「コロナ禍で、MaaSはぐっと身近になった」…ダイハツ谷本敦彦氏×夏野剛選考委員長「MaaSアワード大賞」受賞記念対談

ダイハツ谷本敦彦氏×夏野剛選考委員長「MaaSアワード大賞」受賞記念対談
自動車のみならず幅広い業界から大いに注目を集めたMaaSという言葉。夏野剛選考委員長を中心に第1回「MaaSアワード」が企画されたのは昨年夏。募集開始から選考へと順調にミーティングは重ねられた結果、2月末には各賞が決定した。ところが発表&表彰の場としていた3月11日からの国際オートアフターマーケット EXPOが新型コロナウィルスで中止になってしまい、表彰は緊急事態宣言解除後に順延された。そして約3か月後の6月18日、ようやく「MaaSアワード」大賞受賞のダイハツ工業を夏野委員長が訪問し、高齢者送迎支援システム「らくぴた送迎」を統括するダイハツ工業コーポレート本部谷本敦彦副本部長に表彰状とトロフィーの授与式を執り行った。授与式のあとに二者で行われた対談のテーマはもちろん、どうなるMaaS。そこではアフターコロナのモビリティの展望が語られた。

◆見直された“ご近所”

三浦(MaaSアワード選考委員/レスポンス編集人):ようやく会えましたね(笑)。本来ならばこのMaaSアワードの表彰式や他の受賞者や委員も交えたパネルティスカッションイベントを3月に行う予定でしたが、新型コロナウィルスの流行によって、今日、こうしてかなり縮小されたかたちですが大賞受賞のダイハツ谷本様と夏野選考委員長の対談が実現しました。

受賞記念の対談ではありますが、昨年を振り返るというよりも、まだ現在進行系のコロナを振り返っていただいて、MaaSやモビリティの明日をお話しいただきたいと思います。

夏野剛(MaaSアワード選考委員長/慶應義塾大学・政策・メディア研究科特別招聘教授/株式会社ドワンゴ代表取締役社長):私はとにかく家にいましたね。職場では私が社長ですから、トップが率先して出社しない、在宅勤務を基本にしてしまいました。コロナによる変化で興味深いのが、移動距離が短くなったことです。公共交通を使いたくないといった理由で、買い物など近いところでもクルマで行きたくなる。近所への移動需要が一気に高まったのではないでしょうか。

谷本敦彦(ダイハツ工業コーポレート本部副本部長):私も在宅勤務をする中で、近所への移動で、身近に楽しいものがたくさんあることを再認識しました。これまでは「移動する目的がないから移動距離が減ってきた」と叫ばれてきましたが、外出自粛などでそうせざるを得ない背景がありましたが、近所に魅力的なスポットが次々に見つかって日々が楽しかったのです。

これまでは「移動する目的がないから移動距離が減ってきた」と叫ばれてきました。その中で、外出自粛などでそうせざるを得ない背景がありましたが、近所を巡ることで実は古いお寺があったりと、魅力的なスポットが次々に見つかってきますよね。

夏野氏:そうですね。近所に知らなかったお店を発見したり。

谷本氏:コロナによる変化の功罪において、移動に関してはそうした功の部分も小さくなかったように思います。

夏野氏:その変化を踏まえて、MaaSの前にクルマだけ見ても、これまで「週末の長距離ドライブ」を想定していたマイカー選びが、アフターコロナは近所用のクルマが欲しくなる。特に都市部は道路の細さがネックで、自粛期間は妻の小型のクルマを使っていました。

谷本氏:道の細さは都市部に限りません。これまではクルマ選びの際は「どうせ買うなら」と高いモデルを選ぶことも少なくなかったですが、「移動する道具」という価値観が強まりました。クルマ選びは今後大分変わりそうです。

夏野氏:それを前提にさらにMaaSを考えると、“近所のためのクルマ”もいいですが、“近所のためのMaaS”への期待も高まっているのではないでしょうか。生活が変化するコロナ禍だからこそ、MaaSの需要も見えてきました。

谷本氏:このご時世に新しい発見や感動がなかなか見つからないと言われますが、時間をかけてみたらスポットや出会い、体験など身の回りにたくさんある。それが分かると、移動の動機に繋がります。アフターコロナで人の往来が自由になっても、その価値観は変わらず、むしろ新たな化学反応もあるのではないでしょうか。

夏野氏:人の移動がある程度自由になったら、今度は自分が見つけたレストランや神社などに人を連れて行きたくなりますよ。コロナは災厄ですが、そうした新たな気づきももたらしてくれました。

谷本氏:知らないものが周りに溢れているということに改めて気づかされましたね。

◆MaaSの発見

夏野氏:近所の移動が増える中で、ウーバーイーツやタクシー事業者によるデリバリーの解禁、飲食店でのテイクアウトの普及など、広義でMaaSと呼べる様々なサービスが台頭してきました。消費者がMaaSの便利さを知ってしまったので、アフターコロナになってももう戻らないでしょう。

三浦:MaaSが目指していた変化が早く訪れたということでしょうか?

夏野氏:早くというよりも発見。じつはMaaSはすでに身近にあったという感覚です。前述のサービスのほか、送迎需要も増えています。ある意味では、MaaSのようなサービスがないと生活がすでに回らないことにみんなが気づいたのではないでしょうか。

谷本氏:イートイン・テイクアウトを同時に提供する飲食店や、人もモノも運ぶタクシーなど、1つのサービスを2つの価値で使う。コロナを機会にこれを実践しはじめたこともMaaSだなぁと感じています。従来とは異なる利用法を難なく受け止められる環境にもなっています。人口減少や地方過疎が進行する中で、投資をせずに新たな価値を提供してゆくことは知恵であり武器だと思います。

夏野氏:公共性の高い領域の新サービスは、消費者にわかってもらうというステップを踏まなくてはなりませんが、今回のコロナ禍はその1ステップを飛ばしましたね。

谷本氏:企業でも、通常だと抵抗されることや書類手続きが必要となること、許されない変化が、大義のために許容されています。

「目の前の困っている人を助ける」という空気がアフターコロナも残れば、新たなチャレンジをしやすい土俵になるのではないでしょうか。新しいMaaSという観点では、急成長したウーバーイーツにしても、個者が他者を出し抜くのではなく、互いの空いているリソースを活用して世の中全体で価値を築き上げるというモデルが芽生えたように感じます。弊社の「らくぴた」も、まさにお互いのリソースを活用するシステムです。

夏野氏:いいですね。交通分野はまだまだフリクションが多い領域ですが、消費者にとってプラスになることをみんなでやるのが良いですよね。日本では規制や市場環境など、できない理由を挙げてチャレンジしない風潮がありました。MaaSなどの新サービスが広がるのは良いことで、一度広まれば元に戻すことも簡単にはできません。

◆在宅ワークは現場ワークだった

三浦:自粛期間などを通じ、オンライン飲み会やテレビ会議など、“移動しない”という選択肢を自然に考えるようになりました。MaaSの目的のひとつが効率的な移動だったとすると、究極のMaaSが普及したとも言えます。

谷本氏:オンライン飲み会もテレビ会議も、コロナが収束した後も以前に戻ることはなく、活用され続けるでしょう。同時に、「会えないことへの渇き」も皆が感じているのではないでしょうか。

夏野氏:じつは20年以上前、インターネットが普及すると航空需要が減るという予測がありました。実際にはインターネットが世界に普及した今。世界の航空需要はコロナ直前で3倍にもなっています。コミュニケーションの絶対量が増えることで、会うことの需要もさらに高まるということだと思います。情報共有の会議はオンラインで済むけれど、ビジネスの大切な判断は目を見て、など、それぞれに意味が出てきます。

谷本氏:なるほど。コミュニケーションというピラミッドの裾野が広がるほど上位の潜在的移動需要は増えてゆくということですね。今後はオンラインとオフライン(対面)の使い分けが一層進んでいくでしょうね。

オンライン飲み会もテレビ会議も、コロナが収束した後も以前に戻ることはなく、活用され続けるでしょう。同時に、「会えないことへの渇き」も皆が感じているのではないでしょうか。

夏野氏:ところで、最近、家族と一緒に居られることがとても楽しいと改めて感じています。子どもの学校が再開してしまい私も寂しく感じました。子どもも夕食を一緒に食べられなかったりすると寂しがっています。コロナ前なんか家で食べる機会なんて限られていたのにね。モビリティでいうと、家族や恋人、夫婦、親子で一緒に移動する「ドライブ」の楽しさを忘れていた気がします。

谷本氏:恐らく夏野さんの世代だと「ドライブ」という言葉に違和感ないと思いますが、若い人の中には「ドライブ」の意味がわからない人もいます。あくまで目的地に着くまでの時間がドライブで、途中の空間・空気に意味を感じ取れない。今回、「おうち時間」という言葉が話題になりましたが、家族と共に過ごす時間や空間の価値を取り戻しましたよね。

夏野氏:そうなんです。息子にも家族といる時はイヤホンで音楽を聴くなと注意してますよ……(笑)。

谷本氏:在宅で仕事をする、それは生活の現場で仕事をすることでもありました。ビジネス上では、お金を支払ってくれる人を顧客と思いがちですが、オフィスに現場はありません。家族とのコミュニケーションや近所への買い物などを通じて見えてくる消費者の身近な日常風景こそが「現場」で、改めて生活を考える契機となりました。

夏野氏:確かに、BtoCサービス提供者の「現場」は日常の生活ですよね。現場は出張で視察するものではなく、まさに足元にあった。この“腹落ち感”は大きかったですね。

◆地域生活の質をMaaSで支えたい

三浦氏:アフターコロナのMaaS、もしくはモビリティはどちらを向くと思われますか? 路線変更でしょうか。

夏野氏:概念は変わらずとも、必須インフラであることが再認識できました。自粛期間もみんな移動しなかったわけではありません。テイクアウトや近所巡り、犬の散歩は増えています。移動は人間の一部なので、その欲求を吸収できるのがMaaSではないでしょうか。

谷本氏:これまで移動スピードは高速化の一途を辿っていましたが、今回、近場移動の増加とともに移動スピードが落ち、歩くという移動が増えました。それが新鮮で、みんなそれぞれ身の回りからのインプットの質が変わると思います。

例えばカーナビも、これまでは目的地までの最短ルートという “効率的な移動”で、「嬉しいルート」などは表示してくれません。ただ価値観が変化して選択肢が増えた今、「人に会う」「人と何かを体験する」という本来の欲求を持つ我々にとって、例えば地方は住みたくて仕方がない場所に変わりますよ。

三浦:住む場所、ライフスタイルの自由が広がりました。今後ダイハツさんのMaaSチームはどこを目指しますか。

谷本氏:リモートワークが増え、これまでの住む自由、学ぶ自由、働く自由の3つのバランスから住む自由が重視されるようになりつつあります。その変化のスピードをコロナ禍は早めてくれました。ダイハツでは元々「地域を良くして暮らしを豊かにする」という理念を掲げています。販売したクルマをどのように使ってもらい、人々の会うことや体験が増えるか、それが我々のチームの活動目的です。

夏野氏:地域への注目は高まりましたね。

谷本氏:元々人が助け合わなきゃいけない中で、家族が最小の単位。つぎに近所の人、地域があって生きていける。地域が活性化しコミュニケーションが増えると移動が増える。その結果小さな車が活躍するチャンスはいろいろなところに存在する。移動が増えれば地域が良くなる。ここの我々の想いは変わりません。

夏野氏:じつは緊急事態宣言が発令される直前にとある道の駅を訪れる機会があったのですが、販売されている農産物を、観光客だけでなく明らかに地元の人もたくさんいて多くの人が買っていました。

谷本氏:良い道の駅は本当に良質なモノを置いていますよね。安くはない、だけど良いモノ。良いモノは地元の人が買うんです。わかっていますから。

夏野氏:その通りで、いまだに伝統的な企業は「安さ」を追求する姿勢が強いのですが、私は付加価値があって「高い」のはむしろ歓迎されることだと思うのですよ。

谷本氏:いまアパレルメーカーと共同で、「ふくワクプロジェクト」というのを実施しています。軽自動車の荷台を改装した車両で服の移動販売をするのですが、服でワクワクするという意味を名前に込めています。移動店舗ですが接客のプロの人が対応していて、コーディネートを勧めると子供が喜ぶんですよね。

夏野氏:それは楽しいですよね。女の子とか特に喜びそうですね。

谷本氏:それが男の子も楽しんでいるんです。服自体はオンラインでも買えますが、なかには30分近くかけてコーディネートを楽しむ子もいる。こうした体験は洋服好きにも繋がりそうで、商品は後で送るという形態でもいいかな、などと考えています。

夏野氏:オンラインよりもリアルのショッピングが楽しい理由はそこですよね。お店に出向かなくても済むという点でこれもMaaSですね。

谷本氏:私もMaaSだと思っていますが、違うと言われることもあります(笑)。

夏野氏:前からあるとか関係ないですよね。私はテイクアウトだってMaaSだと思っています。驚くことにこのコロナ禍でケンタッキーは売り上げを伸ばしているんですよね。徹底的に管理された受注・デリバリーシステムで、自分で行くより来てもらった方が早いという価値が提供された。これはもうMaaSですよ。

谷本氏:MaaSという定義を限定するのではなく、私も「生活の中で当たり前になる」のがMaaSと捉えていて、リアルに即したサービスを作っていった方が良いと考えています。

夏野氏:その方が消費者にしっくりきます。現実的なところでは宅配クリーニングが爆発的に増えていますし、最近家の近所で出張洗車を目にすることも増えました。先程も触れたように規制の緩和も進んでいて、道の駅での営業活動なども広がっています。

谷本氏:何かを始めたいという人にとって敷居が下がりましたね。チャレンジしたいという人が出てきやすくなっています。確かに日本全体や地方部では人口が減っていますが、人口が減ったら活動範囲を広げればいい。そういったことにチャレンジする人が出てくることで地域はより魅力的になり、ゴールドラッシュのように周辺地域から人が流入していきます。

MaaSを「いつかくる未来としてないものをつくる」ではなく「今受けているサービスの延長」と思えば現実的で、今以上にアイデアも出てくるでしょう。

夏野氏:元々日本はサービス業のクオリティも高いですから。

谷本氏:サービス提供者への信頼性も高いので、地域との相性もいいのですよ。今後どんな新しいチャレンジが出てくるか楽しみです。

■谷本敦彦(たにもと・あつひこ)……1985年ダイハツ工業入社、商品企画部に初任配置。その後、新規事業、国内営業、部品物流、商品企画、特装車開発を経て海外営業部門へ異動。海外マーケティング、欧州室のGMを経て、欧州ディストリビューターに出向し、ダイハツドイツ社/ベルギー社/オーストリア社の社長。帰国後は、商品企画部を経て、法人事業部長。現在は、コーポレート本部副本部長としてMaaS・コネクトを担当。

■夏野剛(なつの・たけし)……MaaSアワード2020選考委員長、慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授。早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。ペンシルバニア大学経営大学院(ウォートンスクール)卒。ベンチャー企業副社長を経て、NTTドコモへ。「iモード」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げ、ドコモ執行役員を務めた。現在は慶應大学の特別招聘教授のほか、株式会社ドワンゴ代表取締役社長、株式会社ムービーウォーカー代表取締役会長、そして、KADOKAWA、トランスコスモス、セガサミーホールディングス、グリー、USEN-NEXT HOLDINGS、日本オラクルの取締役を兼任。このほか経済産業省の未踏IT人材発掘・育成事業の統括プロジェクトマネージャー、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与、内閣官房規制改革推進会議委員も務める。

(レスポンス まとめ:CCP相原駿)

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