【試乗記】ホンダS660モデューロX バージョンZ(MR/6MT)
最後を飾るにふさわしい
別れは早まる……かも
2021年3月12日、「S660」「S660モデューロX」ともに「2022年3月をもって生産を終了することになりました」と正式に発表された。「なんだ、まだ1年も猶予があるじゃん」とノンビリ構えているアナタ! 勘違いしていませんか!? 2022年3月までに注文を入れれば大丈夫、と。
違います。実際には、2022年3月に生産ラインが閉じられるので、それ以降、S660をつくることは物理的にできない。生産できる絶対数には限りがある。つまり、受注台数がその数字に達した時点で、もう新車を購入したいと思っても、販売店で「完売しました」と断られることになる。なにはともあれ、S660を本気で手に入れようとしている方は、早々に最寄りのホンダカーズに行くことをおすすめします(※このコンテンツは、広告ではありません)。
さて、「さよなら、ホンダ・マイクロスポーツ」のニュースとともにリリースされたのが、メモリアルモデルたるS660モデューロX バージョンZである。希少なオープンスポーツの掉尾(ちょうび)を飾る特別仕様車に、千葉県の袖ヶ浦フォレストレースウェイで試乗することができた。
オートマなしのマニア向け
念のため確認しておくと、S660には、ベーシックグレードの「β」(6MT、CVTとも203万1700円)と、凝った内装素材や装備をおごった「α」(同じく232万1000円)、そしてホンダの純正用品を手がけるホンダアクセスが後者をベースにマルっと仕上げたモデューロX(同じく304万2600円)がラインナップされる。ちなみに、モデューロXは、αやβ、同じくミドシップの軽トラック「ホンダ・アクティ」と一緒に、ホンダオートボディー(旧・八千代工業四日市製作所)の生産ラインでつくられる、文字通りのコンプリートカーだ。
315万0400円のバージョンZは、「ソニックグレー・パール」というスペシャルカラーをはじめ、内外各部に独自のカラーや加飾を施したモデューロXの特別仕様車という位置づけである。ただしバージョンZにCVTは設定されず、ギアボックスは3ペダル式の6段MTのみとなる。うーん、硬派。
いずれも、660cc直列3気筒ターボ(最高出力64PS、最大トルク104N・m)のアウトプットやトランスミッション、前165/55R15、後195/45R16のタイヤサイズは変わらない。ただし、モデューロXの足まわりはスプリングが強化され、5段階の減衰力調整機能付きダンパーが装着される。空力とサスペンションのさらなる洗練が、モデューロXのアピールポイントだ。
ベテランにこそピッタリ?
ちょっと大げさな言い方をすると、「人生最後のクルマ」としてS660の最終型を選ぶ人がけっこういるのではないか。子どもたちが手を離れて久しく、高級車・高性能車もひととおり経験して、これから収入が増えるあてもない。
となると、サイズ的にも維持費の面からも手ごろで、性能を持て余さない。乗って楽しい。そんなS660は、かっこうの選択肢となろう。まだまだ枯れたイメージを持たれたくないヤング・アット・ハートなクルマ好きの人たちが、生産終了の報を聞いてあわてて貯金を切り崩している姿が、うらやましさとともに脳裏に浮かんでくる。
実際、S660モデューロX バージョンZの実車を前にすると、「ストイックさと非日常性を重視してセレクトした」という専用ボディーカラーが意外とシックで、年配のドライバーも無理なく乗れそう。すでに「シビックハッチバック」に使用されている色で、小柄なS660にもよく似合う。一方、脱着式のソフトトップやインテリアに使われる「赤」はずいぶんと派手だが、これはこれで気持ちが若やいでいい。還暦祝いにもピッタリだ。
ベース車のよさが光る
「これは大したもんだ」とすっかりいい気分になるが、しかし最初の試乗車はノーマルのαなのである。「ベースの出来がこれだけいいと、さらなるチューンは難しかろう」と余計な心配をしながらコースの偵察を終え、次にホンダアクセスの純正用品を組み込んだS660に乗せてもらう。
少々まぎらわしいのだが、コンプリートカーであるモデューロXとは別に、ホンダアクセスからは、S660用の純正アクセサリーが個別にリリースされている。空力処理を施したフロントフェイスキット、リアロアバンパー、速度に応じて昇降するアクティブスポイラー、足まわりの強化用に、アルミホイール、スポーツブレーキパッド、ドリルドローター、そしてスポーツサスペンションキットなどがカタログに載る。
スポーツサスはスプリング、ダンピングレートとも上げられ、カーブでは4輪の踏ん張りが頼もしい。コーナリング時の安定感がグッと増すので、スポーツ走行を楽しむだけでなく、柄にもなく「タイムを縮めてやろうか」との野心が湧いてくる。クルマを手の内に入れられているかの、リニアなハンドリングが好ましい。
ある意味リーズナブル
いささかセンサーの性能に不足があるドライバー(←ワタシです)では、先の純正用品装着車と比較しての、モデューロXのエアロダイナミクス向上はよくわからなかったが、次第に路面が乾いてきたこともあって、最もエキサイティングな時間を持つことができた。技量なりに、マイクロスポーツの性能を引き出せる。文句なく、素晴らしいハンドリングマシンだ。コンプリートモデルの微妙にイカつくなった顔つきはだてではない。
S660のようなスポーツモデルは、ノーマルに少しずつ手を加えてその変化を楽しむのも大いにアリだが、人生の残り時間が切実に感じられる年ごろになったクルマ好き(含む自分)にとっては、最初からコンプリートカーを手に入れたほうが経済的かつ合理的といえるかもしれない。
S660の先輩にあたる「ホンダ・ビート」は、2021年がデビュー30周年にあたる。6年間で3万台余が生産され、いまだ6割ほどが残っているという。くしくも、S660の総販売台数も3万台プラス。残存率も高そうだ。いまから30年後に、ソニックグレー・パールにペイントされたS660のシフトレバーを繰りながら、「昔はマニュアルで運転するのが当たり前だったんだよ」などと言って笑いたいものです。
(文=青木禎之/写真=山本佳吾/編集=関 顕也)
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