車重1230kg、260馬力のフィーリングは永遠に色褪せない。1992年式ポルシェ・911カレラRSベーシック(964型)

自他ともに認めるクルマ好きであれば、ポルシェ・911という存在を知らない人はまずいないだろう。

ポルシェ・911は本当に罪なクルマだと思う。ホンの僅かな時間でも、ポルシェ・911に同乗したり、運転するだけで虜にさせてしまうだけの強烈な個性を秘めているからだ。

そして…ここからが運命の大きな別れ道だ。「このクルマを何としても手に入れたい!」と奮起するか、「自分には縁遠い存在だ…」と諦めてしまうかで、その後の人生が劇的に変わってくる。

前者の道を選んだ場合、関連する本を片っ端から買いそろえていく人、深夜のショールームに赴き、夜な夜な憧れのポルシェを眺め続ける人、自分の愛車のナンバーや携帯電話の番号をポルシェにまつわる数字にしてしまう人…。アプローチはさまざまだが、端から見て滑稽とすら思えることでも、当の本人は超がつくほど大まじめだったりする。「いつかポルシェを、911を買ってやる!」そして、夢を現実にした人だけに見える世界がある。それは何か?ポルシェ・911を手にした瞬間、今度は「自分の理想の911像」を追い求めることになる。こうしてさらなる深みへと誘われていく…。まったくポルシェ・911は罪なクルマとしかいいようがない。

今回のオーナーも、20代後半で強烈なポルシェ体験をしたことがきっかけとなり、現在の愛車にたどり着いたという、根っからの「ポルシェ・911好き」のようだ。

「このクルマは、1992年式ポルシェ・911カレラRS(以下、964RS)です。この個体を手に入れたのは12年ほど前、現在のオドメーターの走行距離は5万キロを超えたあたりです。私が手に入れてからは2万2000キロくらい乗りましたね。このクルマがデビューした当時に読んだモータージャーナリストである吉田匠さんのインプレッション記事が忘れられず、以来、いつか必ず手に入れたいと思っていたクルマだったんです」

1964年にデビューしたポルシェ・911は、2018年に8代目となる「992型」へとフルモデルチェンジを果たしたばかりだ。オーナーが所有する「964型」は3代目にあたり、1989年にデビューを果たした。この964型の時代には、「ティプトロニック」と呼ばれるAT車が採用されたことや、「カレラカップ(あるいはスーパーカップ)」と呼ばれるポルシェ・911によるワンメイクレースが開催されるなど、幅広いユーザーへと門戸を開き、現代に通ずる礎を築いた時代のモデルといってもいいかもしれない。

そして、964型では多くの限定車やスペシャルモデルが生産・販売された。なかでもオーナーが所有する「964RS」は、多くのポルシェフリークにとって特別な存在である。「ナナサンカレラ」こと、1973年に発表された911カレラRS2.7の血統を受け継ぐモデルとして、1991年に開催されたジュネーブモーターショーで発表、1992年に2051台が限定生産(諸説あるが、この台数が有力な数字のようだ)され、日本にも220台前後が正規輸入されたという。当然ながら1992年モデルのプライスリストにも964RSの記載があったわけだが、国内発売の開始直後にはほぼ完売となってしまい、悔しい思いをした人もいたようだ。

日本に上陸した964RSの大半がエアコン・オーディオ・パワステ・パワーウィンドウ、リアシート等の装備が省かれ、代わりに2脚のレカロ製フルバケットシートが装着された「ベーシック」バージョンだった(オーナーの個体もベーシックバージョンだ)。そして、ごくわずかではあるが、快適装備が残された「コンフォート」バージョンも上陸している。

964RSのボディサイズは全長×全幅×全高:4250×1660×1270mm。排気量3600cc、「M64/03型」と呼ばれる空冷水平対向6気筒エンジンの最高出力は260馬力を誇る。なお、スタンダードのカレラ2のボディサイズは全長×全幅×全高:4245×1660×1310mm、エンジンの最高出力は250馬力となっている。カレラ2と比較して40mm下げられた車高、わずか10馬力のパワーアップと聞くと、それほどの差異は感じられないかもしれない。しかし、注目すべきは車重だ。カレラ2の1350kgに対して、964RSは1230kg(ベーシックバージョン)と、120kgもの軽量化に成功している。その代償として快適装備が省かれ、アルミ素材が多用され、通常よりも薄いガラスが車体の一部に採用され、さらにより軽量なマグネシウムホイールが標準装備されている。素人目には両車の違いはそれほど明確ではないかもしれないが、“Renn Sport” の略語であるRSの名を冠する911は伊達ではない。アイドリングのままクラッチをつないだその瞬間から明確な違いがあるのだ。では、オーナーが964RSにたどり着くまでの経緯を伺ってみた。

「最初のクルマはホンダ・Z GLでした。その後はスターレットやカローラ、スバル・R2など、国産車を乗り継ぎましたね。ポルシェ・911に初めて乗ったのは20代後半のときでした。職場の同僚の友人の1973年式のポルシェ・911S スポルトマチックに乗せてもらったんです。このときは助手席でしたが、ドアを閉めるときの感触にまず驚きましたね。まるで金庫の扉のようだと感じたことを今でもはっきりと覚えています」

やはり、それだけ911体験は強烈だったということか?

「そうですね。当時の日本車とはあきらかに造りが違うことを痛感しました。それからはもう、ポルシェ・911のことばかり考える日々でしたね…。それからしばらくして、1980年式911SCとの縁があり、購入に踏み切りました。念願のポルシェ…。納車後にクルマ屋さんから帰宅するまでの道のりは緊張しっぱなしでした。帰宅するまでの道中、トランスミッションに違和感がある…と気になりつつも、はじめてのドライブだから慣れていないし、自分も緊張しているのだろうと思いきや…。後々になって調べたら、3速のミッションが酷使されていたんです。エンジンをバラしてみると、他にもおかしな点が見つかりました。そこで意を決して、エンジン・ミッション・足まわり、すべてに手を入れたことで、劇的にフィーリングが改善されたことに感激しましたね。その後、素晴らしいコンディションを保った1987年式911カレラ、1976年式911 カレラ3.0と乗り継いでいきました。1976年式の911はエンジンが3.2リッターにボアアップされた個体で、抜群のフィーリングを誇っていましたが…。あるとき、高速道路を走行中にエンジンが壊れてしまい、修理しようにも同じ部品は手に入らないことが判明。それならば、いっそ憧れの存在だった964RSを手に入れよう…と決心した瞬間でした」

3台のポルシェ・911を乗り継ぎ、憧れの存在であった964RSの購入を決意したオーナー。初対面のときのことは今でもはっきりと覚えているという。

「信頼しているショップに探してもらって、数ヶ月経ったときのことです。『程度の良い964RSが見つかったよ』と連絡があったんです。その話をいただいた時点で購入の意思は固まっていましたが、ショールームに実車があるとのことで観に行ったんです。通りの向かいにあるショールームに収まっている赤い964RSが目に留まったその瞬間『このクルマを買おう!』と決めましたね。今ほどではないにせよ、12年前の時点でも964RSの相場は上がりはじめていたので予算的には厳しいものがありましたが、無理してでも手に入れてよかったと思っています」

ポルシェが好きな人でなくとも、ここ数年の「空冷エンジンを搭載したポルシェ・911の価格高騰」に関する何らかの情報を目にしたことがあるだろう。ここ最近、多少は落ち着いたようだが、いまだに当時の新車価格をはるかに超えるプレミア価格で取引されているケースも少なくない(オーナーが所有する964RSも例外ではない)。オリジナルコンディションを維持し、走行距離が少ない程度良好の個体は、海外の有名なオークションでも高値で取引されている。日本から海外へと流れていった個体を見掛けることもしばしばあり、複雑な思いで動向をチェックしている人もいるだろう。

そんな名実ともにスペシャルな存在である964RSを実際に手に入れてみて感じたことや、接するうえでのこだわりは?

「俺もついに手に入れたか!という想いが実感できましたね。実際に所有してみて気がついたんですが、パワステが装備されていませんし、思った以上にハンドルが切れないんです。車庫入れのときは特に大変でしたよ。それと…オリジナルの雰囲気が好きなので、モディファイは最小限に留めています。ストラットバー、964RS3.8用のフロントリップスポイラー・993RS用のホイールクレスト・カレラカップカー(ワンメイクレース用車両)用のパイプに交換したくらいです。いずれも、すぐにオリジナルの状態に戻せる部品ばかりです。純正のマグネシウムホイールは再塗装せず、敢えてこのままです。剥離剤によってホイールにダメージを与えるらしいんです。このマグネシウムホイールを履いてこそ964RSだと思っていますから」

最後に、今後このクルマとどう接していきたいのか?意気込みを伺ってみた。

「今、私は58歳です。おそらくこの964RSが『アガリの1台』となるでしょうね。12年間所有していても、代わりになる存在が見つからないんですよ。964RSよりも後に造られたRSやGT3にはエアコンやパワステが標準装備されていますし、この964RSこそが、ナナサンカレラ(カレラRS2.7)の時代の雰囲気を色濃く残す最後の911だと思っています。いつまでも964RSに乗っていられるように、体力は維持しておきたいと思いますね。実は、趣味でマラソンをしているのですが、フルマラソンでもまずまずの高タイムで走れるんですよ!」

オーナーによると、よほどポルシェ・911が好きな人でない限り、このクルマが964RSだと気づかれることはないようだ。確かに、見た目はスタンダードモデルにあたるカレラ2とほとんど相違ないし、“964RS仕様”にモディファイされたらさらに識別が難しくなる(マニアックな視点で見比べれば明確な違いがあるにせよ、もはや間違い探しに近いレベルだ)。

スペシャルなポルシェ・911オーナーであることを声高に主張せずとも、しかるべき場面ではエンジンをきっちりと「ブン回す」し、もちろん、日々のメンテナンスにもぬかりはない。愛用のキーホルダーにも並々ならぬこだわりを感じる。さらに、このクルマに乗り続けるために体力もキープするだけでなく、願わくば後世にもこのままの状態を維持して受け継いでいきたいと考えているようだ。

964RSの存在意義や価値を理解し、クルマだけでなく自身のコンディションを維持しているオーナーに対して、僭越ながら改めて敬意を表したいというのが偽らざる本心だ。

実は、今回の取材後「いいオーナーのところに嫁いだなあ…」と、964RSに思わず声を掛けてしまった。後になって振り返ると、恥ずかしいような、照れくさいような。たぶん、オーナーには聞かれなかったと思う。別れ際、思わず真紅のポルシェにそう声を掛けずにはいられなかったのだ。2051台分の1の真紅の964RSは、これからもドイツから遠く離れた日本で幸せに暮らしていくのだろう。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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