“ こだわり ” と “ 割り切り ” [FJクルーザー 西村昭夫チーフエンジニア](2/2)

トヨタの常識では語れないクルマ

ですから、開発に当たっては"すべてはクルマを楽しむため"をコンセプトに、"シンプルで安く、素のままに"を追求し、ヤングユーザーに「クール!」といってもらえるための"こだわり"と"割り切り"を徹底しました。たとえば、両側大開口の観音開きドアの開発では、開口部のデザインを優先して、斜めになった部分にドアのヒンジ(蝶番)が設置されています。そのためドアを閉める時、ドアの自重で重くなり、スムーズに開閉ができません。開口部を斜めじゃなくて垂直にすればそれは解消できますが、それではデザインが死んでしまいます。そこで何度も実験を重ね、安全に開閉ができ、デザインも死なないギリギリの線まで攻めて、落とし所を見つけました。かっこよさを追求するこだわりとその分、多少、開け閉めがスムーズにできなくてもいいという割り切りです。
こうした開発のやり方はトヨタのクルマ作りの基準からは少々外れています。というより、様々なお客様の利用シーンに合わせたクルマ作りを進めるトヨタの常識では語れないクルマ。それがFJクルーザーなのです。
"FUN TO DRIVE"の考え方も少し変わっています。多くのトヨタ車ではこれを"快適性"に置き換えられる仕様・装備・性能によって実現してきたように感じます。しかし、そこを割り切らなければFJクルーザーの使命は実現できません。もし、そうしたニーズにすべて応えていくとプラドになってしまいます。FJクルーザーは"FUN TO DRIVE"を"快適性"ではなく、"エキサイト"で実現するクルマです。
そうした個性的で存在感のあるスタイルやカラーリング、そして価格とオフロード性能、さらにはシンプルさやカスタマイズの自由度の高さが北米市場では高く評価され、若者を中心に熱烈な支持を受けました。感度の高いファッション系のおしゃれな人から火がついて、人気は拡大。ユーザーの約40%が女性というのもこのクルマの特長です。

"クルマで遊ぶ"という楽しさを提案

僕はいままでずっと北米向けのクルマを開発してきたので、日本向けにクルマを開発したのは今回のFJクルーザーが初めてです。しかし、日本に住んでいる日本人ですから、日本市場のことはそれなりに分かっています。北米と日本ではお客様の目線や品質に対する考え方が明らかに違います。米国のオフロードのクルマの場合、高級車じゃないわけだから少しくらい武骨なところがあっても許される。内装にしても樹脂がむき出しで、加色もしてないし、きれいなパネルもついていない。米国なら「この値段だし、こういう用途だから」と許されることが日本のお客様はきっと、そうは見てくれないでしょう。
また、FJクルーザーは独身もしくは若いカップルをターゲットに絞り込んでいるので、そもそも後部座席に人を乗せることを重視していません。そういうニーズの高いファミリー層はほかのSUVを選ぶはずという割り切りで開発しています。でもきっと日本のお客様からは「なんで後部座席がこんなに窮屈なの?乗りにくいの?」といわれることでしょう。
しかし、だからといって、そういうニーズにすべて合わしていくとFJクルーザーではなくなってしまいます。ですから、あえて日本仕様のクルマでも"安く、シンプルで、素のまま"という考え方は変えていません。
もちろん、塗装の品質を上げたり、後部座席の人のためのアシストグリップを付けたり、コンソールボックスに蓋がついていないため肘の置き場に困るだろうとの配慮からアームレストを標準装備したりするなど、その他にも必要最低限の配慮は施しています。でも、それ以上はあえて変えていません。
むしろ、シンプルで素のままだからこそ、自分なりに後からいろいろ付けることができる。フォグランプがついていないのも、必要がないからではなく、人によって付け方が違うから、あえて付けていないのです。オーディオレスなのも必要があれば好きなものをアフター用品から選んで付ければいいし、それまで乗っていたクルマから外して付けることもできる。そのための配線は施してあります。
最近のクルマは至れり尽くせりですが、なまじっか装備されているゆえに自分の好みのモノが付けられないというジレンマがあります。"安く、シンプルで、素のまま"というのはそれに対するアンチテーゼです。これをこのクルマの個性ととらえていただき、自分でクルマを組み上げるその楽しさを味わって欲しい。きっとそれを評価していただけるお客様がいる。そうした人に買っていただきたい。と考えています。
日本のお客様に「トヨタにこんなクルマがあったのか!」と驚いていただき、"低燃費"や"快適な移動空間"さらには"走りの楽しさ"とはまた違う、"クルマで遊ぶ"という楽しさをFJクルーザーが提案し、そしてこのクルマで、市場を、日本を元気にしていきたいと考えています。

( 文:宮崎秀敏 (株式会社ネクスト・ワン) )

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