【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#18

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

3rd ヨタハチ、鎌倉へ走る。
#18

ホットヨガで一汗かいて帰宅したときには、もう21時をまわっていた。ずっとため込んでいたものを、汗と一緒に一気に発散できたような気がして気持ちがいい。
自動シャッターを開けると、車庫の中がヘッドライトで照らされた。母の乗る赤いアルファ ロメオのジュリエッタが置かれている。
玄関を開けて、「ただいま」と呼びかけたが、返事はない。でも、母はいるはずだ。
リビングのドアを開けると、母はソファで寛ぎながら録画したテレビドラマを見ていた。
「あら、おかえりなさい。どこに行っていたの? 連絡もないから、食事は用意してないわよ」
「真由子と鎌倉に行ってきたの。適当に食べるから平気。あ、お土産はないけど」
「あら、マユちゃん、元気だった? 結婚はまだなの?」
真由子は何度もここに遊びに来たことがある。
「いま、世の中には、いい車に乗っているいい男が少ないんだって。いい車どころか、そもそも車を持ってない男が多いって嘆いていたわ」
「あんなに美人のマユちゃんでも、いい人いないんだ……」
「あんたはどうなの?」と言いたげな目で、母がじろじろと見つめてきた。
「なあに。まだ彼はいないよ。転職したばかりだし、まずは仕事に慣れるのが先かな」
説教が始まりそうで、キッチンに一時避難する。
冷蔵庫から出したコントレックスをグラスにそそいで、リビングに戻る。ソファに身を預けた。
「仕事、続きそうなの」
母にはずいぶん反対されたのだ。
「うん、絶対向いてる。もしかしたら、天職かもしれない」
「え、いま、あなた、天職って言ったの?」
母が眉間にしわを寄せて、ちょっと馬鹿にした表情を見せる。
「うん、言った。わたし、やっと探していた居場所を見つけたのかも」
母の表情が和らいだ。
「なに言っちゃっているのよ、もう。会社にイケメンでもいるのかしら」
周藤の顔が浮かぶ。確かにイケメンではある。
母はお嬢様育ちで、父とは大恋愛をして結婚したらしい。忘れられなかったのだろうか。再婚のチャンスはあったと思う。父が失踪してからもう10年だ。
わたしがずっと一緒に住んでいるとはいえ、寂しくはなかったのか。それとも、わたしが出て行かないから、再婚に踏み出せなかったのだろうか。きっと恋人はいたはずだ。
「もし俺に何かあったら、母さんを頼む」
父と交わした最後の会話を思い出す。
「あ、お風呂にお湯はってあるわよ」
「そうなんだ、じゃあ入ってくる」
リビングに戻ると、もう母はいなかった。
自分の部屋に入り、ベッドに横になる。そんな簡単なわけがないのはわかっているけど、でも、周藤の背中を追いかけていけば、捜査力が身に付くかもしれない。
そうしたら、わたしは父の失踪の真相を探ってみよう。そう思いながら、天井を見上げた。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]