【試乗記】ホンダ・シビック タイプR(FF/6MT)

  • ホンダ・シビック タイプR(FF/6MT)

    ホンダ・シビック タイプR(FF/6MT)

無冠の名車

欧州のライバルとFF車世界最速争いを繰り広げる「ホンダシビック タイプR」が、マイナーチェンジを受けた。派手ではないが、ツウをうならせる改良が施された“現行最終型”の出来栄えやいかに? 進化したその走りを報告する。

実はすでに“完売御礼”

10代目「シビック」をベースとしたタイプRのマイナーチェンジモデルが、国内で発売されたのは昨2020年10月8日だった。その目玉のひとつが、「メガーヌR.S.」に奪われていた“独ニュルブルクリンクFF車最速タイム”の奪還を期して開発された、200台限定の「リミテッドエディション」である。そのリミテッドエディションは案の定、正式発売時点で瞬殺完売だったが、表向きは限定でないはずのカタログモデルですら、それとほぼ同時に“新規受注終了”との情報が広まったのには驚いた。

実際のところ、カタログモデルは2020年11月初旬まではいくつかの販売店にわずかな市中在庫があったようだが、さすがに今となってはそれもほぼ売り尽くされたと思われる。タイプRを含む現行「シビック ハッチバック」を生産する英国スウィンドン工場が、この2021年中に閉鎖予定なのはご承知のとおりで、追加生産も事実上不可能。というわけで、すでに新車購入をおすすめできないのはくち惜しいかぎりだ。

もっとも、このマイチェン版タイプRは、そもそも“さよならファイナルバージョン”的な商品企画だったことも事実。発売は当初から2020年夏の予定であり、それを生産する英国スウィンドン工場は2021年の閉鎖が決まっていたし、次期型シビックの事前キャンペーンが2020年後半からスタートするのも既定路線だった。

それに加えて、新型コロナウイルスがその“手に入れにくさ”に拍車をかけたことは否めない。国内発売が夏から秋にズレ込んだことも、もともと少なかった生産台数に影響したであろうと容易に想像できる。また冒頭のリミテッドエディションが、ニュルブルクリンクで「メガーヌR.S.トロフィーR」のタイムを再更新して飾るはずだった有終の美も、日本からの出張もままならないコロナ禍では夢と消えてしまった。

ツウ好みの渋い改良ポイント

とっておきのリミテッドエディションでも、今回のカタログモデルとの差異は大きくない。リミテッドエディション専用となる部分は外板色の「サンライトイエローII」に加えて、超ハイグリップタイヤの「ミシュラン・パイロットスポーツカップ2」への履き替え、それに合わせた可変ダンパーのチューニングの最適化、そして防音材やホイールの軽量化による23kgの軽量化“だけ”である。

そのベースとなったカタログモデルにおける改良内容も、そのメニューを列記するだけでは、拍子ぬけするほど軽微なものに見えなくもない。技術的な最大の改良ポイントは、それ以前にはなかった先進安全運転支援システム「ホンダセンシング」の追加だろう。自動ブレーキや車線維持支援はもちろん、MTながらもアダプティブクルーズコントロールを備える点は、行楽渋滞覚悟で“毎週末のサーキット通い”をするような筋金入りのタイプR乗りこそ重宝するキラーアイテムと思われる。

これ以外のいわゆる“走り”にまつわる改変ポイントは、好事家にとってはなんともシブくて滋味深いものばかりだ。いっぽう、エンジンやエクステリアの基本デザインはまったく手をつけられていないので、興味のない人にとっては、もはや「なにがちがうの?」といいたくなるくらいに些末(?)と思われてもしかたない。

その改良点とは、まずはフロントグリルの開口面積拡大とラジエーターの改良(冷却フィンを細ピッチ化して表面積拡大)によるエンジン冷却性能向上と、熱ダレ防止を目的としたフロントディスクブレーキの2ピース化である。ただし、これらはサーキットでの過酷な連続走行を想定した改良であり、アマチュアドライバーが真冬の山坂道で頑張る……という今回の試乗では、その効果は体感しづらい。

乗れば確実にちがいが分かる

そのほかには、アダプティブダンパーの制御変更(サンプリング周波数向上による緻密化)、フロントコンプライアンスブッシュの高減衰化、リアロワアームブッシュの高硬度化、フロントロワアームジョイントの熱処理によるフリクション低減……といったサスペンションの熟成に加えて、フロントバンパーエアスポイラーの空力改善、そしてステアリングホイールの表皮とシフトノブデザインの変更などが今回の改良点である。意地悪にいえば、これだけである。

フロントグリルもあくまで開口面積を広げただけで、ビジュアル的にはほぼ変わっていないし、フロントバンパーエアスポイラーは、車両の下をのぞき込まないと見えない部品である。とくに今回のように車体外板色までが既存の「チャンピオンシップホワイト」だったりすると、新旧の区別はほとんどつかない。外観上では前後バンパー左右のエアインテーク部分に追加された車体同色フィンだけが、唯一の新旧識別点である。

ただ、ひとたびドライバーズシートに座れば、これらの地道な改良の効果はテキメンである。一度でもマイチェン前のタイプRに乗った経験がおありなら、まずはステアリングやシフトレバーを握った瞬間にちがいを実感するだろう。ステアリングホイールの表皮が昨今の本格スポーツカーお約束の「アルカンターラ」になったのも素直な改善といっていいが、球体型からティアドロップ型になったシフトノブのヒタッと手になじむ握り心地は、そこに適度なカウンターウェイトを内蔵したシフトフィールともども、ちょっと感動的なくらいにステキな仕上がりである。

さらにクルマを発進させると、即座に……とはいわずとも、市街地から高速、ちょっとしたワインディングロードとひととおりのシーンを走らせれば、その変わりっぷりに確実に気づく。それは速い遅いではなく(エンジン性能やタイヤに手は入っていないので、絶対性能は変わりない)、前出のシフト部分の進化に通じる、繊細な味つけ部分での進化である。

3つのドライブモードに見る進化

「コンフォート」「スポーツ」「+R」という3種類のドライブモードに応じて、可変ダンパー制御が明確に変わるのは従来どおりである。ただ、日常域での乗り心地の向上が明らかだ。

とくに、タイプRでは標準モードともいえるスポーツモードの守備範囲が明確に広がったのはありがたい。本格サーキットでもないかぎり、いかに激しくムチを入れてもほとんど不足を感じないのは従来どおりだが、今回はそのうえで低速でのマナーがさらに向上している。本格スポーツモデルらしく路面からのアタリはそれなりにザラつくが、その入力に鋭さはまるでなく、首都高速の荒れた路面や目地段差からの突き上げも、フワリと柔らかに吸収してヒタッと一発で収束する。さらに速度が高まるにつれて、スーッとフラットに落ち着いていく所作は見事というほかない。ここまでくると、もはやスポーツモードしか選べなくても、まるで不都合はない。

しかし、マイチェン前はバネレートに対してダンピングが緩すぎるシーンが目立ったコンフォートモードも、オツリめいた揺り戻しがほとんど解消された。さすがにワインディングに踏み入れると、ロールスピードが速すぎるのかオーバーシュート気味の挙動が増えてしまうが、市街地と都市高速だけなら、コンフォートモードもまた守備範囲が明確に広がっている。

そして、実質的にはサーキット専用といえる+Rモードも、さすがに重低音系の突き上げは骨身にしみるが、ひび割れたアスファルトでもキツネにつままれたように跳ねないのは素直に感心する。そんな荒れた路面を吸いつくように曲がっていくタイプRは、まるでWRCマシンのようだ。

ニュルで記録を残してほしかった

開発陣によると、この最終進化モデルのフットワークは、横力に対するトーイン量が増えたリアサスペンション、前後剛性がアップしてフリクションも減少したフロントサスペンション、そしてより緻密に制御される可変ダンパーがキモだという。そして、それらの改良で目指した極意は「路面に吸いつくような一体感に満ちたハンドリング」だそうである。

そういわれると、なるほど……とヒザをたたきたくなる。ターンインからコーナー脱出までの滑らかな荷重移動、その絶妙な荷重移動による豊潤な接地感をともなった流れるがごとき姿勢変化、それゆえに奇麗な弧を自然に描くコーナリングマナーは“絶品”というほかない。そこで320PSのエンジンパワーを遠慮なく解き放っても、独立キングピン式ストラットとヘリカルLSDによるトラクション性能に不足はまったくない。ステアリングを切った方向にグイグイと車体を引きずり込んでいくのだ。

今回は変更なしという2リッターターボも、2500rpm付近からモリモリとトルクが湧き上がり、4000rpmからは実の詰まったレーシーなサウンドを響かせて、突き抜けるような快音に変化しながら7000rpmのリミットまで吹ける。パワー感やレスポンスはまさにハイチューンエンジンそのものでありながら、同時に多少のシフトミスをものともしない柔軟性を持ち、回転変化に応じてドラマチックな展開を見せる。この「K20C」ユニットは、おそらく“名機”として好事家の間で長く持てはやされることと思われる。

……と、このクルマをいくらホメちぎったところで、すでに新車で新たに手に入れることがかなわないのは残念というほかない。この世代のFK8型タイプRが今後、中古車市場で取引されるようになると、まずはリミテッドエディションが、続いてこの後期型(あるいは最終型)が珍重される可能性が高い。

それにしても、ここまで文句なしに磨き上げられた日本車がニュルで歴史的記録を残せなかったことは、日本人として素直に残念である。ああ、コロナが憎い。

(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)

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