「いうことなし」な人生最後の愛車を娘婿が受け継ぐ。5速MTの1999年式トヨタ カローラ SEサルーン(AE110型)
「工業製品として優れたクルマ」にはさまざまな定義があるだろう。いまやチューニングカーではなく、メーカーが生産するクルマでも1000馬力クラスが次々とデビューする時代だ。そして0-100km/h加速も、最速クラスは1秒台の領域だという(いずれもEVであり、ガソリンエンジンだと2秒台が最速)。
途方もないパワーと加速。まさにたゆまぬ技術革新があってこそ到達した領域だ。しかし、これらの超高性能を思う存分に享受できる環境は極めて限られている。少なくとも日本の公道では不可能だろう。
その反面、誰が乗ってもクセがなく、多少ラフに扱ってもビクともしない。さらに、長期に渡って壊れないことも、工業製品として極めて優秀ではないだろうか。しかし、意外にもこの事実を高く評価する人は少ない気がする。
今回、取材が実現したファーストオーナーから娘婿へ託されたという「トヨタ カローラ」も、まさにそんな1台ではないだろうか。家族間2オーナーカーとして、25年経った現在も現役のカローラと、2人のオーナーがつむぐエピソードをご紹介したい。
「このクルマは、1999年式トヨタ カローラ SEサルーン(AE110型/以下、カローラ)の5速MT仕様です。義父が新車で購入してから18年所有したのち、私が譲り受けて現在にいたります。義父から譲り受けた時点での走行距離は2.5万キロでしたが、現在は4.7万キロです」
1966年にデビューした「カローラ」から数えて8代目となる「AE110型」は1995年5月にデビュー。環境および安全、さらにはTotal Cost of Ownership(トータル・コスト・オブ・オーナーシップ)への配慮を念頭に開発された。つまり「安価で燃費が良く、信頼性が高いほど優れているクルマ」といった点が重視されていることを意味する。
ボディサイズは先代モデルとほぼ同一だ。全長×全幅×全高:4285×1690×1385mm(先代モデルは4270×1685×1380mm)。駆動方式はFF。オーナーの所有する個体には「5A-FE型」と呼ばれる排気量1498cc、直列4気筒DOHCエンジンが搭載され、最高出力は100馬力を誇る。
ところで、このカローラのファーストオーナーであるお義父様は現在94歳。現オーナーである娘婿さんのリクエストもあり、インタビューはお義父様のご自宅で行った。94歳になったお義父様は現在もお元気で、取材チームを歓迎してくださった。さっそく、ファーストオーナーであるお義父様からお話を伺うことにしよう。
「このカローラを購入した理由は“駅までの通勤用”です。駅の駐車場にカローラを停めて、そこからは電車に乗って職場まで通勤していました。私を含め、過去3代にわたって"国鉄マン(日本国有鉄道。現在のJR)”だったんです。国鉄を定年まで勤め上げた後、70歳まで関連会社に勤務していました。このカローラを購入したのは69歳のときです。人生最後のクルマとして手に入れました。それから運転免許を返納する88歳まで乗りましたね」
取材中、お義父様が国鉄マン時代だった頃の写真を拝見した。時代は昭和。現在のようにインターネットやコンピューターが普及している時代ではない。多くの業務がアナログや手作業だった時代だ。さらにいえば、ワークライフバランスなどといった発想も存在しない。むしろ、業種によっては休日返上、終電で帰宅といったことも日常茶飯事だったことだろう。
いまではすっかり耳にすることもなくなった「企業戦士」や「モーレツ社員」といった立ち振る舞いが是とされた時代でもある。お義父様もそんな激動の昭和を掛け抜けてきたおひとりだ。
「国鉄マン時代は"ダイヤグラム"という、列車の運行図表を作成する仕事に就いていたんです。臨時列車が走るとなると、定期運行の列車が書き込まれた"ダイヤグラム"にペンと定規を使って線を足していくんです。きっと、いまならコンピューターで"ダイヤグラム"を作るんでしょうね。当時はとにかく仕事が忙しくて、自宅に持ち帰って書斎で作業したりしていました」
いまでは考えられないほどの激務だったに違いないが、当時のことを懐かしそうに、そして活き活きとした表情で振りかえるお義父様の姿が印象的だ。大変だったと同時に、責任のある仕事にやり甲斐を感じていたのかもしれない。そんなお義父様にカローラに対する印象を伺った。
「1500ccもあれば必要にして充分なパワーだと思います。あと5ナンバーサイズなのがいい。取り回しもしやすかったですし。それでいて運転席からの視界も良好だし、セダンらしいデザイン、燃費も12km/L~13km/Lくらい走る。故障もない。まさに"いうことなし"ですね。私はAT車の運転ができないのでMT車を選びました。最初のクルマがスバル360で、このクルマを含めてカローラを2台。合計で3台です。いずれもMT車でしたし」
…とべた褒め状態だ。上を見ればキリがないが、カローラが非常にバランスの取れたモデルであることに異論を唱える人は少ないだろう。そして、お義父様が88歳のときに運転免許を返上したタイミングで、娘婿にあたる現オーナーが譲り受けたそうだ。ここからは現オーナーにカローラの印象を伺ってみることにしよう。
「義父がこのカローラを手に入れたときからずっと狙っていました(笑)。まだ2ケタナンバーの時代だったので、これもそのまま引き継いでいます。現在はこのカローラといすゞ117クーペの2台体勢です」
ファーストオーナーであるお義父様はどちらかというと日常使いとしてカローラに接していたように見受けられる。しかし、娘婿である現オーナーは117クーペも所有するという。クルマ好きとしてカローラの印象も気になるところだ。
「5ナンバーサイズだし、どこにでも乗っていけるし、運転が楽ですよね。1500ccエンジンだからそれほどパワーやトルクもないけれど、5速MTだけに峠道でまわすと意外なほど楽しいんです。これまで、スズキ アルトを皮切りに、ポルシェ911やフォルクスワーゲン ビートル、ボルボ240、トヨタ ハリアー、メルセデス・ベンツ190E 2.3-16V、日産ジューク、マツダ ファミリアなど、いろいろなクルマに乗ってきたけれど、そのなかでもカローラは本当にいいクルマ。非の打ちどころがないんですね」
国内外のさまざまなメーカー、そしてジャンルのクルマを乗り継いできた現オーナーもカローラをべた褒めである。では、カローラのすごさを若いときに理解できたかというと…。
「私はいま、66歳なんですが、若いときにはカローラの良さや偉大さを理解できませんでした。あの尖ったところがどこにもない。変なクセもなく、誰が運転しても乗りやすい。そして壊れない。トヨタ車らしい"80点主義"なクルマとして最高だと思いますね」
そうなのだ。若いときにはハイスペックが特徴だったり、見た目がカッコイイクルマに惹かれがちだ。しかし、年齢を重ねるにつれて、ベーシックかつスタンダードなクルマの偉大さが分かるようになってくる。老若男女、誰が乗っても違和感なく運転できる。その母数が大きければ大きいほど、クルマとしての落としどころ、セッティングが難しくなる。それでいて、高級車並みの金額になってしまっては意味がない。その点において、カローラはまさに全方位において80点主義、Total Cost of Ownership(トータル・コスト・オブ・オーナーシップ)を体現したクルマといえる。
生産されてから25年が経過したカローラ。ちなみに、これまでトラブルはあったのだろうか。
「運転席側のドアミラーの伝導調節機構が動かなくなったことくらいですね。義父から譲り受けてからはほぼ"乗りっぱなし"です。エアコンガスの補充もしていませんし。それでも、先述のミラー以外、トラブルはありません」
繰り返しになるが、このカローラが「たまたまアタリの個体だった」というわけではない。他の個体であっても同じようにノントラブルだろう。
最後に、野暮な質問だが今回も敢えて聞いてみたい。このカローラと今後どう接していくつもりなのだろうか?
「気になるクルマ、例えば現行モデルのシエンタなんていいなと思うんですが、カローラを手放してまで乗りたい…とまではならないんですよ。このクラスのセダンでMT車っていまはほとんどないじゃないですか。運転していて楽しいですし、まだまだ乗りつづけたいですよね」
日本国内にあるスーパーに買いものに行けば、棚には選びきれないほどの商品が陳列されている。そしてコンビニの多くが24時間営業だ。暗くなれば電灯を点ければ明るくなる。スイッチひとつでお湯が沸く。水道の蛇口をひねれば飲料水が飲める。どれもいまの日本では当たり前のことであり、いまさら驚く人も少ないだろう。
しかし、ちょっと待って欲しい。これだけの手厚いサービスを、日本のたいていの地域で受けられるという驚くべき事実。これはかなり驚異的なことであり、同時に当たり前ではないということにそろそろ気づいたほうがいいのかもしれない。
カローラについても同様だ。カローラより高性能で低燃費なクルマはいくらでもある。憧れを抱いたり、ハイパフォーマンスなクルマについても然りだ。しかし、カローラよりも高価であったり、用途が限定されたり、とんでもなく維持費が掛かるクルマも少なくない。
家族間2オーナーカーとして25年が経過した今回のカローラも、まだまだ現役。これからもノントラブルで走り続けるのだろう。それが「実はとんでもなくすごいこと」を感じさせないくらい、スタンダードなものへと昇華できたのは、歴代カローラの開発陣の血の滲むような努力があったからこそだろう。
最後に、お義父様、娘婿さん。そしてご家族の皆さま。わざわざご自宅にお招きいただき、快く取材に応じてくださったことを、この場を借りて心よりお礼申し上げしたい。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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