これがスポーツカー存続の形なのかもしれない…安東弘樹連載コラム

先日、ドイツのスポーツカーメーカー、ポルシェの体験型施設「ポルシェ・エクスペリエンス・センター東京(以下PEC東京)」に行ってきました。
【ポルシェ・エクスペリエンス・センター東京 HP:https://porsche-experiencecenter-tokyo.jp/

どんな場所か簡単に申し上げると、このクローズド(公道外)コースを現行のポルシェモデルを借りて、様々な運転プログラムを体験する事ができる施設、ということになります。

このPEC東京は世界で9番目となる施設で、2021年10月にオープン。千葉県・木更津市に位置し、43ヘクタール(お決まりの例えで言うと東京ドーム9個分以上)の広大な面積を誇ります。

  • 911 Turbo S

これは世界にあるPECの中でも2番目の広さで、この中に全長2.1㎞、高低差30m!の「ハンドリングトラック(サーキット状のコース)」や「ドリフトサークル(定常円旋回走行用)」、「ダイナミックエリア(全開スタート、フルブレーキ、スラロームを体験)」があります。

他にも、濡れた路面の中、埋設された油圧作動式のプレートを車両のリアアクスルが通過する瞬間に、センサーがプレートをランダムに左右に動かし、強制的に車をスピン状態にして障害物を避ける「キックプレート」。更には低ミュー路(滑りやすい路面)でタイトなカーブが連続する「ローフリクションハンドリングトラック」、ポルシェのSUVモデル用の「オフロードエリア」などが効率よくレイアウトされています。

お子さんでも、規程の身長に達していれば、かなり本格的なシミュレーターで世界のサーキットをドライブする事も出来ます。(有料)

文字通り誰もが楽しめる工夫が随所に見られました。そうそう、数々の限定グッズを販売しているショップもあります。

  • レストラン

伝統の江戸切り子のデザイン要素を取り入れたメイン棟の中には、カフェやレストランもあります。カフェは、営業時間内であれば誰でも利用でき、勿論、ポルシェオーナーかどうかも関係なく、ドライビング体験をしなくても入場出来ます。実際に地元の方が軽トラックで、フラッとカフェに立ち寄ってコーヒーを飲みにいらっしゃるそうです。

PEC東京に用意されているポルシェは、ベーシックな718(ケイマン・ボクスター)から911は勿論、BEVのタイカンまで、ほぼ全てラインアップされており、予約時に車種を選び、当日は長袖・長ズボン・運転しやすい靴で行けば、レーシングスーツやヘルメットは必要ありません。

地元の方や自然環境との共生がテーマになっていて、施設全体の緑化率は60%を維持しており、生物多様性を実現しているとのこと。また、PEC東京のドライビング体験プログラムを木更津市の“ふるさと納税“のお礼品として購入する事が出来るなど、地元の方に愛される施設を目指しているのが伝わってきます。

実際に地元の方に『PEC東京は地域の誇りだ』と言われ、「感動した」というスタッフもいました。更には、レストランで提供される料理の食材も、地元のものを使い(例:お肉は木更津牛を使用)、そして可能な限り地形を崩さずに様々なコースを造った為、高低差が大きくなったそうです。

そのお陰で?ハンドリングトラックはドイツの御存知、ニュルブルクリンクの名物カルーセルやアメリカのサーキット、ラグナ・セカのS次コースを再現したコークスクリューなど、高低差を生かしたダイナミックなコースレイアウトになっていました。決して長くはないコースですが、走りがいは十分にあります。

実際にプログラムを体験

  • 911 Turbo S

この日はジャーナリストが10人ほど参加し、一般と全く同じ90分のプログラムを体験しました。

今回、私がドライブするのは「911ターボS」という、911の中でも最高峰のスペックを持つ車。その数値は650PS 800Nm!初めてのプログラム体験なのに、こんなモンスターで大丈夫なのか?!とビビった事をお伝えしておきます(笑)。

スペックとは裏腹に可愛い黄色のボディのターボS。それに乗り込む前にインストラクターを紹介され、軽く挨拶したら、まずは助手席に乗り込みます。そう、一人ひとりにインストラクターが付き、最初はインストラクターが運転して、コースやプログラムを説明してくれるのです。インストラクターは、現役のレーシングドライバーが多く、私に付いてくださった中村ひかるさんもスーパー耐久などで走っている現役ドライバーでした。

若いながらも、しっかりとした方で説明も分かりやすく、終った後は自然と「師匠」と呼んでいました(笑)。一通り中村さんの運転で下見?をした所でドライバーチェンジ。ここからは自分が運転します。

まずは外周の「ハンドリングトラック」から。

ストレートは短いのですが、とにかく高低差が大きいので、本格的なサーキットを走っている気持ちになれます。ニュルのカルーセルを模したコーナーは、ご丁寧にコンクリート風?の路面の色になっていました。気分が盛り上がります!

ここでサーキット走行の基本を教わり、ポルシェの特性等を体感するのですが、911のターボSを僅かな時間ながら、アクセル全開にして走らせるのは快感そのものでした!数周、走ったところで、それぞれのエリアへ。

次に走るのは、「ドリフトサークル」。先月、日産の氷上試乗会でカチカチに凍ったサークルで、思いっきり車を廻して楽しんだ(あくまで取材です)のですが、散水されているとはいえ、舗装路で、しかもターボSはよく出来た4輪駆動車ですので勝手が違い、若干苦戦。

しかし、中村さんが上手く指導してくれた結果、650PSにビビりながら、何とかアンダーステア、オーバーステアを感じながらドライブする事が出来ました。勿論?2回ほどスピンを喫しましたが。

次が「ローフリクションハンドリングトラック」。滑りやすい路面にご丁寧に粉まで蒔いてあり、そこをわざとラフにアクセルを踏んで、滑り始めた所で、アクセルを戻し“PSM”というポルシェの横滑り防止装置をオン・オフしながら、その違いなども体感します。

様々な電子デバイスが補助するからこそ、大パワーの車を安全にドライブ出来る、という事を実感しました。

次は「キックプレート」ですが、車をスライドさせるプレートが調整中という事で作動はしなかったのですが、やはり低ミューになっている路面を更に濡らしている為、かなり不安定な状態で、下からランダムに出てくる障害物を避ける、というトリッキーなセクションです。しかし、ここも4輪駆動車という事も有り、事も無くコントロール出来ました。

ポルシェの懐の深さに感服です。

そして最後は「ダイナミックエリア」。ここは広い敷地にコーンが置いてあるだけのセクションですが、まず停止状態からアクセル全開にしてスタートし、その後フルブレーキで停止。

そこからUターンして、スラローム。最後はきっちり停まって終了です。

最初はスポーツモードで、普通にアクセル全開でスタートしましたが2回目はローンチコントロールを試します。“スポーツプラスモード”にして、ブレーキを左足で強く踏み、右足でアクセル全開!そこから左足をリリースするだけで、理想のスタートをしてくれます。

これまで数々の車のローンチコントロールを経験しましたが、やはり911ターボSの発進加速は別格でした。スタートして数秒で120km/h超え。すぐにフルブレーキ。何度かやりましたが勿論、車はビクともしません。改めてポルシェというクルマのポテンシャルの高さに舌を巻きました。

全てのセクションを終えた段階で、30分ほど時間が残りましたので再び外周路に戻り、中村さんにドライビングの指導をして頂きました。私のブレーキングの癖を指摘して頂き、大変、勉強になりました。

これでプログラムは終了。

気付くと、かなりの汗をかいていましたので、それだけドライビングに集中していたのでしょう。充実の90分間でした。

プログラムを終えて

トヨタの豊田社長が、「交通機関として馬に乗らなくなっても乗馬や競馬は残っている。自動運転になったとしてもスポーツドライビングは残る」といった趣旨のお話をされていましたが、その言葉を思い出しました。

もはや、日本の公道ではポルシェのパフォーマンスを発揮させることは不可能です。このような施設で思いっきりクルマを楽しむ。こんな所が、今後も増えて行くのかもしれません。

しかし残念ながら、現状、日本メーカーからは、このようなスポーツドライビングを体験する、といった施設建設の話は出てきません。

ポルシェという基本、スポーツカーに特化したメーカーだからこそ、スポーツカーを存続させる責任と使命を感じての行動なのだと思います。

そして特に、日本ではスポーツカーというモノが多くの人に疎まれる傾向にあるからこそ、地元との共生を重視し、スポーツカーを理解して欲しい。そんなポルシェのメッセージを感じたPEC東京体験でした。

※ドライビング体験プログラムは、車種によって価格が異なります。(46000円~)
2023年4月からはユーザー自身のポルシェ車(音量規制などの条件有り)で、このプログラムを受けられます。

安東弘樹

MORIZO on the Road