【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第2話#21

第2話「カーシェア事件を調査せよ!」

3rd ミキ、合コンでイケメンに出会う。
#21

カーシェアリングサービスの会社側から、調査を中止にしてもらえないかと打診された。
いったい、これはどういうことなのだろうか。
最初は口をつぐんでいた水野が話し出した。
「率直に申し上げます。わたしどもは当初、報告をしてきた田中様を怪しいと疑っていました」
傷の報告が利用後だったこと。塗装してあり、わかりづらくなっていた傷に車両利用後に気付いたのだとしても、返却後、やや時間を置いてから連絡をしているのは確かに不自然な行動と言える。
「貸渡約款にもある通り、車両の異常は出発前に点検して報告するのがルールですから、わたしどもとしては調査の上、損害賠償を請求することになる可能性があることを先方にお伝えしました。電話を受けた者の対応は間違っておりません」
「はい、もちろんです」
「ただ、現実にはご本人が事故を起こしたことを認めていない訳ですし、証明するのは極めて難しい。つまり、最初から支払ってもらえるとは思っていなかったのが本音です」
「なるほど……」
「ただ、先方が弁護士事務所に相談して御社の調査が入ることになった。それを聞いて、当然、田中様が傷をつけた可能性は低いと考えるようになりました。傷をつけた本人なら、わざわざこんな大事にするのは得策ではありませんからね。どちらにせよ、わたしどもとしては、真実を明らかにしていただけるならばこんなありがたい話はない、と考えました」
「それは、そうですよね」
「しかし、現実には調査のプロフェッショナルである御社が動き始めても、解明は難しそうです。車両の修理が終わりましたが、費用は思っていた以上に安く済みました。もちろん、わたしどもとしては正直、痛手です。修理中は車を稼働できなかったわけですから。ただ、この問題がこじれて悪評につながるようなことも避けたい」
大きく頷いていた。いま、どこのカーシェアリングサービスの会社も、会員獲得に力を入れている。
「調査を拒否した利用者の男性は退会届けを出されまして、わたしどもは厳しい意見も頂戴しました。もしかしたら、あの方が傷をつけたのかもしれませんし、それはわかりません。そうでなくても、貸渡約款にある通り、第三者の調査に協力する義務はあります。しかし、これ以上あの方にお話を聞いたところで、何かを証明することは困難でしょう。ですから、もうあの方に連絡を取られるのは一切やめていただきたい」
わたしには、そこをなんとか、という権利はない。依頼主が損害賠償させられることもないなら、なおさらだ。おそらく、調査の中止を本人も拒まないだろう。
「よくわかりました」
力なく、答えていた。だが、わたしひとりで判断すべきではないかもしれない。
「あの、河口綜合法律事務所の弁護士とも話し合いますので、一旦、持ち帰らせていただけますか? 明日には返答いたしますので」
「ええ、もちろん。どなたさまにも悪い話ではないはずです」
険しかった水野の表情がやっと柔らかくなった。
「哀しいかな、我々が泣き寝入りすることになるケースが多いのが実情なんです」
わたしは複雑な気持ちで頷いた。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]