クルマを“動かさない“楽しみ方への変化について考える…安東弘樹連載コラム

私は自動車関連のYouTube動画を楽しむ事が多いのですが、ここ数年で非常に動画数が増えたのが、「車中泊動画」です。

通常、車中泊といえばキャンピングカーを使いますが、何故か、特に日本で?人気なのがキャンピングカーではない、ワンボックスカーや、ミニバン、軽自動車のワゴンや私も所有しているジムニーなどの、本来、宿泊するようには出来ていない小さなクルマで泊まる動画が人気です。実際に車中泊をしている方も増えている様です。

しかも特徴的なのが、“何か目的があって仕方なく宿泊する“のではなく、”車中泊、そのものが目的“という投稿者が増え、人気を博しています。

ミニマムな空間を如何に工夫して快適に宿泊するか、というテーマの動画が多く、その道具や方法に多くの共感が寄せられているのがコメントの多さで分かります。

クルマに乗っているだけで幸せを感じ、ノンストップで九州までドライブするのも苦にならない、という様な話を私がすると、多くの方に「では、最近流行りの車中泊も好きなんですか?」と訊かれます。

心苦しくも、それは否定せざるをえず、「実は私はクルマの運転が好きなので、車の中に宿泊する、という概念はあまりないんです」と答えると、若干、微妙な空気になるので、それが、いつも申し訳ないと思っています。

実は、30年以上前の大学卒業時、私が卒業旅行に選んだのは、当時のアルバイト先の某メーカーの販売店で購入した、今で言うSUVで「中部地方の一周旅行」でした。本当は日本一周をしたかったのですが、経済的な理由と、入社ギリギリまでアルバイトをしていたため時間も足りなかったので、妥協しての行程でした。

その時は、金銭的に、やむを得ず車中泊をしましたが、後席を畳んで、寝具を持ち込んだだけ、という事もあって、寝るのが苦痛でしたので、二度と車の中では泊まるまいと思ったものです。

それを裏付ける訳ではありませんが、面白い傾向として、世界中のクルマ愛好家の動画を観ても、クルマに宿泊する場合、ほとんどが大きなキャンピングカーや自分のクルマにキャンピングトレーラーを牽引して、そのトレーラーに宿泊する、という内容が多く、まして軽自動車やコンパクトミニバンのような小さなクルマで宿泊する「だけ」の動画は珍しく、やはり日本ならではの特徴のようです。

日本の駐車場環境の影響で、小さなクルマを1台しか所有できない場合が多いから、と分析した事もありますが、動画投稿者は必ずしも都市部の方とは限らず、むしろ駐車場には困らない土地に住んで、クルマも複数台、所有している方も多いのです。

それこそ、“仕方が無く”ではなく、“敢えて小さいクルマを選んで、その工夫を楽しんでいる”という方がほとんどです。

クルマの楽しみ方は世界を見渡しても千差万別ですが、やはり日本以外では基本的に、サーキットやオフロードなど、路面はともかく、走行動画が多く、停まっているクルマを楽しむ、というのは、日本ならではの特徴かもしれません。

確かに日本でのサーキット走行は、コスト的にもハードルが高く、オフロードを走るにも、林道でも舗装されていない道が年々、減っていて、合法的に「走り」を楽しむ環境が制限されているのが現状です。

それこそ、ヨーロッパに住んでいれば、パスポートの提示も無く、速度無制限のドイツのアウトバーンを走って、世界に名だたるニュルブルクリンクサーキットを訪問し、ゲートでチケットを購入し、そのまま、コースイン、という楽しみ方もできます。林道でなくても、自由に走行出来る、草原や泥濘地も、「そこら辺」に存在します。

本当に羨ましい限りなのですが、日本で、車中泊を楽しむ方が増えているのは必然かもしれません。

鶏が先か卵が先か、分かりませんが、30年ほど前から、一般家庭のガレージに収まるクルマは「ミニバン」や、クルマのサイズギリギリの広大な空間を持つ、ハイトワゴン系の「軽自動車」が主流になりました。それでしたら「走る」事より、その空間を利用して楽しみたくなるというものです。

ましてや器用で真面目?な日本人です。様々な道具を改善して、自分の好みに合わせ、小さな空間を快適にアレンジするのは得意分野でしょう。

しかし、個人的に少し寂しいのは、以前は二人乗りのスポーツカーに乗って、自分のパートナーとのクルマでの旅行や、キャンプ、希にサーキット走行などを楽しんでいた、YouTuberさんが、何と途中でそのスポーツカーを「あっさり」売ってしまい、軽自動車ベースのキャンピングカーを購入してしまった事です。

あんなに楽しそうに、スポーツカーを運転していて、「やっぱり、このクルマは楽しいです。一生手放さないかもしれません!」と言っていたのに、あまりにあっさり売却してしまったのです…。

キャンピングカーに魅力があるのは理解出来ますが、MTのスポーツカーで笑みを浮かべながら見事なヒール&トゥを披露していたのに…。増車ならともかく、買い換えてしまうなんて…、勝手にショックを受けたものです。

しかも駐車場環境や経済的な理由なら分かるのですが、その方、何と二台目のキャンピングカーを購入し、奥様のクルマも含めて3台も自宅に停められるという事も発覚!(笑)。

そう、完全にスポーツカーがキャンピングカーに負けたのです。しかも、そのYouTuberさんは、奥様の普通の軽バンをも車中泊仕様にカスタムし、3台とも車中泊を楽しむクルマにしてしまいました。

クルマを操る楽しさがクルマに泊まる楽しさに負けた瞬間を目の当たりにした気分です(笑)。

更にショックなのが、MTを駆使してワインディングロードやサーキットを走る楽しさを知らない人がキャンピングカーや車中泊に傾倒するならともかく、その楽しさを知る人が、あっさりと転向?してしまった事でした。

そのYouTuberさんは今や大人気で、キャンピングカーに興味がある人で知らない人は居ない、という存在です。イベントでゲストに呼ばれた際には、自己紹介でご自分の名前を言うだけで、「おー!」と歓喜の声が上がるほどになっています。

これは悲しい現実ですが、この方が、スポーツカーを楽しむだけの動画を上げ続けていたら、この様な存在になる事はなかったかもしれません。

勿論、この方の語り口や人柄、また動画の演出が素晴らしいからこその人気だとは思いますが、車中泊に特化したから、というのもあるでしょう。

それだけに日本におけるクルマ、というものの存在が変わってきているのだと思います。
確かに、一般道で運転する楽しさを追求する場合、限界があります。

今は、ジャーナリストが一般道を走行するシーンを動画で上げた場合、実際に速度制限を超えていなくても、「車窓から見える景色の流れが速すぎるので制限速度をオーバーしているのではないか」とコメントが寄せられます。

そう、運転を楽しむ=交通法規に抵触している。というイメージすら定着しています。

そんな状況でしたら、合法的に車中泊が出来る場所であれば、停まって、車中での楽しみ方を見つけ、車の中で眠り、朝を迎える動画であれば、何も問題は起きず、自信を持って動画を上げられるというものです。

動画を上げなくても、そもそも最近のクルマの性能を公道で発揮して楽しむのは、難しいというものです。

クルマの性能をフルに使って楽しめたのは70年代までで、80年代以降のクルマは少なくとも公道では「無用の」性能を持ち合わせる様になり、コンプライアンス意識が高まった昨今では、「走るより泊まる方が安心して楽しめるようになった」ということかもしれません。

それでも私は、クルマに泊まるよりも走る事が好きなまま人生を終えると思います。

良くも悪くも、私にとって、クルマを運転する事だけが人生の楽しみですので、これは変わらないでしょう。

安東弘樹

MORIZO on the Road