【試乗記】アウディe-tronスポーツバック55クワトロ ファーストエディション(4WD)
未来は考え方ひとつ
ひとつ上のレベルの静寂
そろそろと走りだすと、全くの無音。EVの静かさには慣れているはずだが、静寂の度合いがひとつ上のレベルだ。森閑としていて、システム出力408PSという巨大なパワーが働いていることを感じさせない。「ファーストエディション」には「サイレンスパッケージ」が標準装備で、サイドにはアコースティックガラスが用いられている。風切り音などが侵入するのを抑えるもので、静粛性向上に貢献するそうだ。室内が優れた音響環境となるだけに、Bang & Olufsenのオーディオがおごられている。マキシマム ザ ホルモンをかけるのははばかられたので、エリック・サティのピアノ曲をチョイスした。家で聴くよりはるかにいい音である。
早朝で道はガラ空きだったので、信号が青になると思い切ってアクセルを踏み込んでみた。静かさは変わらないまま、押し出されるようにして力強く加速していく。荒々しさや粗暴さとは無縁の上品なパワーである。インテリなのに力持ちという感じだ。闇の中から力が湧いてくるような感覚は新鮮で、得も言われぬ快感に打ち震える。しかし、メーターを見ると正気に戻った。残存航続距離が瞬く間に減少しているのを見て、以後はジェントルな運転に徹することにした。
高速道路も交通量が少なく、ハイペースで飛ばすクルマが多い。急ぐ人々を眺めながら、左側車線を悠然と走った。アダプティブクルーズコントロール(ACC)を使って定速走行を試みたが、特に電費がよくなるわけではない。とにかく無駄な加減速をしないことが肝要である。右足の力を繊細にコントロールしていると、残存航続距離の減少を緩やかにすることができた。
パドルで回生レベルを制御
駐車してあらためて眺めると、堂々たる体格ながら威圧感はない。クーペSUVのフォルムは流麗で、マッシブにはなっていない。ルーフは後方に向かってはっきりと下降しており、スポーティーな印象を与える。それでいて後席スペースや荷室容量を十分に確保しているのは、ゆったりとしたサイズのおかげだ。前後のライトが水平基調にそろえられていることが端正なイメージを生み出している。運転感覚とエクステリアデザインに統一感があるのが好ましい。
EVなのでトランスミッションはないが、ステアリングホイールにはパドルが備わっている。変速ではなく、ブレーキ回生レベルの強度を変えるためのものだ。「日産リーフ」や「BMW i3」のようにアクセルオフでクルマが停止することはないが、パドル操作で制動力を変えられる。上り坂では電力を多く消費してしまうが、下り坂では積極的に回生レベルを上げて運転し、かなり電池残量を回復させることができた。
エアサスペンションが搭載されていて、車高をコントロールできる。前後にモーターを備える4輪駆動であり、車高を上げればオフロード走行も可能なはずだ。ドライブセレクトを使えば、サスペンションの設定だけでなく駆動システムの特性やパワーステアリングのアシスト量も変えられる。ただし、「ダイナミック」モードにしたら明らかに乗り心地が悪化したので、通常は「オート」モードで運転したほうがいい。
下り坂なら無敵
クルマを置いて撮影しているうちにも、バッテリーは消費されていく。パワーウィンドウやパワーハッチを操作するだけでも電池残量が減るのではないかと気が気ではない。富士スピードウェイでの仕事を終えた時点で、残存航続距離は138km。編集部までの距離は約100kmだからなんとか足りる計算だが、油断は禁物。充電することにした。富士スピードウェイには充電設備がなく、ナビで周辺を探した。しかし、困ったことに出力が何kWなのかが示されていない。e-tronスポーツバックはバッテリー容量が大きいので、例えば20kW程度の充電器ではあまり役に立たないのだ。
スマホで調べると、帰る道すがらの足柄SAに40kWの充電器が備えられていることがわかった。30分充電すれば、東京に戻るのには十分だろう。しかし、少しでも距離を少なくしようと、スマートICから足柄SAに入ったのがまずかった。ゲートが本線への出口のすぐそばに位置しているので、充電器のある場所に行くには逆走しなければならないのだ。諦めて、もっと東京寄りの海老名SAを目指すことにした。距離は約60kmだから、余裕を持ってたどり着ける。
しばらく走っていると、想定外の事態が発生した。足柄SAから東京に向かうと、ずっと下り坂が続く。バッテリーの残量が減ってもすぐに回復し、なかなか数字が下がらない。海老名SAが近づいても、残存航続距離は130kmを保ったまま。充電の必要はないと判断してそのまま走ると、編集部に到着した時点でまだ88km走れる状態だった。その間の電費は6.5km/kWhで、満充電で600km以上走れる計算になる。下り坂ばかりを走ることが前提になるわけだが。
どう使うのが正解か
e-tronスポーツバックは2020年10月下旬時点で、日本国内で50台の受注があったそうだ。好調な数字といっていいだろう。ただ、目標値としては500台という数字が挙げられているようで、かなり高いハードルである。2021年には電池容量などを減らした「e-tronスポーツバック50」が発売されるようなので、もう少し手に入れやすくなるのは確かだ。歓迎すべきことだとは思うが、1日試乗しただけでは、このクルマがどんな用途で使われるのかがよくわからなかったのも事実である。
出来がいいことは間違いない。静かで乗り心地がよく、目の覚めるような加速力を持つ。バッテリーを下部に配したことで重心が低く、コーナーでの安定性は抜群だ。エクステリアデザインは都会的で洗練されており、インテリアも上質で乗っていて気分がいい。しかし、なかなか気軽に遠出する気にはならないだろう。電池残量がなくなると、満充電までには急速充電を使っても1時間半以上かかるのだ。かといって、近所のチョイ乗りに使うには大きすぎる。
現時点では、EVは理念的乗り物なのかもしれない。アウディはCMで「電気自動車? 私たちには新しい時代が見える」と宣言している。そして、「未来は考え方ひとつ」とも。いまや、EVが普及すれば即座に環境問題が解決すると素朴に信じることはできない。19世紀にジェヴォンズが喝破したとおり、技術進歩による効率化が逆に環境負荷を増やしてしまうというパラドックスを経験してきたのだ。e-tronスポーツバックという魅力的なEVを目の当たりにしたからこそ、未来のことをもっと真剣に考えたくなる。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
連載コラム
最新ニュース
-
-
マットブラックのカスタムハイエース、限定20台で発売決定
2024.03.29
-
-
-
東京で熱戦へ! フォーミュラEシーズン10、ここまでの流れ
2024.03.29
-
-
-
日産自動車、2030年までのフォーミュラE参戦を発表
2024.03.29
-
-
-
日産『エルグランド』一部仕様変更、安全装備を強化
2024.03.29
-
-
-
メルセデスベンツ、新型パワートレイン搭載の「GLA180」発売…高性能モデルAMG「GLA45S」も追加
2024.03.28
-
-
-
フィアット 500X、 電動ソフトトップ特別装備の限定車発売
2024.03.28
-
-
-
ボルボカーズ、ディーゼル車の生産を終了…2030年にEVメーカーへ
2024.03.28
-
最新ニュース
MORIZO on the Road