鉄道画家の絵を観てクルマに想いをはせる…安東弘樹連載コラム

皆さんは、福島尚さんという鉄道画家をご存知でしょうか?

超精密な鉄道の絵を描かれる画家で、鉄道ファンのみならず、多くの専門家からも高評価を受けていて、画集も販売されており、かなりの人気だそうです。NHKのドキュメンタリーで取り上げられ、更に脚光を浴びることになりました。

驚くべきは、その描き方です。写真などには一切頼らず、自分が過去に見た一瞬の記憶だけで描き上げ、下書きもしないそうです。

しかも、車両に貼られている製造メーカーの印や製造年月、車両番号までも、忠実に再現し、それが正確に一致しているのです。車両や周囲の木々の影なども、しっかりと描かれています。

福島さんは自閉症で、幼い頃から周囲とのコミュニケーションは苦手でしたが、鉄道の絵を描くことが好きで、あまりに没頭するあまり、一度ご両親が、画材等を取り上げてしまったことがあるそうです。

ただ、そうしたことで情緒が不安定になり、それまでしていた仕事も手に付かなくなり、行動が荒れてしまい、画材を返したとたんに安定し、ご両親は画家として独り立ちさせる決心をしたということです。

結論から申し上げると、それは成功だったのでしょう。その絵は、観る者を強烈に惹きつけるのです。

私は前述のNHKのドキュメンタリーを、偶然、途中から見ていて、福島尚さんの人となりやご家族の背景など、全く知らない状態で、絵、そのものから見始めたのですが、最初は写真と思い、それが「絵」と分かった瞬間に、良い意味で衝撃を受けました。

しかも、精密なだけではなく、「絵」ならではの情緒も、ちゃんと備わっているのが不思議でなりません。すぐにインターネットで検索をして画集を注文してしまいました。

改めて申し上げるまでもありませんが、私はクルマが好きで、しかも自分で運転することにカタルシスを感じるので、鉄道のことを深く愛している訳ではありません。しかしながら、福島さんの「絵」からは、人や物を載せて動く「乗り物」の造形美をビシビシ感じるのです。

それで、私も一瞬で心を奪われてしまったのです。それにしても、鉄道はどうして、こうも多くの人を惹きつけるのでしょうか。

特に、日本においては、時代によっての“はやりすたり”も無く、特に男性に多いのは確かですが、全世代に渡って、その熱が衰えたことがありません。

鉄道は公共物です。ですから、車両を製造するにあたって誰かが所有する、という前提にすることはなく、言い方を変えれば誰かに「媚びる」必要は一切ないことから、機能に徹して造っているはずです。

スピードを求められる車両は、空気抵抗を計算しながら人を載せられるバランスを考慮し、大量の物資を運ぶ目的で造られる車両は、無骨にそこだけを考えて造られる訳です。
無駄な装飾が無いことで、むしろ究極の造形美を実現しているのかもしれません。

もちろん、福島さんは、そんな無粋なことは考えずに、ひたすら惹きつけられるがままに、筆を通して、その姿を表現しているのだと思います。だからこそ、造り手の魂までもが我々に伝わるのでしょう。

私としては、福島さんに「自動車」の絵も描いていただきたいのですが、間違いなく、無理でしょう。恐らく、福島さんが惹きつけられるものが、クルマからは感じられないと推測されます。

所有物だからこそ、その時代の“流行り”なども、取り入れなければならないのがクルマですから仕方がありません。

例えば日本において、セダンが主流だった頃はそればかり。ハッチバックが流行れば、それが増え、ミニバンが流行れば、道がそれに埋め尽くされ、SUVが増えれば、皆が飛びつく。

こういう状況を福島さんは意識することは無いでしょうが、こういうものを画題、モチーフに選ぶ感性ではないと思います。形は様々ありますが、鉄道マニアが永遠に存在し続けるのは、その不変性にあるかもしれません。

一方、クルマは、その大きさやデザインも大きく変わり、流行りのスタイルも変わり、そして致命的なのは、価格も大きく変わってしまいました。

私は、今や数少ないクルマオタクですが、あるクルマ専門家?に、こう言われたことがあります。「安東さんみたいなオタク気質の人は、高価格車を買えない人が多いんですけどね。」
自分のことだけではなく、今や貴重なクルマ好き全員を蔑まれた気持ちになり、怒りを抑えるのが大変でした。

鉄道ファンに、こんな思考を持っている方はいないでしょう。こんな考え方の人は、極少数だとは思われますが、クルマから一般の人が離れていく理由が、この様な意識が、まだ、はびこっているからではないかと考えました。

クルマの価格が上がることで、クルマ好きが欲しいと思えるような、特徴のあるクルマの価格がさらに上がり、一般的に手が届く範囲の価格のクルマは、実用車だけ。これでは好きでいても虚しくなります。

つい先日、クルマ好きが夢見る様な、ガレージハウスの所有者を紹介する番組を収録しました。

お二方を紹介したのですが、一軒は、且つての日本メーカー製の高級スポーツカーと輸入高級SUVが車庫に収まっていて、もう一軒は、小さな1967年式の小さな日本メーカー製のスポーツカーでした。

お二人とも、とても充実したカーライフを過ごしており、そこに幸福度の差は全くありません。あえて申し上げますが、新車時の価格は、方や2台で2千万円。方や当時65万円前後。

もちろん、当時と今の物価の変動を考えると、その日本製の小さなスポーツカーも安いとは言えませんでしたが、日本製の小さなクルマでも憧れの存在であったことは間違いありません。今は、その小さなスポーツカーに該当するクルマはありません。

勝手な推測ですが、福島さんは、そのスポーツカーなら描きたくなるのではないかと思ってしまうのです。なぜなら、「媚び」や「忖度」が見えないからです。

当時は、色々な意味で外野がとやかく言うことは少なく、技術者達が、「こんなクルマを造りたい」という想いを具現化していたのではないでしょうか。

福島尚さんの真っすぐな「絵」を観て、なぜか、クルマに想いをはせた平日の午後でした。

安東 弘樹

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