幼少期をともに過ごしたクルマともう1度。日産・ローレル 2000メダリストエミネンス(C32型)

物心がついたとき、自宅にはどんなクルマがあったか覚えているだろうか?

多くの場合、そのクルマのオーナーは父親か祖父だろう。家族で出掛けた場所、車窓から見える景色、内装の匂い、シートの座り心地…。ふと思い出してみると、さまざまな記憶が甦ってくるかもしれない。

最近では、何かと維持費が掛かる「マイカー」を所有せず、必要に応じてレンタカーやカーシェアリングを利用するケースも増えつつあるようだ。確かに、この方が合理的なのかもしれない。余計な出費も抑えられるだろう。しかし、家族で出掛けるたびに「借り物のクルマ」で移動するのは、どこか寂しい気がしてならない。幼少期に、そんな体験を繰り返した子どもたちが、やがて大人になり、自分のクルマを手に入れとき、果たして生涯に亘って大切に乗ってみたいと思うだろうか?

今回は、幼少期から少年時代まで、10数年という年月をともに過ごしたクルマと涙の別れを経験し、大人になってからは「自らの愛車」として大切に所有しているというオーナーを紹介したい。

「このクルマは日産・ローレル 2000メダリストエミネンス(C32型/前期型)です。所有してから3年が経ちました。現在、オドメーターの距離は約17.8万キロ、私が手に入れてから3.3万キロほど乗りました。私は33歳になりますが、幼少期に父親が同じクルマの「2000メダリスト」というグレードに乗っていまして、その記憶が忘れられず、この型のローレルを手に入れました。実は、この個体で、C32型のローレルとしては3台目になるんです。現在は、この前期型と、1988年式の後期型、2台のローレルを所有しています。1台目は若いときに手に入れたのですが、訳あって、志半ばで手放してしまいました」。

日産・ローレル(以下、ローレル)は、1968年に発売され、モデルチェンジを重ねながら、2003年まで販売されていた。通称「ブタケツ」と呼ばれた、2代目/C130型のローレルを懐かしむ人もいるだろう。オーナーの個体は5代目/C32型にあたる。「感性に訴える最高級ハイオーナー・サルーン」を謳い文句に、1984年から1993年まで販売されたモデルだ。

ローレルのボディサイズは、全長×全幅×全高:4650x1690x1390mm。オーナーの個体は「VG20ET」と呼ばれる排気量1998cc、直列6気筒SOHCターボエンジンが搭載され、最大出力は170馬力を誇る。当時、4ドアセダンとハードトップが設定されたが、オーナーの個体は後者にあたる。高級車らしく、当時の先進技術がふんだんに盛り込まれ、今では当たり前の装備となった「電動格納式カラードドアミラー」も、このローレルが世界で初めて装備したのだ。なお、ヘッドランプレベライザーも、日本車ではこのローレルが初めて装備している。さらに、オーナーが所有する「メダリストエミネンス」は、シートメモリーの位置が4パターンまで記憶できる豪華装備を持つ。

1980年代のクルマとなると、程度の良い個体を見つけ出すのはかなりの苦労を伴うように思えるが、どのようにしてこの個体を手に入れたのであろうか?

「ある日産車好きが集まるオフ会に参加したときに、ローレルを売りたがっているという話が人づてに舞い込んできたんです。当時、既に後期型のローレルを所有していましたが、私が幼少期のとき、父親が乗っていたのは前期型だったんです。自分としては前期型のローレルが欲しいと探していた矢先だっただけに、あまりのタイミングの良さに驚きましたね。年単位で探すことも覚悟していたのですが、わずか3ヶ月半で見つかったのは幸運だと思います。しかも、父親が乗っていたのと同じ『プレステージゴールドツートン』というボディカラーを維持したまま全塗装されただけでなく、当時の最上級グレードにあたる『メダリストエミネンス』だったんです。こんなクルマは2度と手に入らないと思い、譲っていただく決心をしました。前オーナーさんも、身近なところで大切に乗ってくれる人を探していたみたいで、程度の良い個体を引き継ぐことができて嬉しかったですね」。

こうして、念願だった父親が乗っていたローレルに近い仕様の個体を手に入れたわけだが、手に入れてからモディファイした箇所はあるのだろうか?

「前オーナーさんは、ウッドステアリングや水中花シフトを取り付けたり、サスペンションをカットするなど、いわゆる『旧車会』寄りのモディファイを施していたので、『ノーマルに戻す前提で』と話をした上で譲ってもらったんです。幸い、前オーナーさんが純正部品を残しておいてくれたので、ノーマルに戻すことはそれほど大変な作業ではありませんでした。とはいえ、この年代のローレルの純正部品を入手するのは困難なので、自宅の1部屋を埋め尽くすくらいの部品をストックしてあります。まさに『ローレル専用部屋』です(笑)。例えば、フロントグリルだけでも、前・後期型それぞれ3個ずつ保管しています。私にとっては、どれも大切な部品ですが、家族にはゴミ扱いされています…」。

これほどローレルを溺愛するオーナーだけに、かなりデリケートに扱っているのかと思いきや、意外な答えが返ってきた。

「雨の日もガンガン乗りますし、遠出はもちろん、このローレルで海やBBQにも行きます。エンジンも、6500回転くらいまできっちり回すようにしています。さらにポテンザのハイグリップタイヤを履かせて、走行性能にも抜かりありません。私は、クルマを甘やかさない方針なんです。その代わり、点検整備への費用は惜しみませんよ。『壊れてから直すのではなく、壊れる前に直しておく』ことを徹底しています。何か違和感を憶えたらすぐにメンテナンスです。お陰で、大きなトラブルはほとんどありません。先日までメンテナンスをお願いしていたディーラーの方には『これだけこのローレルに整備代を掛けたらGT-Rが買えますよ』と言われてしまいました(笑)」。

父親にとって懐かしい愛車だったクルマに、これほど入れ込む息子を見てどう思っているのだろうか?

「父親は呆れています(笑)。本人曰く、当時は新車だったからローレルが気に入っていたみたいで、今となってはそれほど思い入れがないようです。私としては、幼少期から13歳まで一緒に過ごしたローレルがこの家を去って行くときは、泣くほど悲しいできごとでした。今でも手放す直前に撮影した写真を残してあるんですが、父は新しいモノ好きで、私には新型クラウンへの乗り換えを薦めてきます。どうやら、親子でも温度差があるようですね…」。

そうなると、この「ローレル熱」は誰と共有しているのだろうか?

「1980年代のクルマが好きな仲間たちがたくさんいます。オフ会だけでなく、一緒に食事したり、出掛けたり…。こうした仲間の存在がなければ、これほどのモチベーションを維持できなかったかもしれません。この個体を手に入れることができたのも、同じ思いを共有できる仲間がいてこそ実現できたのですから」。

最後に、この愛車と今後どのように接していきたいか伺ってみた。

「今後はさらにこの個体のコンディションを上げていきたいですね。理想型を100%とするなら、現時点ではまだ70%くらいです。この先、エンジンやミッション、パワーステアリングのオーバーホールを検討していますし、エンジンを降ろしたときに、エンジンルームのクリーニングとオールペン、それから、燃料タンクの錆対策もしたいです。当時からレアな純正オプションのリアスポイラーや、VGエンジン特有の『どっかんターボ』のフィーリングもかなり気に入っていますし、このクルマは絶対に手放さないでしょうね」。

オーナーのローレルのトランクには、書類の束が収められているケースがあった。中身を見せてもらうと、ローレルのカタログや当時の広報資料、点検整備の明細書など、今となっては貴重な品々だ。そして、父親が手放す直前に撮影したという、ローレルの写真などが大切に保管されていた。これらを見るだけで、オーナーがいかにこのローレルに深い愛情を注いでいるのかが分かる。

1台のクルマにこれほどの情熱を傾けられるには、必ず理由があるはずだ。小さい頃に憧れた存在であったり、街中で偶然見掛けたり、テレビで観て一目惚れ…。きっかけは人それぞれだろう。確かに、クルマを維持することはそれなりの出費を伴う。合理的に考えれば無駄なこともたくさんあるだろう。しかし、1台のクルマが、オーナーの人生をこれほど大きく変える力があるのだ!

幼少期の思い出、少年時代に涙したローレルとの別れ、志半ばで手放したという、1台目のC32型ローレル…。オーナーにとって、この個体は間違いなく「一生モノ」のクルマなのだ。そんな想いを敏感に察して、このローレルもオーナーの元に嫁いできたのかもしれない。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]