【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#05

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

2nd マークX、千葉へ走る。
#5

なんだか、煙いと思ったら、周藤がタバコを吹かしていた。少し躊躇ったけど、マークXのパワー・ウィンドウを少しだけ下げる。
冷気がその隙間から入って、変わりに煙が吐き出されていく。
調査資料を読み進めていくと、備考欄に汚い字で周藤の殴り書きがあるのを見つけた。
〈長男、博司、27歳。山川証券。都内在住。
長女、由美、24歳。アルバイト。松戸市在住。既婚(雅也)〉
「なんで、自動車の保険調査員なんかになりたいんだ」
周藤が突然口を開いた。
「昔から車好きと言うのもありますし、不正を許せないという思いもあります」
返事は一切ない。納得していない様子だ。これは試験なのかもしれない。
「実は、父の失踪の真相を突き止めたいという理由もあります。保険外交員をしていた父は、わたしが高校2年生の終わりに、海外出張に行ったまま帰ってきませんでした」
フィリピンへの出張中に、仕事の後、カヌーに乗ったまま消えてしまった。転覆したカヌーが見つかって地元警察は事故と断定した。遺書は見つかっていないし、自殺は絶対に考えられない。
わたしはずっと戻ってくると信じていたけど、母を含めて家族は半年経って諦めた。1年後には、特別失踪が宣告された。生死不明の人を死亡したものとみなし、戸籍に関する法律を確定させるための制度だ。
本当に辛い出来事だったけど、母や弟と一緒になんとか乗り越えられた。
持ち家があったし、保険屋だったこともあり、多額の保険金も下りたから、わたしたちはその後、何不自由なく暮らしてこられた。
でも、なんのわだかまりもないと言ったら、それは嘘になる。
なぜ、アウトドア派でもない父が突然、カヌーに乗ったのか。本当に事故だったのか。わたしはいつかその真実を知りたいと思っている。
だから、わたしは警察官になりたかった。でも、信じられないことに、わたしには受験資格がなかったのだ。わたしの身長は153.2センチ。婦人警察官は概ね154センチ以上という規定があることを知って愕然とした。諦めきれない想いもあったけど、高校の担任に「180センチを超える凶悪犯と闘えるのか」と聞かれて、確かに闘えないと思った。
頭の良さは全部、弟にいってしまったみたいだ。ロースクールに進学して、てっきり弁護士になるのかと思ったら、検事になった。いまは札幌地検にいる。忙しそうで、実家にはあまり帰ってこない。
母の恵美はわたしの転職に大反対した。「早く結婚して、孫を抱かせて欲しいのに」と口癖のようにいう。
「自分では、調査員に向いていると思うのか」
周藤が向いていないんじゃないか、という口ぶりで投げかけてきた。
「すごく向いていると思います」
「なぜだ。その確信はどこからくる?」
「だって、こうやって、チャンスを掴みました。わたし、運とか、縁とかって大事にするタイプなんです」
周藤がまた深く溜め息を吐き出した。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]