ホンダ アコード 10世代…ハッチバック、エアロデッキ、兄弟車[フォトヒストリー 前編]

ホンダ・アコード(1976年)
ホンダは、フルモデルチェンジした新型『アコード』を2月21日に発売した。初代は乗る人たちへの「ゆとり」とクルマをとりまく環境への「調和」を提供することをテーマに開発した「ハッチバック・セダン」だ。

◆初代
CVCCエンジン
1976年5月7日発表

初代は1976年5月7日発表、8日発売。1.6リットルCVCCエンジンを搭載し、その低公害エンジンを訴求するためか、「アコードCVCC」と、セットで呼ばれた。生産計画は月産8000台(輸出台数を含む)。

現在に続くノッチバックスタイルのアコード・サルーンは1年半後の1977年10月14日発表、20日発売。生産計画は国内中心に月産5000台とされ、ハッチバックより少ない。

初代アコードは約90カ国で販売され、累計生産実績は150万台、うち国内37万台となった。

◆2代目
兄弟車ビガー登場
1981年09月22日発表

25日発売のフルモデルチェンジは、アコードに対するこれまでの国際的な評価をベースに、新時代のFF小型車の新しい価値を生みだすことを目的とした。FF化が急がれる世界の小型車市場をリードする「ワールド・クォリティ・カー」として開発された。国内販売計画は月販7500台、ホンダ店での取り扱い。

2代目アコードをベースに、“FFハイ・オーナー・カー”の『ビガー』(セダン&ハッチバック)が登場、ベルノ店を通じて9月22日に発表、25日に発売された。国内販売計画は月販1500台を予定した。

◆3代目
エアロデッキを設定
1985年06月04日発表

アコードシリーズに、新設計2.0リットル、1.8リットルDOHC16バルブエンジンや、FF車世界初の4輪ダブルウイッシュボーン・サスペンションなど新技術を導入し、フルモデルチェンジした。3ドアハッチバックは「アコードエアロデッキ」として設定された。

プリモ店およびクリオ店取り扱いのアコードシリーズに対し、ベルノ店取り扱いの兄弟車ビガーは、4ドアセダンのみとなった。発売日はアコード&ビガーが6月5日、アコードエアロデッキが7月20日。アコードシリーズはプリモ店およびクリオ店での、ビガーはベルノ店での取り扱いだった。

国内販売計画は、アコードシリーズが月販6200台、ビガーが月販1500台。

◆クーペを米国から輸入
1988年4月8日日本発表

ホンダは、米国の生産拠点であるホンダ・オブ・アメリカ・マニファクチャリン グ(HAM)で生産している、アコード派生のスペシャリティカー「アコードクーペ」を日本に輸入し、22日にホンダクリオ店より発売した。輸入販売計画は1989年3月までの約1年間で5000台。

◆4代目
ラインナップ拡大
1989年09月13日発表

アコードシリーズはフルモデルチェンジで、4ドア系は従来のアコードに加え『アスコット』を新発売、さらに上級小型車として新たに4ドアハードトップ『アコード・インスパイア』と『ビガー』を発表した。発売日はアコード&アスコットが9月14日、アコード・インスパイア&ビガーが10月12日。

横置4気筒エンジン搭載の4ドア・セダンシリーズがアコード&アスコット。そして、世界初のFFミッドシップ・縦置5気筒エンジンレイアウトを採用し、気持ちの良い走りと、ロングホイールベースによるダイナミズムと優美なフォルムを併せもった上級小型車4ドア・ハードトップがアコード・インスパイア&ビガーとなる。従来のビガーは、アコードに対し販売店違いの兄弟車だったが、明確に高級化を打ち出した。

アコード&アコード・インスパイアはクリオ店で、アスコットはプリモ店で、ビガーはベルノ店でそれぞれ取り扱う。国内販売計画はアコード&アスコットが月販8500台、アコード・インスパイア&ビガーが月販6000台、シリーズ合計で月販1万4500台だった。3ドアハッチバックは設定されていない。

◆クーペもモデルチェンジ
1990年03月22日日本発表

スポーティなアメリカンテイストをもつクルマとして人気のアコードクーペは、新型の90年モデルを米国より輸入し、4月1日に発売した。クリオ店で扱い、国内販売計画は月販1000台とされた。

◆ワゴンを米国から輸入
1991年04月03日日本発表

ホンダは、コンセプトの立案からデザイン、設計、開発をホンダR&Dノースアメリカ(HRA)で行ない、ホンダ・オブ・アメリカ・マニファクチャリング(HAM)で生産するアコードワゴンを、4月4日に日本で発売した。アコードシリーズにワゴンが設定されるのは初めてだ。国内販売計画は月販500台。



(レスポンス 高木啓)

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