ヤマハの“神セブン”…歴代 YZF-R プロジェクトリーダー7人が「今だから語る」開発秘話

歴代ヤマハ YZF-R1 全型式の開発プロジェクトリーダー7名が、オーナーズミーティングに勢ぞろいした
初代登場から今年で20年という節目を迎えたヤマハスーパースポーツ『YZF-R1』。6月23日(土)、スポーツランドSUGO(宮城県柴田郡)にて開催された「YZF-R1 20th Anniversary YZF-Rオーナーズミーティング」では、歴代YZF-R1全型式の開発プロジェクトリーダー7名が勢揃いした。

ヤマハスーパースポーツ生みの親たち、“神セブン”の「今だから話せる!」貴重な開発秘話を一挙に紹介しよう。

【初代(1998年)】従来の延長線ではダメ。まず軽さに挑んだ…三輪邦彦さん

1998年、ワインディングロードにおける最高のエキサイトメントと「ツイスティロード最速」をコンセプトに掲げ、初代が誕生した。車両重量わずか177kg(乾燥重量)しかない車体に、最高出力150馬力を発揮する排気量998ccの並列4気筒DOHC5バルブエンジンを搭載。96年発売の『YZF1000R サンダーエース』は145馬力で、198kg(乾)だった。プロジェクトリーダー(開発責任者)の三輪邦彦さんはこう振り返る。

「『YZF1000Rサンダーエース』を手がけていた頃、各社4気筒1000ccのマシンが主戦場となっていく中で先行きに閉塞感を感じ、なにかブレークスルーが必要だと感じていました。同時にバイクをもっと軽くしたいという思いがあったんです」

「当時、商品企画の担当者に「次のモデルでは、重量200kgくらいを目指したい」と話したところ「そんなの全然だめだ。今の延長線じゃないか」と一蹴された。それに対して色々言い訳している自分の姿を今でもはっきり思い出せるほど、悔しい思いをしたんです。おかげで「もっと突き抜けなければダメだ!」という軸を一本自分の中に持てたように思います」

「軽いバイクへのトライとして、サンダーエースからどんどん部品を外して180kg以下にしてみようと。最後はバッテリーも発電機も色々と外して、テストコースを3周しか走らないくらいの状態にまでしたところ、実験のメンバーから『これができたらスゲー!』って声が聞こえました。自分でも乗ってみると「なんやこれっ!」って、すっごく軽くて、自由自在に乗れたんです。ブレーキをかけたら即止まるし、あのサンダーエースがここまで来るかって。『これは実現させないかん!!』そう強く感じました」

◆とにかく顔!格好良くなければいけない

「ヨーロッパの市場調査で、印象に残ったのが「とにかく顔だ!」っていう言葉。オートバイ屋で並んでいる中でパッと目をひくのは顔しかない。かっこよくなければ話しにならないと考えたのです」

「ボクが常に意識したのは、本当にそれが突き抜けているかどうか。ずっと自分に問うてました。すごく苦しかった。本当にいいのかどうかなんて、わからないんだから。とにかく自分がこれはスゴイ! 突き抜けている!! って思えるかどうかというのを常に自問していました」

【2代目(2000年)】排気量アップも試みたが、ジャジャ馬に…三輪邦彦さん

250ヶ所のパーツを新作し、2kgの軽量化を果たした2代目もプロジェクトリーダー(開発責任者)を務めたのは三輪邦彦さん。

「初め、排気量を上げようと思ったんですが、簡単ではありませんでした。試してみましたが、“楽しむ系”から離れていく感覚がありまして。実験メンバーからも、ジャジャ馬になってしまうと。それならそこにエネルギーをかけるよりは正常進化という方向にしようと」

【3代目(2002年)】乗り手の意志にダイレクトに反応…小池美和さん

量産二輪車初のフリーピストン併用のフューエルインジェクションを採用。フレームはよじれ剛性を約3割アップした。02年式のプロジェクトリーダーは小池美和さん。

「数字だけ見ると『2馬力上げました、1kg軽くしました』って、それだけかと思われるのですが、じつは乗り方を変えたモデルなんです。初代、2代目までは、走る、曲がる、止まるじゃないけれど、基本に忠実にちゃんとコーナー手前まででスピードを落として操作をすることで、オートバイがそれを反応する車をつくっていました」

「一方、3代目は途中でラインを変えようかなという乗り方の意志にもう少し自由度を持たせたんです。意のままに動くバイクに仕上がりました」

【4代目(2004年)】パワーウェイトレシオ、ナンバー1を果たす…小池美和さん

74mmのボア径を77mmとし、ストロークは58mmから53.6mmへ。クランクシャフトは23.7mm幅を狭くした新設計エンジンはショートストロークの高回転型で、20馬力の出力アップ。センターアップマフラーを採用した第4世代も、小池美和さんが開発責任者を引き継いだ。

「スーパースポーツが各社出てきまして、スタイルも性能も一番になるんだってつくったのが2004年式です。お客さんの期待に応えるだけでなく、越えないとならないと思っていました」

「センターアップマフラーは時代のトレンドでもありましたが、欧州ではスーパースポーツでもタンデムを楽しむというニーズがありまして、テールまわりの剛性が上がったことはそんな要望にも応えています」

【5代目(2006年)】開発・製造ともに絶えず最高・最新…島本誠さん

5バルブエンジン最後となるモデルは、コンピューターマッピングを見直し3馬力の出力向上を実現しただけでなく、高すぎたフレーム剛性を見直しスイングアームを16mm延長。扱いやすさを手に入れたモデルであった。島本誠さんがプロジェクトリーダーだ。

「外部から見ると、R1にかけているコストって『バッカじゃないの』と言われるようなレベル。でもヤマハブランドを形づくるモーターサイクルのフラッグシップモデルとして、開発だけじゃなく、製造の人たちも含めてその時点で最高・最新の技術にトコトン挑戦し、結構な無理難題をやらされているんじゃなくて、やりたいからやっていた(笑)」

【6代目(2007年)】人間の感覚に寄り添ったものづくりを…西田豊士さん

2004年モデルをベースにさらに戦闘力を向上。ヤマハにとって伝家の宝刀であった5バルブをやめ、YZF-M1ですでに取り入れていた4バルブへ。YCC-T(ヤマハ電子制御スロットル)やYCC-I(可変式エアファンネル)、6ポットキャリパー、スリッパークラッチを採用した。開発責任者は西田豊士さん。

「2004年モデルでマン島で勝つマシンを目標に掲げ、170馬力を超えたエンジンを初めて手にし、車体もしっかり感がすごく重視されたんですが、その後レースの方に軸が移ってきて、整地されたところで旋回性をもう少し、という要求に合わせてフレームの設計を見直した感じです」

「エンジンが5バルブから4バルブになって、電スロもついたりしたんですが、シリンダーとかクランクケースとかブロックからまるまる新作したわけではないので、エンジン懸架ポイントが変わらないんですよね。そのなかで、どのようにしなやかさを出そうかと考えて、クロスメンバーがあったところを切った。しなやかさを出しながら他の所を補強してバランスを整えたという感じですね」

【7代目(2009年)】トラクションを得やすいエンジンフィーリングを追求…西田豊士さん、竹田祐一さん

クロスプレーン型クランクシャフトを採用した第6世代も、西田豊士さんがプロジェクトリーダー。日本向け仕様があった唯一のモデルで、竹田祐一さんが開発責任者を務めた。

「低速ではドカドカとまるでVツイン、だんだん車速を上げていくにしたがって7000~8000回転の中速域では3気筒のようなフィーリング、さらに1万回転以上回すとウルトラスムーズなパラ4という、回転を上げるごとに特性が変わっていきます。この多彩な顔、ロッシ選手が「スイート」と言ったトラクションを得やすいエンジンフィーリングです」(西田さん)

「国内のレギュレーションに対応するために、材料が変わって重量変更が出たりしたので、再度作り込みし直したんです。日本向けはある程度開けながら走れて、とても乗りやすいと好評でした」(竹田さん)

【8代目(2015年)】“No Excuse”をコンセプトにMotoGPの技術を満載…藤原英樹さん

従来からの「ツイスティロード最速」から「サーキット最速」を目標に、MotoGPマシンYZF-M1の技術思想を体感できる市販車として開発。高い出力性能に加え、市販二輪車初の6軸センサーを搭載するなど、高度な制御技術により高次元のハンドリングと走行性能を実現した。開発責任者は藤原英樹さん。2015年から鈴鹿8時間耐久レースで3連覇を成し遂げるパフォーマンスを有している。

「6年経つ間に市場が一変したんです。海外製のスーパースポーツが台頭してきて、どうしても勝ちたかった。どこで勝つかを明確にしました。サーキットでわかりやすく勝つと決めました。サーキットに特化したマシンですので、MotoGPのテクノロジーをふんだんに盛り込みました。開発コンセプトは”No Excuse”=言い訳はしない。エンジン、シャシー、制御、全てにおいて全力投球です」

「そして、サーキットで速いバイクは一般道でも乗りやすいということがわかりました。クロスプレーンエンジンはビギナーにも扱いやすいエンジンになっています」

【9代目・現行モデル(2018年)】サーキット最速=公道も扱いやすい…平野啓典さん

クイックシフトシステムのアップデートを果たした現行R1のプロジェクトリーダーは平野啓典さん。

「YZF-M1に試乗したとき、このままツーリングに出掛けたいと思うほど扱いやすかった。つまり、速いクルマが必ずしも乗りにくいというふうにならないと確信しています。レースで勝っているマシンがどんなものか、ぜひお客様にも体験してもらいたいです」

(レスポンス 青木タカオ)

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