代目は、これまでとは一線を画す革新モデルに進化しました。

そんなノアの設計・開発の責任者として、現場の指揮を執り続けたのは製品企画本部チーフエンジニアの水澗英紀。2代にわたりノアの開発に携わり、エスティマ、アイシス、ウィッシュ等いくつものミニバンを手掛ける国内ミニバン開発のスペシャリストが、ノアの環境性能を中心にクルマづくりを通じた社会への貢献についてその想いを語ります。

プロフィール
ノア開発責任者 水澗 英紀
所属:製品企画本部 チーフエンジニア
略歴:1961年石川県生まれ。1985年にトヨタ自動車に入社し、長く実験部にて車両の機器、強度等の評価とともに、エンジンマウントやサスペンションブッシュ、燃料タンクの開発に携わる。
車両実験部の強度実験室長を経て、2006年に製品企画本部へ異動。製品企画では先代より2代にわたりノアの開発を担当。現在は、エスティマ、アイシス、ウィッシュ等も手掛ける国内ミニバン開発のスペシャリスト。

ミニバンの環境性能に期待を寄せていた当時の想いを自らの手で実現

環境の世紀ともいわれる21世紀において、環境対応をどのように捉え、開発に取り組んでいますか。

今から20年ほど前の1990年代、私は初代エスティマを所有していました。「天才タマゴ」というキャッチコピーで覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、エンジンを横に75°寝かせることで平床化に成功した非常に革新的なモデルとして注目されたクルマです。しかし、当時のエスティマはスーパーチャージャーが付いていることもあり、燃費が良いとはいえませんでした。走行距離が長かったというのもありますが、毎週のように燃料を満タンにする日々を送る中、家族のためのミニバンだからこそもっと燃費が良くならないものかということを実体験として感じていました。

1997年には世界初の量産型ハイブリッド車としてプリウスが発売され、他のトヨタ車も燃費が画期的に良くなっていきますが、当時、まだノアを担当していなかった私は、いつ燃費の良いミニバンがでるのだろうという期待感を1ユーザーとして待ち望んでいたのを覚えています。
それまで実験部でノアの前身であるライトエースの商品力や使い勝手を担当し、製品企画本部に異動してからは2代目ノアの開発をはじめ、エスティマ、アイシス、ウィッシュなど数多くのミニバンを担当することになりました。1990年当時、環境性能をはじめ様々な面で期待していたミニバンの理想型を自分の手でつくり上げることになったのは、今思えば何かの巡り合わせなのかもしれません。

広々とした室内空間、快適な使い勝手、そして環境性能を極めたミニバン、それがノア

ミニバンにとって環境性能を追求するというのはどういうことでしょうか。

国内におけるミニバンの市場というのは非常に特殊なものがあります。
商用車の延長であった1980年代を経て、急速に浸透していった1990年代、3列シートさえあればその付加価値が認められていた2000年代。こうした時代を経ながら様々な車種が淘汰され、現在は広さを兼ね備えた3列車でなければ生き残れない時代になりつつあります。

ミニバンがここまで認知され、支持されるには様々な理由があります。
たとえば、国内のインフラ環境が非常に良いということです。ワインディングを通ることなく、バイパスや高速を使いどこへでも好きなところへ行くことができる。そうした良い道路環境にあって、ミニバンは十分な快適性を提供できます。また、ミニバンのメインユーザーはファミリー層ですが、日本は子どもと一緒にでかけるレジャー施設やお出かけスポットが非常に充実していることも理由の1つです。さらに日本のナビゲーションシステムは非常に優秀なことも、ファミリーのお出掛けを身近なものにしている一因です。こうした様々な条件の相乗効果もあり、ミニバンがファミリー層を中心に支持されているわけです。平日は買い物や送り迎えなどの普段使い、週末はちょっと遠出という使われ方が増え、結果、走行距離は一般車の平均以上というデータが挙がっています。

一方、箱形で重量のあるミニバンは、必ずしも走り、燃費といった性能に対して有利とはいえません。中でも燃費はミニバンの弱点ともいえますが、走行距離の多いクルマこそ燃費の改善が必要でした。
そのため、初代ノアはマイナーチェンンジでCVTを組み合わせることで、燃費性能を向上。2代目は当時の最先端技術であったバルブマチック付エンジンを採用したことで、クラスでも図抜けた燃費性能となり、これを機にミニバンの燃費競争がますます激化することになりました。

そもそも、ミニバンで最優先されるべきは「室内の広さ」と「使い勝手」です。単に燃費の良いクルマであれば、アクアやプリウスがあります。そのため、今回もパッケージこそが最大テーマで、このクラスで最大限に良いものをつくることを目指した開発に努めました。そして、同時に燃費をどのようにするかを考え、その柱をハイブリッドシステムとしました。ハイブリッドシステムありきの開発ではなく、あくまでも究極のパッケージングの延長線上に環境性能を最大限発揮できるハイブリッドシステムを設定して、お客様の期待を超える最適バランスのクルマをお届けすることが大きな目標でした。

たとえば、従来のハイブリッド車は、バッテリーの設置場所を後席下や荷室、あるいは運転席と助手席の間に設置しています。しかし、従来の設置場所では、シートをフルフラットすることができなかったり、車内のウォークスルーが簡単にできなかったりします。荷室も収納スペースとしてしっかり使うことができなくなる場合もあります。これではメインターゲットであるファミリー層のお客様にとって、ミニバンのうれしさをスポイルすることになります。今回、新たに設定したハイブリッド車のバッテリーは、低床化にこだわり、使い勝手も損なわないという点から前席下に設置することにしました。

ボディーサイズは大きくなっても徹底した軽量化で環境性能を向上

エコプラスチックの採用部位​

新旧ボディー・室内サイズの比較(2WD車)​

単位:mm
2代目ノア(X) 3代目ノア(X)
全長 4,595 4,695 +100
全幅 1,695 1,695 ±0
全高 1,850 1,825 -25
ホイールベース 2,825 2,850 +25
室内長 2,970 2,930 -40
室内幅 1,485 1,540 *55
室内高 1,340 1,400 *60

しかし、大きくなったボディーサイズと今回の低床化による室内高の確保は環境性能にとっては不利な条件となります。
ボディーが大きくなれば、その分、車重も増えます。室内高の確保するために開口部を広げるためには、これまで以上にボディー剛性を高めなければなりません。通常、剛性を高めるにはボディー骨格フレームの板厚を厚くしたり補強材を入れるなど対応が必要で、結果、車重の増加につながります。

また、今回のハイブリッドシステムはプリウスαのシステムを採用していますが、プリウスαはノアよりもひと回り小さいクルマなので、このシステムを搭載するためにはユニットとしての許容質量が大きな課題でした。つまり、車重をできるだけ軽くしなければハイブリッドシステムの効果を十分に発揮できないということです。軽量化は燃費の他にも、資源の節約、運動性能や乗り心地の向上にもつながるので、環境の視点だけでなく、クルマを開発するうえでとても重要な取り組みであり避けて通れないテーマでした。

今回、100mm全長が長くなったにもかかわらず、細部にいたるまで徹底して軽量化技術を施し、同グレード比20kg減~同等としています。
最も効果的だったのは、新設したフロア部分の軽量化です。フロア部分の骨格には衝突対策のための補強材が数多く入っていますが、そういったものを軽くて丈夫な『高張力鋼板(ハイテン)』と呼ばれる材料を多用することで後付け補強材をなくし、数十kg単位で軽量化しました。
外板のルーフパネルには、「ビード」と呼ばれる凸形状を最適に配置して剛性を高めるとともに板厚を下げて軽量化に貢献しています。

実用燃費の向上こそが最大の狙い

では、ノアのその他の環境性能について教えてください。

最大の環境性能ともいえる燃費は、ハイブリッド車がJC08モード23.8km/L、ガソリン車の主要グレードで2WDが同16.0km/L、4WDも14.8 km/Lといずれも免税レベルを達成しています。

開発段階からハイブリッド車を設定するのであれば、「手の届く燃費の良いハイブリッドとして普及させたい」という想いがありました。
トヨタは、「エコカーは普及してこそ社会への貢献」と考えています。ハイブリッド車がどれほど燃費が良くても、手が届く価格設定がされていなければ普及することはありません。そのため、今回新たに設定したハイブリッド車には、プリウスから進化・熟成させてきた実績ある本格的ハイブリッドシステムを搭載し、クラスNo.1の低燃費とともにトルクフルな加速性能も両立しています。

ハイブリッドシステムのレイアウト

燃費というとハイブリッド車が注目されがちですが、ガソリンエンジンも結構頑張っています。
2代目で採用した燃費の良さに定評のあるバルブマチックをさらに進化させるとともに、新開発のCVTは、変速比幅を拡大して高速巡航時の低燃費とスムーズな走りをサポートしています。

低燃費を支える技術(ガソリン車)

​アイドリング
ストップ機能
改良バルブマチック付
エンジン
新開発
Super CVT-i
信号待ちなどの停車時に、エンジンを自動的にストップ。ムダなガソリン消費を抑えます。 燃費性能が魅力のバルブマチックに改良を施し、さらなる低燃費を実現します。 トヨタ車に搭載されるCSTの中で最大となるワイドな変速比幅で低燃費に貢献します。

これまでオプション扱いの車種が多かったアイドリングストップ機能「SMART STOP」を最廉価版以外は標準設定としています。いくらモード燃費が良くなっても、実燃費が良くならなければ意味がありませんし、お客様からもそうした声をいただいています。
しかし、これまで信号待ちなどでアイドリングの停止時間が長くなると、夏場などはエアコンが止まり、冷房が送風に切り替わって快適性が損なわれるといった課題がありました。これを改善するため、ハード側では、エンジン再始動まで保冷剤で貯めた冷気を送り込んで温度上昇を抑えるという仕組みを持つ「蓄冷エバポレーター」という機能を新たに設定しました。

蓄冷エバポレーターの仕組み

また、今回設定した「SMART STOP」には、アイドリングストップ時間をロングとノーマルの2段階で選べるようにしています。トレードオフの関係になりますが、空調性能を少し落としてでも燃費を良くしたい場合は、アイドリング停止時間を長く設定したロングモードを選んでいただければ燃費に貢献します。

  • エアコン作動時のアイドリングストップ時間を2段階で設定

私たち開発陣としては、アイドリングストップをもっとポジティブに捉えてほしいという想いがあります。
そのため、情報表示計にも遊び心を持ったいろいろな工夫が盛り込んであります。
たとえば、マルチインフォメーションディスプレイのエコメーターにしても、止まればアイドリングストップ時間の累積時間を表示したり、アイドリングストップによる節約燃料量が計算できたりします。
​ハイブリッド車はもちろん、ガソリン車を選ばれたお客様にも燃費の向上しろがはっきり体験できるようなクルマをお届けしたかったので、実用燃費の向上には結構こだわりを持って開発に当たりました。

2代にわたるチーフエンジニアの経験を活かし、お客様に喜んでいただけるクルマづくりを実践

お客様のクルマ選びにおける環境仕様をどのように考えますか。

ハイブリッド車はもちろんですが、ガソリン車については2WDだけでなく、4WD車も免税対象となるようにしています。4WD車が免税対象となったのはこのクラスとしては初になります。これによって、お客様がハイブリッド車を選ぶかガソリン車を選ぶかで、税制上の条件はほぼ同じとなります。そうなると、お客様ご自身が年間の走行距離などを考えて、本当に自分に合った使い方を見極めてクルマ選びをしていただけることができるようになりました。

私は2代にわたりノアの開発に当たってきました。2代続けて同じクルマのフルモデルチェンジを担当するチーフエンジニアはトヨタでは多くはないのですが、2代続けて担当したからこそわかること、そしてこのクルマに対する人一倍強い想いがあります。 もっといいクルマづくりを目指し、開発の一つひとつに徹底的にこだわり、納得がいくまで何度もトライし、最高のミニバンを追求して出来上がった新しいノアには、これまでの経験が活かされ、お客様の期待を裏切らない仕上がりになっているのではないでしょうか。
​開発コンセプト「Spacious FUN Box(家族の夢を丸ごと載せる、FUN 、Utility、Nenpiの良い箱)」が示すように、家族を大切にするパパがカッコよく輝いて、ママと子どもたちが夢と笑顔に満ち溢れたミニバンライフが楽しめる、そんな素敵なファミリーが世の中にあふれることを願っています。

[ガズ―編集部]