【試乗記】アウディe-tronスポーツバック55クワトロ ファーストエディション(4WD)

  • アウディe-tronスポーツバック55クワトロ ファーストエディション(4WD)【試乗記】

    アウディe-tronスポーツバック55クワトロ ファーストエディション(4WD)【試乗記】

未来は考え方ひとつ

アウディの国内ラインナップでは初となる100%電気自動車(EV)「e-tronスポーツバック」に試乗。全長4900mmの大型ボディーにシステム出力408PSを誇るツインモーターを備えた電動SUVは、ドライバーにどんな未来を見せてくれるのだろうか。

ひとつ上のレベルの静寂

試乗車と対面して最初に感じたのは、e-tronスポーツバックが想像以上に大きなボディーサイズだということだった。大きさに比例して重くなるのは当然である。スペックを見ると、2.5t超え。不安だ。目的地は富士スピードウェイなのだ。出発地点からの距離は約120km。メーターに示された残存航続距離は277kmだから、数字の上では往復するのに十分である。しかし、以前EVの試乗で痛い目に遭ったことがトラウマになっている。

そろそろと走りだすと、全くの無音。EVの静かさには慣れているはずだが、静寂の度合いがひとつ上のレベルだ。森閑としていて、システム出力408PSという巨大なパワーが働いていることを感じさせない。「ファーストエディション」には「サイレンスパッケージ」が標準装備で、サイドにはアコースティックガラスが用いられている。風切り音などが侵入するのを抑えるもので、静粛性向上に貢献するそうだ。室内が優れた音響環境となるだけに、Bang & Olufsenのオーディオがおごられている。マキシマム ザ ホルモンをかけるのははばかられたので、エリック・サティのピアノ曲をチョイスした。家で聴くよりはるかにいい音である。

早朝で道はガラ空きだったので、信号が青になると思い切ってアクセルを踏み込んでみた。静かさは変わらないまま、押し出されるようにして力強く加速していく。荒々しさや粗暴さとは無縁の上品なパワーである。インテリなのに力持ちという感じだ。闇の中から力が湧いてくるような感覚は新鮮で、得も言われぬ快感に打ち震える。しかし、メーターを見ると正気に戻った。残存航続距離が瞬く間に減少しているのを見て、以後はジェントルな運転に徹することにした。

高速道路も交通量が少なく、ハイペースで飛ばすクルマが多い。急ぐ人々を眺めながら、左側車線を悠然と走った。アダプティブクルーズコントロール(ACC)を使って定速走行を試みたが、特に電費がよくなるわけではない。とにかく無駄な加減速をしないことが肝要である。右足の力を繊細にコントロールしていると、残存航続距離の減少を緩やかにすることができた。

パドルで回生レベルを制御

エコ運転を続けていたせいで、カメラマンとの待ち合わせ時間に10分ほど遅れてしまった。EVに乗る時は、いつもよりも時間に余裕を持って出かけなければならない。東名高速道路・中井PAに着いた時点での残存航続距離は192km。約82km走って85km分減ったことになる。途中からなだらかな上り坂になり、それまでの貯金を食いつぶしてしまった。メーターに示された平均電費は4.6km/kWh。バッテリー容量は95kWhなので、単純計算では437km走れることになる。

駐車してあらためて眺めると、堂々たる体格ながら威圧感はない。クーペSUVのフォルムは流麗で、マッシブにはなっていない。ルーフは後方に向かってはっきりと下降しており、スポーティーな印象を与える。それでいて後席スペースや荷室容量を十分に確保しているのは、ゆったりとしたサイズのおかげだ。前後のライトが水平基調にそろえられていることが端正なイメージを生み出している。運転感覚とエクステリアデザインに統一感があるのが好ましい。

EVなのでトランスミッションはないが、ステアリングホイールにはパドルが備わっている。変速ではなく、ブレーキ回生レベルの強度を変えるためのものだ。「日産リーフ」や「BMW i3」のようにアクセルオフでクルマが停止することはないが、パドル操作で制動力を変えられる。上り坂では電力を多く消費してしまうが、下り坂では積極的に回生レベルを上げて運転し、かなり電池残量を回復させることができた。

エアサスペンションが搭載されていて、車高をコントロールできる。前後にモーターを備える4輪駆動であり、車高を上げればオフロード走行も可能なはずだ。ドライブセレクトを使えば、サスペンションの設定だけでなく駆動システムの特性やパワーステアリングのアシスト量も変えられる。ただし、「ダイナミック」モードにしたら明らかに乗り心地が悪化したので、通常は「オート」モードで運転したほうがいい。

下り坂なら無敵

試乗車には「バーチャルエクステリアミラー」が装備されていた。ドアハンドルの上に位置するディスプレイは高精細で見やすい。デジタルルームミラーだと距離が近すぎて老眼にはピント調節が難しいと思ったが、これならば問題はなさそうだ。いつもの癖で後方確認の際につい外にあるカメラに目を向けてしまったが、慣れれば大丈夫だろう。ただ、バックでの駐車には手こずった。全幅1935mmもあるからコインパーキングではギリギリな上に、ディスプレイだと感覚がつかみにくいのだ。クリープがないのも微調整にはハンディとなる。サラウンドビューカメラの映像も見つつ、恐る恐る駐車した。

クルマを置いて撮影しているうちにも、バッテリーは消費されていく。パワーウィンドウやパワーハッチを操作するだけでも電池残量が減るのではないかと気が気ではない。富士スピードウェイでの仕事を終えた時点で、残存航続距離は138km。編集部までの距離は約100kmだからなんとか足りる計算だが、油断は禁物。充電することにした。富士スピードウェイには充電設備がなく、ナビで周辺を探した。しかし、困ったことに出力が何kWなのかが示されていない。e-tronスポーツバックはバッテリー容量が大きいので、例えば20kW程度の充電器ではあまり役に立たないのだ。

スマホで調べると、帰る道すがらの足柄SAに40kWの充電器が備えられていることがわかった。30分充電すれば、東京に戻るのには十分だろう。しかし、少しでも距離を少なくしようと、スマートICから足柄SAに入ったのがまずかった。ゲートが本線への出口のすぐそばに位置しているので、充電器のある場所に行くには逆走しなければならないのだ。諦めて、もっと東京寄りの海老名SAを目指すことにした。距離は約60kmだから、余裕を持ってたどり着ける。

しばらく走っていると、想定外の事態が発生した。足柄SAから東京に向かうと、ずっと下り坂が続く。バッテリーの残量が減ってもすぐに回復し、なかなか数字が下がらない。海老名SAが近づいても、残存航続距離は130kmを保ったまま。充電の必要はないと判断してそのまま走ると、編集部に到着した時点でまだ88km走れる状態だった。その間の電費は6.5km/kWhで、満充電で600km以上走れる計算になる。下り坂ばかりを走ることが前提になるわけだが。

どう使うのが正解か

実際のオーナーは、家で夜に充電することになるだろう。e-tronスポーツバックには左右にソケットが備えられていて、普通充電と急速充電の両方に対応している。家庭充電のためにアウディが用意したのが8kWの普通充電器だ。価格は24万2300円(税抜き)。設置するには工事が必要で、諸費用込みで32万8100円(税抜き)が目安だという。電力会社との契約は、最低でも100Aに増やす必要がある。結構お金がかかるのだが、1300万円超えのクルマを買う人にとっては大した障害にはならない気がする。

e-tronスポーツバックは2020年10月下旬時点で、日本国内で50台の受注があったそうだ。好調な数字といっていいだろう。ただ、目標値としては500台という数字が挙げられているようで、かなり高いハードルである。2021年には電池容量などを減らした「e-tronスポーツバック50」が発売されるようなので、もう少し手に入れやすくなるのは確かだ。歓迎すべきことだとは思うが、1日試乗しただけでは、このクルマがどんな用途で使われるのかがよくわからなかったのも事実である。

出来がいいことは間違いない。静かで乗り心地がよく、目の覚めるような加速力を持つ。バッテリーを下部に配したことで重心が低く、コーナーでの安定性は抜群だ。エクステリアデザインは都会的で洗練されており、インテリアも上質で乗っていて気分がいい。しかし、なかなか気軽に遠出する気にはならないだろう。電池残量がなくなると、満充電までには急速充電を使っても1時間半以上かかるのだ。かといって、近所のチョイ乗りに使うには大きすぎる。

現時点では、EVは理念的乗り物なのかもしれない。アウディはCMで「電気自動車? 私たちには新しい時代が見える」と宣言している。そして、「未来は考え方ひとつ」とも。いまや、EVが普及すれば即座に環境問題が解決すると素朴に信じることはできない。19世紀にジェヴォンズが喝破したとおり、技術進歩による効率化が逆に環境負荷を増やしてしまうというパラドックスを経験してきたのだ。e-tronスポーツバックという魅力的なEVを目の当たりにしたからこそ、未来のことをもっと真剣に考えたくなる。

(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)

試乗記トップ

[提供元:(株)webCG]Powered by webCG

注目キーワード

#86#BRZ#GRヤリス