すべては惚れ込んだ自分専用のマシンのために。2009年式日産フェアレディZ バージョンS(Z34型)

1台のクルマを自分専用のマシンに仕立て上げる。パーツ選びに、吟味に吟味を重ね、文字通り試行錯誤を繰り返しながら、気づけばオンリーワンのマシン=愛車となっている。収入の多くをクルマにつぎ込み、苦労すればするほど愛着は深まるというものだ。これこそ、レンタカーやカーシェアリングでは永遠に踏み込むことのできない、オーナーとなった者だけに許される「愛車を所有する喜びという特権」だろう。

いつか経済的に余裕ができたら・・・、30歳になったら・・・、子どもが成長して手が掛からなくなったら・・・。やむを得ない事情もあると思うが、決断を先送りしていたら、機会を逸してしまうかもしれない。それに、この先「その機会」が訪れるとは限らないのだ。それだけに、若いときに行動に移した方が勢いでできる部分もあるだろう。今回は、それを見事に実行し、今もなお進行中だという若者に出会うことができた。

「このクルマは、2009年式日産・フェアレディZ バージョンS(Z34型/以下、フェアレディZ)、6速MTのモデルです。現在、私は26歳なのですが、これが初の愛車となります。1500キロしか走っていない新古車を思い切って手に入れて6年目、これまで8万5000キロ近い距離を走りました」。

フェアレディZは、言わずもがな日本を代表するスポーツカーだ。1969年に初代にあたるS30型が誕生し、4代目となるZ32型が2000年で生産終了となり、ここでフェアレディZの歴史は途絶えたかに思えた。しかし、それから2年後の2002年に5代目となるZ33型として、フェアレディZは華々しい復活を遂げた。今回のオーナーが所有するZ34型は、2008年に誕生した6代目にあたる。かつて設定されていたリアシートがある「2by2」は用意されず、2シーターのみ。3ドアのモデルとオープンモデルにあたるロードスターが設定された(日本におけるロードスターの販売は2014年に終了)。フェアレディZに搭載されるエンジンは「VQ37VHR型」。排気量3,696cc V型6気筒、最高出力は336馬力を誇る。

初代フェアレディZであるS30型が日本の街中を走っていた1970年代、西新宿エリアに次々と超高層ビル群が建設された。その未来的な建物の外観は、21世紀においても色褪せることがない。そして、4代目にあたるZ32型が日本の街中を走っていた1990年に、現在の東京都庁舎が完成した。歴代のフェアレディZが走り抜けたであろうこの道に、6代目にあたるZ34型が佇んでいる。そしてこの個体のオーナーは、二十歳のときにこのフェアレディZを手に入れたのだという。

「当時は大学生で、自動車部に所属していました。フェアレディZにするか、日産・シルビア(S15型) にするかと迷っていたんです。あるとき自動車部の先輩が、フェアレディZの載った雑誌を見せてくれたんですが、このときはオリジナルのデザインがしっくりきませんでした。その後『パワーハウス アミューズ(以下、アミューズ)』というチューナーのエアロパーツを纏ったフェアレディZの記事を見つけて、一目惚れしたんです。それで『いつかアミューズのエアロを纏ったフェアレディZに乗ろう!』と決意して、思い切って購入しました」。

大学の自動車部には、クルマ好きが集まっていることは容易に想像ができる。しかし、他の生徒たちはどうだったのだろうか?

「はい。自動車部の仲間は皆クルマが好きで、トヨタ・マークIIツアラーV(JZX90・100型)や、日産・180SXおよびシルビア(S13型)、ホンダ・S2000などに乗っていました。しかし、それ以外の学生たちはクルマに無関心でしたね・・・。それでも、最近は少し事情が変わってきたようで、私が学生時代は自動車部に女子は1人しかいませんでしたが、最近は女子部員が増えてきたみたいです」。

初の愛車として念願だったフェアレディZを手に入れたオーナーだが、他に影響を受けたクルマはあるのだろうか?

「自動車部に在籍していたときに運転したホンダ・シビック タイプR(EG6型)です。このクルマでのジムカーナ体験は今でも忘れられません。今も欲しいクルマの1台です。それまでは純粋にクルマが好きで、走りには重きを置いていませんでした。さらに『馬力と排気量が大きいことが正義』だと思っていたんです」。

こうして、走ることの楽しさに目覚めたオーナー。現在、このフェアレディZでどんなステージを走っているのだろうか。

「最近はサーキット走行を楽しんでいます。メインは鈴鹿サーキット本コースです。数々のモディファイも、鈴鹿サーキットを気持ちよく走ることを意識しています。気づけばずいぶんとお金を掛けてしまいましたね・・・」。

気になるモディファイの箇所をオーナーに伺ってみた。

「フロントおよびリアバンパー、サイドステップは念願だったアミューズのエアロ、ホイールはADVAN GT 18インチ、足まわりはオーリンズ製車高調とハイパコ製スプリング、ブレーキはフロントのみGT-R(R35型)乗りの方に譲っていただいた純正brembo製キャリパー、ブレーキパッドはACRE製、ローターはDIXCEL製、吸排気はすべてアミューズ製で、エキゾーストマニホールドのみステンレス、それ以外はチタンです。エンジンはノーマルですが、コンピューターもアミューズ製HI-TECH ROMで現車セッティングを行いました。その他、HKS製エンジンオイルクーラー、エンジン・ミッション・デフにピロ強化マウントを装着、4輪にスプーン製リジカラ、ATTKD製足回り前後ピロブッシュ、ORC製ツインメタルクラッチ。内装は、ステアリングおよびシフトノブはスパルコ製、シートはレカロ(RS-GS)をチョイスしました。Z34型のフェアレディZは、発売されているパーツが限られていますし、その中でじっくり選んだものばかりです。そして、音にも徹底的にこだわりました。エキゾーストマニホールドは敢えてチタンを選ばず、ステンレスにしました。この方がしっとりとしたいい音色を奏でてくれるんです」。

膨大なパーツをすらすらと、オーナーは淀みなく答えてくれた。意外に思われるかもしれないが、たとえオーナーであっても、自分の愛車でモディファイした箇所を隅々まで把握しているケースは意外と少ない。それほどひとつひとつのパーツに強い思い入れとこだわりがあり、吟味に吟味を重ねて装着していることが伝わってくる。投じた費用も相当なものだろう。

「この型のフェアレディZをモディファイしている人って案外少ないみたいです。それだけに、目立たせることは難しくないかもしれませんが、私としては『いかにもチューニングカー然とした』モディファイは避け、全体的に派手さを抑えてまとまり感のある雰囲気を意識しています。敢えて前後のエンブレムを外しているため、フェアレディZとは気づかれず、輸入車に間違われることもありますね」。

一見すると純正色のように馴染んでいるこのボディカラー、こんな設定があったのだろうか?

「このボディカラーは、BMW・M4 CSに設定された『サンマリノブルーメタリック』という色なんです。サーキット走行などでバンパーの飛び石が目立つようになり、板金する際に思い切ってこの色に塗り替えました。実は私の父親はBMWが好きで、私も少なからずその影響を受けていまして・・・。クルマ好きになったきっかけも、父の存在が大きかったかもしれません。ミニカーを買ってくれたり、家にクルマの雑誌が置いてあったり・・・。私が4、5歳の頃には、街で見掛けるあらゆるクルマの名前を言い当てていたことを覚えています」。

最後に、このクルマと今後どのように接していきたいか伺ってみた。

「もし叶うことなら、このフェアレディZは、いずれサーキット専用車にして、何があっても一生乗り続けたいです。私にとって初の愛車ですし、試行錯誤を重ねて、たくさんのお金をつぎ込んで、ようやく今の形になりました。そのため、他のフェアレディZでは意味がありません。この個体でなければだめなんです!何といっても、熟考の末に、自分のためだけに造り上げた愛車ですから」。

人生初の愛車が一生のパートナーとなる。これほど幸せなことはないだろう。多少無理をしてでも、背伸びをしても、自分がとことん惚れ込んだクルマを選んだ方がいい。そのオーナーの愛情を、クルマが必ずや受け止めてくれ、いざというときも守ってくれるはずだ。いつまでも、若きオーナーとこのフェアレディZの相思相愛の関係が続くことを願ってやまない。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]