9年の眠りから目覚めた愛車はシングルナンバー。1968年式スバル360スタンダード(K111型)

たかがナンバー、されどナンバー。

前オーナーから古いクルマを引き継ぐ際、それまで使われてきたナンバーを気にするかどうかは人それぞれだ。

気づけば、クルマのナンバーは「3ケタ」が主流だ。さらに最近では「30A」のように、アルファベットが含まれるものもある。これらのナンバーがどうも古いクルマには似合わないと感じてしまうのは、筆者の思い込みや偏見なのだろうか…。

いまや、2ケタナンバーが貴重な存在となりつつあるなか、今回のクルマはさらにその上をいく正真正銘の「シングルナンバー車」だ(お見せできないことをお詫びしたい)。今回は、少年時代からスバル360に憧れを抱き、縁あってこの貴重なシングルナンバーの個体を手に入れ、見事に復活させたオーナーのストーリーをお届けしたい。

「このクルマは1968年式スバル360 スタンダード(K111型/以下、スバル360)です。手に入れてから11年。しばらくは実家のガレージで眠っていましたが、走れる状態に復元し、2年前に路上復帰しました。これまで走った距離は2千キロ前後でしょうか…」

スバル360は、1958年にデビューした小型車だ。1955年、当時の通商産業省(通産省)が打ち出した「国民車構想」に応える形で誕生したクルマである。国民車。それはつまり、実用的で庶民が手の届く価格帯のクルマを意味する。この構想からわずか3年でスバル360の発売にこぎつけたことは、当時の開発陣の血の滲むような努力と執念の結晶といえよう。事実、スバル360は「てんとう虫」という愛称がつけられるほど国民に受け容れられ、累計台数39万台を記録するほどのヒット作となった。当時の人気は現代においても衰えることはなく、こうして半世紀以上経ったいまでも元気な姿が見られるのだ。

オーナーのスバル360のボディサイズは全長×全幅×全高:2990x1300x1360mm。これは当時の軽自動車規格に適合したサイズである。スバル360は12年間も生産され、その間にボディやドアウィンドウ、ダッシュボードなど、細かな改良が何度も行われた。その微妙な差異を見分けることが、マニアにとっては楽しみのひとつなのだろう。オーナーの個体は1968年式であり、モデルライフのなかでは中期型にあたるという。

余談だが、スバル360はスバルブランドの起源といえるクルマであり、創立から120年という歴史を持つ日本機械学会による「機械遺産」としても登録されている。もはや文化遺産として語るべき存在なのだ。

さて、改めてオーナーがスバル360に魅せられたきっかけを伺ってみることにしよう。

「初めてスバル360というクルマを意識したのは中学生のとき。当時人気だった“チョロQ”のラインナップのなかにこのクルマがあったんですね。“かわいいクルマだな、いつか乗ってみたいな”と思ったことがきっかけです」

それから一途にスバル360のことを想いつづけたオーナー…かと思いきや、運転免許を取得し、自分のクルマを所有するころには別のクルマに「ハマって」いくことになる。

「日産サニー(B110型)を中心にハマりましたね。手に入れたクルマを改造して峠道を攻めたりしていました。いわゆる“走り屋”です。その後は、地元の仲間たちとアウトドアに夢中になってダットラ(ダットサントラック)を所有していた時期もあります。ジャンルは違えど、とにかく手に入れたクルマはいじる!そんな時代が続きました。いま52歳ですが、このスタンスはこれから先も変わらないかも…しれません(笑)」

とはいえ、スバル360の存在は常に心のどこかで気に留めていたようだ。その秘めた引力の強さが功を奏したのか、オーナーに運命の出会いが訪れる。

「スバル360はいつか乗りたいと思っていましたが、自分にとっては高嶺の花でした。それがあるとき、営業先である修理工場の片隅にこのスバル360がホコリをかぶった状態でぽつんと佇んでいたんです。ここの社長さんが所有するクルマとのことでした。希少なスタンダードというグレードで、しかも私の住まいであればシングルナンバーを引き継げる個体だったんです。“これは俺が乗るクルマだ!”と思えるほど、運命を感じましたね。社長さんに“このクルマを譲ってくれませんか?”と尋ねたところ、答えは『ノー』。それから仕事で伺うたびにこのクルマを見せていただき、私の想いを伝える日々が続きました。そしてある日、社長さんが『いつ(このスバル360を)持って行くんだ?』とおっしゃってくれたのです。想いが通じた瞬間でした。初めての出会いから1年という月日が流れていました」

オーナーが1年がかりで口説き、ようやく少年時代からの憧れだったクルマを手に入れることができた。まさに「一念岩をも通す」だ。いま、この記事に目を通してくださっている方で、現オーナーと交渉中である場合、あせらずじっくりと想いを伝えてみて欲しい。時間はかかるかもしれないが、いつか必ずその「熱意=本気度」が現オーナーに届く日が訪れるはずだ。

シングルナンバーだったのは運命のいたずらか、それともオーナーが「このスバル360に選ばれた人」だからなのか…。いずれにしても、オーナーの引力の強さがもたらせた不思議な縁であることは間違いなさそうだ。路上を走り出したのは2年前だということは、9年間はガレージで眠っていたことになる。それをオーナー自ら「路上復帰」させたという。路上復帰させるにあたり、オーナーが手掛けた箇所はどのあたりなのだろうか?

「念願かなって譲り受けたこのスバル360ですが、決して良好なコンディションとはいえませんでした。実家のガレージのなかで眠っているあいだにコツコツと部品を集めましたが、他の愛車(マツダ ポーターキャブ、日産サニー B110型)のコンディションを維持したりと、思うように修復作業が進みませんでした。

ちなみにグレーのボディカラーは、サフェーサーを意識してマットグレーに“自家塗装”しています。この色は暫定仕様で、いずれヤングSS純正色のレモンイエローにペイントする予定です。エンジンは、この時代のスバル車に詳しい友人の力を借りてオーバーホールしました。その後、自ら32パイのソレックスキャブレターを装着しています。それに併せて、燃料ポンプとレギュレーターを追加装着しました。シートも、前オーナーさんが白い生地に張り替えていたので、染めQで黒く塗り直しました。その他、燃料コックとフィルターを追加・移設したり、可能な限り自分で直しましたね…」

時間をかけて、じっくりとていねいにここまで仕上げてきたことが伺える。しかも現在進行形で、まだ完成ではないという。一見するとオリジナルのように見えるが、実はさまざまなモディファイが加えられている点もオーナーのこだわりだ。

「そうなんです。純正っぽく、さらに当時モノの雰囲気づくりにはかなりこだわって仕上げています。ステアリングはスバルR-2SS純正、スピードメーターはスバル360ヤングS純正に交換しています。シフトノブはマーシャル製の当時モノ。ダッシュボードの3連メーターを取り付けた部分は、もともと、グローブボックス(小物入れ?)が取り付けられていたんですが、大森製のメーターも初期モノにこだわって装着しました。ホイールも、あえてオリジナルのものを専門店に依頼してワイド加工しました。リムの溶接痕が残ってしまうとのことだったので、自分でスムージングして平らにして、塗装はプロである友人に頼んでいます。マフラーはヤングSSの純正ですが、マフラーカッターはホームセンターで買ってきたパイプを取り付けているんです(笑)。他にも挙げたらキリがありませんが、“さりげなさのサジ加減”は、これまでさまざまなクルマをいじってきた経験が活かされていると思います」

声高に愛車のモディファイを主張しない分、クルマに詳しくない人にとっては「かわいいクルマ」に映るだろう。しかし、マニアが見れば「オーナーさん、こだわっていますね」と、 このスバル360を介してクルマ談義に花が咲くに違いない。そんな、誰もが笑顔になれる見事な仕上がりは、オーナーとセンスと、これまで積み重ねてきた経験値の高さを感じずにはいられない。最後に、現在の愛車と今後どのように接していきたいか伺ってみた。

「このクルマのエンジン音、匂い、佇まい…。ありとあらゆる点がお気に入りです。それだけに私にとっては離れがたい存在です。これからも、時間が許す限り、いつまでも乗り続けたいです」

せっかくの機会だから…ということで、オーナーから奥さまへ感謝の気持ちを伝えたいという。

「私の住まいから実家のガレージまでは1時間くらいの距離にありまして…。月に1~2回程度、休みの日は、ほぼ1日、実家でクルマいじりをさせてもらっています。そんなわがままを許してくれる妻には感謝の言葉しかありません。クルマいじりができるのも、妻の理解があってこそですからね。私も、できるかぎり家事をしたり、言葉だけでなく行動でも示していきたいです」

妻帯者にとって、休日は自分のためだけの時間ではない。ご主人がクルマで出掛けているあいだも、奥さまが家事をしたり、食事の準備をしているケースもあるだろう。それを当然と思ってはいけない。オーナーのように、奥さまのことを気づかい、行動に移すことではじめて大手を振って(?)クルマの趣味が謳歌できるというものだ。

シングルナンバーを持つこのスバル360は、他県オーナーのところに嫁いだことがない「箱入り娘」だ。スバル360というクルマに憧れ、このナンバーを受け継ぎ、終生大切にしてくれる現オーナーのところに嫁いだことは本当に幸運だといえる。今日も、日産サニーやマツダ ポーターキャブなど、懐かしい日本車たちとひとつ屋根の下で暮らしながら、オーナーがやってくる日を心待ちにしているに違いない。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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