【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#08

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

2nd マークX、千葉へ走る。
#8

周藤が、主婦らしき女性のいる家にゆっくりと近づき声をかけた。
「すみません。すぐそこの家が売りに出ていたので、買おうかと思って見に来たんですけど、このあたりの住みやすさはどうですか」
さっきまで愛想の悪かった男が、信じられないほど態度を豹変させていた。会話を聞き漏らすまいと、パワー・ウィンドウをさらに1センチだけ下げる。女性はすっかり警戒心を解いたようだ。
「あら、そう。わたしはここに住んでもう20年以上になるけどね、いいわよ。都心にもアクセスがいいし、最近はイオンもドン・キホーテもできたし」
周藤が大げさに頭を上下させている。
「治安とかってどうですか。いやもちろん、悪いように見えませんが……」
女性の顔が一瞬にして曇った。何かを言いかけそうになったけど、逡巡するさまが見て取れる。周藤が顔を覗き込んだので、小声で話しはじめた。
「それがね、あちらのおうちでまた車の盗難があったみたいで、うちも警察にいろいろ聞かれたわよ」
「あちらって、あの角の?」
周藤の演技は完璧だ。女性が頷く。
「またってことは、何度も盗難されているんですか」
周藤が驚愕の声を上げている。ちょっと笑いそうになった。
「わたしが知っている限りでは2回目ね。以前はクラウンで、今回はセルシオよ。すごくランクもいいやつ。本当に、もったいない」
以前にもクラウンで盗難被害に遭っていたとは……。
おそらく、その際に保険会社を変えたのだろう。盗難の場合は一等級しか下がらないし、保険会社としては、過去の車両盗難の有無を知ることは難しい。
「クラウンにセルシオかぁ。ずいぶん、お金にゆとりがある家なんですね」
「それはどうかしら。まあ、あそこは子どもが2人とも自立したみたいだしね……」
なにか含みのある答え方だ。
「このへんは、他にも車両盗難の被害に遭っている方がいるのですか」
「いいえ、あちらのお宅だけね。うちはセルシオほどの高級車を所有しているわけじゃないけど、ちゃんと警備会社に頼んでいるので安心よ。他のおうちだって、警備会社だったり、防犯カメラをつけていたりするところが多いわ」
駐車スペースには、真新しいシルバーのホンダ・フリードが収まっている。
「あちらのお宅は警備会社にお願いしたり、防犯カメラを付けたりはしていなかったんですね。高級車を所有して、しかも過去に一度盗難されているのに、なぜでしょう」
「ちょっとあちらは変わっているの。奥さんもパチンコばっかりしていて」
周藤の眉がピクリと動いた。
話を切り上げ、車に引き返そうとすると、女性が呼び止めた。
「あ、そうそう、あとね、夏にやる手賀沼の花火大会ね、すごくいいのよ」
面倒見が良くて、地元への愛着が強い人のようだ。周藤が頭を下げた。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]