【試乗記】トヨタGRヤリス
魂の3気筒
GRヤリスの目指したところ
その公道初試乗会に用意されていたのは1.6リッター3気筒ターボ+4WDの「RZ」系と、“ファーストエディション”にはなかった「RS」。こちらはノーマルの「ヤリス」用1.5リッター+CVTを搭載する。WRCに通じるGRヤリスを2ペダルで乗りたいという人向けのFFモデルである。
試乗枠は「RZ“ハイパフォーマンス”」が60分。ほか2台は各30分というタイトなものだった。早速、本命のRZ“ハイパフォーマンス”に肩を怒らせて乗り込み、272PSユニットを起こすと、肩すかしを食らった。アイドリングはフツーに静かだ。始動時に吠えたりすることもない。
クラッチペダルも重くない。膝のコラーゲンがすり減った熟年ドライバーが終のMT車として選んだとしても、問題ないはずだ。先日乗った「アバルト595エッセエッセ」(180PS)のほうがはるかに左足にくる。あとで開発スタッフに聞くと、「595のクラッチはだいぶ重いですから」と、よく御存じだった。高性能を意識させるためにわざとクラッチペダルを重くするような演出は一切していないという。ラリーやレースに出られるクルマを普段使いにする。それがGRヤリスの目指したところでもある。
回すとすごい3気筒
なんて印象は前が空いてアクセルを踏み込んだ途端、興奮に上書きされてしまった。アイドリングでは猫をかぶっていたエンジンも、回すとスゴイ。リミッターに当たる7200rpmまで、怒涛のようなトルクが湧いてくる。とても3気筒の1.6リッターターボとは思えない。いや、回転フィールに3気筒感はある。4気筒1.6リッターより大きなピストンが動いている実感があるし、高回転でも4気筒のようには突き抜けない。しかしそんな独特さも含めてスゴイ。こんな1.6リッターエンジンは初めてだ。
速いのは当然で、開発スタッフによれば0-100km/hは5.2秒だという。「シビック タイプR」や「メガーヌ ルノースポール」らの2リッターFF勢よりコンマ5秒以上速い。0-100km/hでコンマ5秒も違うと、体感的にも“別格”である。
アクティブトルクスプリット4WDは、前後トルク配分を「ノーマル」(60:40)、「スポーツ」(30:70)、「トラック」(50:50)に3段切り替えできる。さらに“ハイパフォーマンス”には後輪の無駄がきを許さないトルセンLSDが付く。豪快な加速性能のなかでも、100km/h直前まで伸びる2速でのコーナーからの脱出加速がとくに刺激的だ。エンジンや排気の音を抑えたのは、今後の車外騒音規制を見据えてのことだというが、回せばけっこうイイ音がする。
6段のiMTにはシフトダウン時に回転を合わせてくれる自動ブリッピング機構が付いている。回転合わせをやる習慣のない人にとっては安全装備のひとつにもなるだろう。自分でやるから不要というドライバーはスイッチを入れなければいい。
乗り心地はけっこう違う
だが、直後ということもあって、その差は冷酷なほど大きく感じた。なにしろ272PS対120PSである。しかも1140kgの車重は、同じパワートレインのノーマルヤリスより100kg以上重いのだ。エンジンに対してボディーやシャシーが異様にオーバークオリティーともいえる、そこに何か魅力やおもしろさがあるかもという期待もあったが、RZ系を知ってしまうと、GRヤリスの魂はやはり1.6リッターエンジンにこそ宿っていると感じた。ランボルギーニに「ポロ」のエンジンでは寂しいでしょう。
最後に乗ったのは“ファーストエディション”のRZ。もう新車では買えないのになぜ? と思ったが、レギュラーモデルとの違いは、開発ドライバーでもある“Morizo”(豊田章男CEO)のサインなど、外観のごく一部ということで、試乗車にあてられていた。
乗ってみると、“ハイパフォーマンス”との差は意外に大きかった。トルセンLSDを生かしながら操縦性能を最大限に高めたという“ハイパフォーマンス”のシャシーセッティングに比べると、ノーマルRZは少しコンフォート寄りに感じられた。乗り心地がちょっとだけいい。サーキットへの往きはよくても、疲れた帰りはツラそうだなと感じた乗り心地が少し丸くて、入魂のエンジンは同じ。それで価格(396万円)は“ハイパフォーマンス”より60万円安い。30分のチョイ乗りでは、普段使いのコスパがより高いRZという印象だった。
モリゾウに感謝!
ボンネット、ドア、テールゲートはアルミ製。いちばん高いところにあるルーフはカーボン製。このカーボンルーフを取り入れるはずだった2021年用新型「ヤリスWRC」の開発が、コロナ禍で中止に追い込まれたのはなんとも残念である。
全幅はノーマルの5ドアヤリスより10cmワイドで、全高は5cm低い。テールゲートのヒンジの位置で言うと9cmも低い。その3ドアボディーを見ると、あらためてトヨタがよくこんなクルマを市販したなあと思う。真後ろからだと競技車両そのものに見えるリアフェンダーの張り出しなどは、実際これまでのトヨタの生産技術の枠内ではつくれなかったという。持つべきは走り屋の社長である。
車内のセンターフロアには「WRCのために開発された」という意味の英語の立体シールが貼ってある。2022年からはWRCのトップカテゴリーも電動化のハイブリッドで争われる。そこにトヨタがどう向き合うのかはわからないが、“エンジン祭”みたいなこんなホモロゲーションモデルはもう出てこないだろう。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
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