新車から24年、10万キロ。苦楽をともにした愛車、1995年式メルセデス・ベンツ SL320(R129型)

地球一周の長さをご存知だろうか?赤道上を一周、あるいは北極点と南極点を通り一周としても約4万キロ(正確には赤道の長さの方がわずかに長いようだ)。約4万キロ…。公私ともにクルマを運転する機会が多い人であれば、わずか1年ほどで走破してしまう距離かもしれない。

今回は、オーナーの粋な計らいで、24年前に新車で手に入れたクルマが取材当日に10万キロに到達(地球を約2周半したことになるわけだ)するその記念すべき瞬間に立ち会わせていただけることになった。24年間で10万キロ、平均すると年間4千キロ強だ。その間に、クルマはもちろんのこと、オーナーにもさまざまなできごとがあったようだ。そのあたりのことにも触れていければと思う。

「このクルマは、1995年式メルセデス・ベンツ SL320(R129型/以下、SL320)です。1995年の11月に納車されてからまもなく24年になります。現在の走行距離は、取材当日に10万キロに到達しました。ちょうど取材のタイミングと重なって嬉しかったです」

メルセデス・ベンツ SLといえば、華やかなイメージを持つ2ドアクーペ、そしてメルセデス・ベンツが誇る歴史あるオープンモデルとして広く知られた存在であることに異論はないだろう。車名であるSLの由来は、ドイツ語で“Sport Leicht(シュポルト・ライヒト)”の略であり、英語だと“Sport Light(スポーツ・ライト)”、軽量スポーツカーを意味する。

1954年に発表された初代モデルにあたる“W198”型「300SL ガルウイング」は、日本でもかつてさまざまな著名人に愛された名車だ。現行モデルは6代目であり、オーナーが所有する“R129型”は、シリーズ4代目にあたる。日本ではバブル経済絶頂期の時代、1989年にデビューした“R129型”は人気を博し、正規輸入車の納車が待ちきれない購入希望者が、欧米から持ち込まれた並行輸入車を手に入れるべく奔走した時期もあったほどだ。“R129型”のSLは、その後2001年に後継モデルにあたる“R230型”にフルモデルチェンジするまで販売されたロングセラーモデルとなった。

オーナーが所有するSL320のボディサイズは、全長×全幅×全高:4500x1810x1295mm。搭載される「1049型」と呼ばれる排気量3199cc、直列6気筒DOHCエンジンが搭載され、最高出力は235馬力を誇る。モデルイヤーによって異なるが、SL320やSL500に加えて、12気筒エンジンを搭載したSL600も正規輸入されており、さらにAMGまで含めるとさまざまなモデルを選ぶことができた。

24年といえば、干支が2周するほどの年月が経過している。まずはSL320を手に入れた経緯から伺ってみることにした。

「実はこのSL320は、24年前に父が71歳のときに手に入れたクルマなんです。95歳になる父は今も健在ですが、94歳のときに運転免許を更新しなかったので、私が引き継いで乗っています」

父親が手に入れたクルマを息子であるオーナーが譲り受けたのかと思いきや…?

「このSL320の購入に関しては、実は私も関わっていまして…。父は長年、コルト600やコルト1100S、コルトギャランハードトップなど、さまざまな三菱車を乗り継いだ人でした。私も小学校1年生の頃、デビュー当時のギャランGTOに憧れたものです。父は、密かにメルセデス・ベンツ、特にSLC(C107型)に乗りたいと思っていたようですが、当時は仕事の関係で乗れませんでした。その後、仕事のしがらみもなくなったので、ついにメルセデス・ベンツの購入を決意したものの、そのときにはすでにSLCは販売が終わっていたんです」

念願のメルセデス・ベンツを購入する機会が巡ってきたものの、欲しいと思っていたモデルはすでに新車で購入することができなくなっていたのだ。

「当初、購入しようと思っていたのはSLではなく、Eクラスセダン(W124型)でした。しかし、当時、我が家には4ドアのクルマがありました。母がディーラーでたまたま裏に停めてあったSLを見て気に入り、急転直下でこのクルマに決まったんです。実は、母はクルマ屋の娘で、“クルマはカッコ良くなければダメ”という考えなんです。その点、SL320であれば母も納得でした。当時は珍しかったドアを開けたときに窓が少し下がる機構が気に入ったみたいです(笑)。その後、念願のメルセデス・ベンツに乗って夫婦で箱根までドライブしたり、当時、私が住んでいた家まで孫の顔を見に毎週のようにやってきたり…。10万キロの半分くらいは父が稼いだ距離です」

こうしてオーナーのご両親の下で大切にされてきたSL320だが、やがて世代交代の時期がやってきたようだ。

「もともと父は私にSL320を引き継がせたかったようです。ボディカラーをはじめとする仕様は私が決めましたし、購入する時点で“どうせお前も乗るんだろ?”といわれていましたから。当時、私はファイアーバード トランザムに乗っていましたが、次第にSL320にも乗る機会が増えていったんです。そうなると大変なのが維持費です。自分の愛車はもちろんのこと、“親父のベンツを乗り回すドラ息子”になってたまるかと、SL320の維持費を捻出していました。私は今、55歳ですが、当時は30代。さすがにお金が掛かりすぎたので、17年間・16万キロもの時間をともに過ごしてきた大切なファイアーバード トランザムを“卒業”して、SL320を維持することに専念したんです」

そのSL320、予想以上に維持するのは大変だったようだ。

「私には2人の息子がいるのですが、まるで子どもがもう1人増えて3人いるみたいな感覚です。これまで、すべてディーラーでメンテナンスしてきましたが、24年間のトータルの維持費を計算してみたら、およそ640万円でした。しかも、この費用にはガソリン代や税金は含まれていません。短期間に修理が重なり、100万円近い出費になったこともありましたね…」

自身の愛車の記録簿や明細をファイリングしているオーナーは意外と多いのかもしれないが、今回、驚いたのは、当時の商談メモや見積書までもがきちんと保管されていることだ。しかも、オーナーが主にSL320に乗るようになってからの、燃費をはじめとするあらゆる情報をデータ化して管理しているというケースは初めてだ。さらに「オーナー表彰制度」と呼ばれる、1台のメルセデス・ベンツと長く暮らしてきたオーナーにのみ授与される貴重なグリルバッチも大切に保管されていた。そして、溺愛するオーナーのマストアイテム(?)といえる愛車のカタログやミニカーコレクションも圧巻である(愛車と同じシルバーボディカラーにペイントされた“R129型”のミニカーは何台も保有しているそうだ)。余談だが、ミニカーに限らず「閲覧用と保管用の2つ」を買い出したら、その道ではかなりのマニアだ。その点、オーナーはさらにその上の上を行っている。

時々の商談メモや見積書とは、実質的なワンオーナー車を大切に所有しているオーナーならではの貴重な資料であり、もはや「このクルマの一部」といえるほど欠かせない存在だろう。筆者の経験上、この種の書類をきちんと保管しているオーナーの愛車は間違いなく「極上車」だ。事実、驚くほどすみずみまで手入れが行き届いており、同じクルマ好きとして脱帽するしかない(そして、この種のクルマが市場に流れることはめったにない。オーナーが手放さないからだ)。それほど惜しみない愛情を注ぎ続けてきたオーナー、24年のあいだにかなりの維持費が掛かっても手放さなかったその理由とは?

「父親から譲り受けたクルマであること、この時代のメルセデス・ベンツだからこそ味わえる世界があること、そして乗っていて飽きないことでしょうか…」

SL320に対して深い愛情を注ぎ続けてきたオーナー。最後に、今後このクルマとどう接していきたいのか?意気込みを伺ってみた。

「このままフルオリジナルの状態を維持して、あらゆる困難を乗り越えてでも所有していたいですね。我が家にとっての“家族の絆”そして“シンボル”ともいえる存在だけに、父から私、そして息子たちへ受け継いでいけることを願っています。いずれ、2人の息子のどちらかが引き受けてくれるといいのですが…。それが叶わないのであれば、このクルマを私の棺にして欲しいくらいです(笑)」

実は、取材当日は雨が降りそうな気配だった。通常であればオーナーにお詫びかたがた延期のご連絡をしているところだ。しかしこの機会を逃すと、10万キロジャストの瞬間に立ち会えなくなる。そこでオーナーと相談した結果、取材を決行。結果として雨はパラついたものの、どうにか取材には支障がない範囲で収まった。

オーナーは「雨天時の走行も厭わない」と仰ってくれたが、大切に乗られてきた貴重なクルマが汚れてしまうのはあまりにも申し訳ないというのが偽らざる本音だ(結果としてほぼ雨に濡れることなく取材できたことにほっとしている)。

唯一、オープンの状態を撮影できなかったのは心残りだが、クーペスタイルのSLの美しいフォルムをじっくりと眺めることができたのは結果として幸運だったのかもしれない。現行モデルのSLのようにメタルトップではなく、この時代のハードトップは脱着式。つまり、持ち運びができない。自宅のガレージなどに置いてくるしかないのだ。

一昔前はそれなりの頻度で見掛けたクルマも、あっという間に姿を消していく。廃車になる個体もあれば、海外へと流出してしまうケースもあるだろう。さらに現オーナーがガレージで静態保存している可能性もある。事実「日本にあるメルセデス・ベンツはコンディションが良好だから」という理由で、海外、なかでもヨーロッパのバイヤーが何台も購入して里帰りさせているという話も耳にする。オーナーのSL320のようなコンクールコンディションを誇る個体を海外へ流出させてはならない。それは、オーナー自身がもっとも理解しているはずだ。

取材を終えてオーナーと雑談しているとき、偶然停まっていた別の“R129型”SLが目に留まった。オーナーの個体と同年代で、しかも貴重な“33ナンバー” 同士。見つけるやいなや、そのクルマに駆け寄っていくオーナー。本当にこのクルマのことが好きだからこその“脊髄反射”だったのかもしれない。このようなオーナーのもとで暮らしていけるSL320は実に幸せだ。父から息子、そして孫へ。この個体が、これからも親子3代を結びつける「絆」であってくれることを願うばかりだ。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

カタログ

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