【試乗記】ホンダ・シビック タイプR(FF/6MT)

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    ホンダ・シビック タイプR(FF/6MT)

これは“ホンモノ”

綿々と磨き続けられ、6世代目に進化したホンダのホットハッチ「シビック タイプR」に公道で試乗。街なかや高速道路、そしてワインディングロードでステアリングを握り、日本が誇るFF最速マシンの“日常”と“常用域”におけるドライブフィールを確かめた。

“超熟”としかいいようのない仕上がり

先日の東京オートサロン2023で「メガーヌ ルノースポール」の最終モデルという限定車が公開された。その直接的な後継車の予定はないらしい。ニュルブルクリンクで7分台半ばをうかがうような世界最速級FFホットハッチは、いよいよシビック タイプRだけになってしまう可能性が高いわけだ。

そんなタイプRの性能を存分に引き出せる場所は、現実的にはクローズドサーキットのみ。そのサーキットでの実力についてはすでに山田弘樹さんが書かれている。というわけで、今回はドライバーとしては完全アマチュアである筆者が、一般公道のみを走って気づいたことをご報告したい。

結論めいたことを書いてしまうと、絶対的な速さと限界性能の高さもさることながら、その乗り味が、某パンではないけれど“超熟”としかいいようのない仕上がりであることが、新型タイプRの真骨頂だと思う。

すこぶる速いのに、乗り心地、パワーフィール、操縦性にピーキーなところがまったくない。ステアリング、ペダル、そしてシフトレバー……といったすべての操作系の手応え・足応えにも“ささくれ”めいたものがなにもない。すべてがきれいに磨き上げられたような、誤解を恐れずにいえば、まろやかな味わいだ。

それは、このクルマを構成するハードウエアの大部分が、従来の熟成改良版であることも無関係ではないだろう。ベース車両の11代目シビックは主要部分を他モデルとシリーズ開発する「ホンダアーキテクチャー」を適用した第1弾だが、骨格となるいわゆるプラットフォームは10代目の改良型といっていい。

さらに、2リッター直4ターボエンジン、それに組み合わせられる6段MT、フロントのデュアルアクシスストラットサスペンション……といったタイプR専用の要素技術も、すべて先代(どころか先々代)から連綿と熟成されてきたものだ。自慢の連続可変ダンパーも従来同様にZFザックスが供給する。

とにかく己を超えろ

先代に続いて開発責任者をつとめた柿沼秀樹氏によると、先代のマイナーチェンジ開発を終えた時点で、チーム内部には「やり切った感」がただよっていたという。しかし、先代は世界最大のスポーツカー市場である北米市場に導入された初めてのシビック タイプRだったこともあり、先々代で8000台強だった生産台数も、一気に4万7800台まで増えた。これだけのヒット作となれば、いかに現場が達観したところで、次回作をつくらないという選択肢はなかった。

ただ、時代の流れを考えると、この種のエンジンを新開発するのは現実的ではない。その他の要素技術もすでに決定版的な内容だし、プラットフォームも改良版だから変えようもない。そこで柿沼氏は各部門スタッフを「とにかく己を超えろ」と鼓舞したのだという。

その結果、たとえば心臓部の「K20C」エンジンはピーク性能こそ10PS/20N・mの上乗せにとどまるが、ターボチャージャーの内部部品の軽量化や翼形/枚数変更、ベアリングの改良、そしてフライホイール軽量化など、涙ぐましい努力でレスポンス向上を図った。

成果は明白だ。先代でも過給ラグは印象的なほど小さかったが、今回はまさに優秀な自然吸気エンジンのごとく、ラグなどまるで意識させずに右足に吸いつくフィーリングである。7200rpmのカットオフ(レッドゾーン表示は7000rpm)まで一点の曇りもなくスカッと回り切るだけでなく、スロットルオフ時の回転落ちが鋭いのがたまらない。

さらにドライブモードをもっとも過激な「+R」にすると「アクティブサウンドコントロール(ASC)」が盛大に盛り上げる。人工音なのかもしれないが、突き抜けるようなASCのサウンドに、思わずニヤけてしまう。

好き者が仕上げた感がアリアリ

変速機は先代よりハイギアード化されているが、これほどのハイチューンなのに柔軟なK20Cは、変速をサボってもめったに不平はいわない。……のだが、実際にタイプRに乗っていると、よほど疲労困憊(こんぱい)していないかぎり変速をサボろうという気にはならない。

「少なくとも横置きMTでは世界一のシフトフィール」と自負していた先代から、今回はさらにシフトリンクやゲート形状を細かく見直したことで、新型タイプRのそれは、操作力は軽いのにメチャ高精度で吸い込まれる。開発責任者の柿沼氏みずからが最後の最後まで携わったというティアドロップ型のアルミシフトノブは先代後期型と同形状だが、握り心地と操作性はパーフェクト。さらにクラッチペダルの重さやミートポイントも絶妙で、好き者のドライバーが微に入り細をうがって仕上げた感がアリアリである。

タイプRのシートはこの種のクルマでお約束の某海外ブランド品ではなく、ホンダに数多くのシートを納入するテイ・エステック製だ。あえてブランド品を採用しない理由のひとつとして、柿沼氏は「現代の自動車シートは衝突安全などをクリアするために非常に細かい開発や調整が必要で、慣れない海外サプライヤーとのやり取りは避けたかった」と明かした。

しかし、そのテイ・エステック製シートは、下野康史さんもほめておられるようにデキがいい。クッションストロークが大きく柔らかいので、日常使いでは素直に心地いい。それでいても、いよいよテンションを上げて走ると、拘束具的な硬さや締め付けはないのに、しっとりと包み込んで身体をホールドする。

唯一の難点は背もたれ角度がレバーによる段階調整式であることだ。ここは好き嫌いが分かれるところだが、個人的には理想のドラポジを突き詰められる無段階調整のダイヤル式(か電動調整式)であってほしい。

生きた本物の道で鍛え抜かれたオーラ

タイヤ幅を拡大しながらエアボリュームを確保するために、19インチにインチダウン(先代は20インチ)されたタイヤは、銘柄も先代の「コンチネンタル」から「ミシュラン」に変わった。先代当時はそれが会社の方針(同時期に開発された「NSX」もコンチネンタル)だったのに対して、今回は柿沼氏のかねての希望を通した結果だそうだ。

新型タイプRのシャシーの優秀性は、もっとも柔らかい「コンフォート」モードの高い完成度に象徴される。ハードなスプリングに対して減衰が不足したような上下動は見事なまで消え失せて、上屋はピタリとフラットに安定するようになった。だから、乗心地もすこぶる快適である。それでいて本格的にカツを入れたときのコシもしっかりとあり、路面状況によってはサーキットでも使えるのでは……と思えるほどに守備範囲が広がった。

逆にもっともハードな「+R」もこれまで以上にしなやか、かつまろやかで、公道でも使えないことはない。しかし、荒れたワインディングではやはり揺すられがちで、アクセルペダルを踏んだ瞬間に「即全開?」と錯覚するほど鋭いエンジンレスポンスも骨が折れる。

というわけで、一般のワインディングロードで留飲が下げやすいのは中間の「スポーツ」モードである。舗装がひび割れたような路面でも揺すられたりはせず、肌ざわりはしなやかなのに動きはすこぶるタイト。また、高速120km/h付近でレーンチェンジしたときのホレボレする安定感は、リアスポイラーに象徴される空力性能のたまものだろう。

すべてのモードの守備範囲が広がりつつも、なんだかんだいっても市街地ではコンフォートが、サーキットなら+R、そしてクルマ好きが一般公道でちょっとオイタをしたいときはスポーツモードがドンピシャである。すべてのモードが煮詰まりきっているから、選択に迷う必要がまったくないのだ。今回はコロナ禍でニュルを筆頭とした海外テストはほとんどできなかったというが、いかにも生きた本物の道で鍛え抜かれたオーラが、新型タイプRにはある。この熟成がきわまったがゆえに醸成されたまろやかな味わいは、以前乗った「日産GT-R NISMO」にも似ている。これは“ホンモノ”というほかない。

(文=佐野弘宗/写真=花村英典/編集=櫻井健一)

テスト車のデータ

ホンダ・シビック タイプR

ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4595×1890×1405mm
ホイールベース:2735mm
車重:1430kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:330PS(243kW)/6500rpm
最大トルク:420N・m(42.8kgf・m)/2600-4000rpm
タイヤ:(前)265/30ZR19 93Y XL/(後)265/30ZR19 93Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ4 S)
燃費:12.5km/リッター(WLTCモード)
価格:499万7300円/テスト車=510万8400円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション ドライブレコーダー(4万5100円)/フロアカーペットマット プレミアムタイプ(6万6000円)

テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:3287km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(5)/山岳路(3)
テスト距離:529.1km
使用燃料:61.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.5km/リッター(満タン法)/8.5km/リッター(車載燃費計計測値)

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