【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第4話#29

第4話「スパイ事件を調査せよ!」

​6th ミキの決断。​
#29 スパイの正体

「あなただったんでしょ。スパイ」
​わたしの発した一言を聞いて、桜川は目を吊り上げて、こちらをじっと睨みつけた。だけど、その表情はすぐに笑顔に変わる。
「反社会グループに田中さんの情報を渡したのは桜川さん、あなたでし――」
わたしが言い終わる前に、遮られた。
「なにを言っているのか、さっぱりわからないな」
「最初からおかしいなと思っていたの。わたしが相談しているのに、ちっとも協力してくれないのはなぜなのか」
桜川が浮かべている妙ににこやかな表情の向こうに、わたしへの敵意が潜んでいる気がする。
「僕がそんなこと、やるわけがないじゃないか」
口調にも刺がある。
「僕がスパイだっていう理由は?」
声がだんだん大きくなっていく。
「そんなことして、僕にいったいなんのメリットがあるの? 証拠でもあるのかよ」
桜川がドスを利かせた声を発した。
わたしたちの隣の席に座る学生風の男性が、ちらちらとこちらを見ている。
「証拠はないけど、確信があるの」
桜川が急に笑い始めた。
「そんなんで、調査員をやっているのかよ。証拠はないって、認めちゃダメだろ」
わたしはそのままじっと、桜川を見つめ続けていた。
「なんか、かまかけるとか、やりようはなかったのかよ」
「結局、うちの個人情報の流出は問題にはならなかったの。だから、もしあなたがスパイだったとしても、わたしは特に何も追求しない」
桜川が頷いた。
「全部、計算づくだよ。俺を叩いても何も出てこない」
「証拠がない、追求もされないとわかったら、やっと認めたね。それにしても、スパイなんて……。なにがきっかけだったの?」
「最初は正社員を目指してまじめに働いていたんだけど、バカバカしくなってきてさ」
桜川が語り始めた。
「だってさ、コネで入った女の子はいきなり正社員だよ。元刑事だかなんだか知らない人は、就業時間中に単独行動して、なにをやっているかわからない。そんなの不公平だろう」
「だからって、あなたが不正行為をしていいということにはならないわ」
「そりゃ、そうだね」
桜川は素直に認めると、立ち上がった、
「じゃあ、責任とって会社やめるから、許してよ」
そう言い捨てて、店を出ていく。
それを見届けてから、わたしはスマートフォンの録音スイッチを切った。

(続く)

登場人物

上山未来・ミキ(27)
上山未来・ミキ(27):主人公。新米保険調査員。父の失踪の理由を探っている。愛車はトヨタスポーツ800。

周藤健一(41)
周藤健一(41):元敏腕刑事。なぜ警察を辞めたのかも、プライベートも謎。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

桜川和也(29)
桜川和也(29):ミキの同僚。保険調査の報告書を作成するライター。ミキのよき相談相手。彼女あり?

成田真由子(27)
成田真由子(27):ミキの中学校時代からの親友。モデル体型の美人。大手損保に勤務する。時間にルーズなのが玉に瑕。

河口仁(58)
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

河口純(30)
河口純(30):河口仁の息子で、ミキの幼馴染。ちょっと鼻につくところはあるが、基本的にいい人。愛車はポルシェ911カレラ。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:丸田章智さん

編集:ノオト

[ガズー編集部]