【トヨタ カムリ 試乗】“日陰”の日本製セダンに風穴を開けるか…中村孝仁

トヨタ カムリ 新型
◆こんなセダンが蔓延してくれたら街の景色が変わる

セダン?何それ?そんな若者が増えているんだそうだ。つまりセダンという自動車の形状を知らない若者である。

セダン復権が叫ばれて久しい。しかし、ファミリーのことを考えれば室内空間の広いミニバンがチョイスされ、安心快適、どこにでも行けるを考えればSUVになって、クーペだのスポーツカーだのは、クルマ好きの嗜好品。そしてセダンはと言えば、いつの間にやらそれなんだったっけ…と言う存在になってしまっているらしい。そうはいっても輸入車ではセダンは売れている。ということは輸入車に匹敵するような日本製セダンがないということになる。そんな日陰に風穴を開けようというのが、今回の『カムリ』である。

試乗会であまりに感銘を受けたから何度でも書くが、これを作った主査は東大工学部出身の勝又正人氏だ。彼のプレゼンテーションはまさに売れないセダンを売れるようにしようじゃないかという気概に溢れていた。そうは言ってもご存知の通り、カムリは北米市場で15年連続でパッセンジャーカー売上ナンバー1に輝くベストセラーカーだ。大胆に変えて、売れなくなったらどうする?という強迫観念は間違いなくあったはずである。それを表して勝又さんは、これまでの消極的チョイスを積極的チョイスに変えたいと仰った。

そんなわけだから、どこをどう変えて、結果どんだけ広くなったとか、どんだけ燃費が良くなったかという数値的な価値向上はどうでもよくて(もちろん先代より良くなっているのだから)、むしろこのクルマで訴えたいのは「意味的価値」なのだという。この意味的価値、僕もわからずに勝又さんに聞いてみたところ、要するに数値では表すことのできない顧客が価値を見出すものとのこと。そして現代はこの意味的価値が重要なのだと。

確かにそうだろう。顧客が「これは良いから」、と言って価値を見出して対価を払うのは満足度が極めて高い。一方で数値的な価値、それは機能的価値と呼ぶそうだが、それが良いから買うというのは、ある意味AとBが同じだったら、相みつ取って安い方を買うという行為に似ていて、それが好きだからとか気に入ったからという本質的部分が抜け落ちている。「クルマ白物家電化」とはまさにそれを指す。

では新しいカムリは従来と一体どこが違うか。まずはその大胆なスタイリングだろう。昔はスタイリングだけでクルマは買わず、やはり性能が伴うことが前提だったように思う。がしかし、創世期のジャガーを考えると、スタンダード社製の大した性能を持たないエンジンとシャシーに、美しいデザインのボディを載せて成功した。つまり、美しいスタイルは、売れる大きな要素と言っても過言ではない。

まあスタイルには好みもあるだろうから、断定的な物言いはできないが、新しいカムリ、まずとてもプロポーションが良い。真横から写真を撮っても、FWD車特有のオーバーハングの長さをあまり感じさせない。まあ、この点に関していえばボルボ『S90』ほどの拘りはないが、それでも最善は尽くしている印象だ。低く長いプロポーションを成立させるため、Cピラーに意図的にアクセントラインを入れてそこを削り、リアウィンドーをサイド側から見せることで全体的に薄く仕上げてリアのぼってり感を削ったところもさすが。細かいところを実に巧みに作り上げている。

エンジンは新開発の2.5リットル直4とTHS IIの組み合わせ。パワー/トルクは178ps、221Nmと驚くほどパワフルというわけでも、アンダーパワーというわけでもなく、まあ中庸。ところが走らせてみると意外なほど伸びが良くてパワフル感に溢れるので驚かされる。インテリアも有りがちなT型ダッシュボードは嫌だったから、躍動感に溢れたデザインとしたという。確かに写真では平面的に見えてしまうが、実は彫りが深く表情は豊かであった。

動的には新たにエコ、ノーマル、スポーツのモード切り替えが可能となり、『プリウス』以来使用されている最新型プラットフォームTNGAとのコンビにより、どっしり、でも軽快な運動性能を持つようになった。17インチ及び18インチの装着タイヤがあるが、本気で峠道を攻めた場合、17インチは少々力不足、一方の18インチはそれにしっかりと答えてくれるものの、乗り心地のフラット感が17インチほどではなく、乗り心地を取るなら17インチ、運動性能を取るなら18インチというチョイスになると思う。個人的には見た目が大きく変わらないので17インチで良いかなとは思う。

というわけで、極端に走りの性能に期待する人にこのクルマでは不満足かもしれないが、お値段や立ち位置、商品としての全体のバランスを考えた時は、非常に満足度が高いのではないかと思える。

タイトルのこんなセダンが蔓延してくれたら…は、作り手の思いがこのように反映されたクルマが溢れ、受け取るユーザー側がそれを理解して購入してくれたら、いわゆる相思相愛のクルマと人間の関係が出来て、ハッピーな景色になるのではないかという意味で、このデザインに対して言及したものではない。そうはいっても、このプロポーションはさすがに久々のヒットであるとも思っている。しかもお値段、329万4000円~419万5800円。最上級はレザーシートにナビが標準装備だから、競争力もコストパフォーマンスも高い。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★★
インテリア居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★
フットワーク:★★★★
おすすめ度:★★★★★

中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、その後ドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来39年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。

(レスポンス 中村 孝仁)

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