28歳のオーナー自らMT化!玄人をも唸らせる2010年式日産 キューブ(Z12型)改

ネットで調べれば、あらゆる情報が得られる時代。

だがそれは、誰かがすでに調べたり、試したことを意味する。どこかの誰かが道を切り拓いたから得られた情報だ。今回、取材したオーナーは情報を得る側ではなく、“発信する側”にいる人だ。自ら考え、応用したうえで解決方法を導きだすほど強い探求心を持つオーナーを紹介したい。自動車関連業に従事するオーナーは28歳の男性。愛車は日産 キューブ(Z12型/以下、キューブ改)だ。

このキューブ改は大変めずらしい仕様だ。エンジン本体は「あえて」ノーマルだが、トランスミッションはオーナー自身の手でATからMTへと載せ換えられている(もちろん、ドライブシャフトをはじめとする駆動系も含めて、だ)。本来のキューブはコラムシフトATだ。そのため、日産 NV200バネット用のMTが流用されているのだ。

ベースとなっている日産 キューブのボディサイズは、全長×全幅×全高:3890x1695x1650mm。排気量1498cc、直列4気筒DOHCエンジン「HR15DE型」が搭載され、最高出力は109馬力を発揮する。

オーナーが所有する個体は、2009年に追加されたグレード「15X」で、年式は2010年式。現在の走行距離は約18万kmだという。手に入れてから3年半、約4万kmを走行しているそうだ。しかし、なぜMT化を思い立ったのだろうか。まずは愛車遍歴から伺った。

「最初の愛車は日産 マーチ(K12型)でした。マツダ ロードスター(NB型)、ホンダ ビートを経て、ドリフト用として日産シルビア(S14型)やスカイライン(R34型)に乗っていた頃はサーキットに通っていました。ドリフトをはじめたきっかけは、中学生の頃に知ったURASの代表・のむけんさん(野村謙氏)に憧れたからです。URASのマシンと同じなのでスカイラインにも乗ったんです」

走りに熱中していたオーナーが、趣の異なるクルマに乗ろうと思った経緯は?

「生活環境の変化もあり、コンパクトカーに乗りたいと思ったからです。もともと用途に応じて乗り分けることが得意ではなくて、1台ですべてを兼ねたいタイプなんです。室内がゆったりとしたクルマを思い描いていると、キューブが候補に浮かびました。そしてタイミング良く売られていたこの個体を手に入れたんです。

実際に乗ってみると良いクルマでしたが、欲を言えば『ライダー(外装がカスタムされたグレード)』に乗りたかったので、中古の純正パーツを集めてライダー風の外観に仕上げています」

この個体の外装は、納車後にオーナーによって「ライダー」の純正パーツが装着されており、一見シンプルな見た目だ。あらためてこの個体に施しているモディファイを伺ってみた。

「MT化の他にはホイールの5穴化、RAYS製のホイールをWTCC公認色のブルーに再塗装。内装はオーディオとメーターをUS仕様にしています。また、CUSCO製のストラットバー、ヘッドカバーをマーチニスモ用に交換、インテークマニホールドをルノー純正品に交換、CPUをハイオク仕様に書き換えています。内装のUS仕様は外国人のクルマ好きに気がついてもらえますね」

中でも特に気に入っている点は?

「やはり外観でしょうか。純正品をメインに仕上げたクルマを眺めていて心地よさを感じるのは、純正の優れた設計やデザインの奥深さなのだと思っています。それから装着しているタイヤも、とても気に入って選んだものです。TOYO TIRE製の『NITTO』というブランドで、横のデザインやリム幅のバランスの良さなどが好みです」

カスタムしていることを声高に主張せず、一見マフラーとホイールの交換くらいのさりげない外観に留めている点にオーナーの美学を感じる。このモディファイに「テーマ」はあるのだろうか?

「トヨタ GRヤリスへのリスペクトとささやかな抵抗です(笑)。さまざまな制約がある中で、良いものを造るというメーカーの姿勢がかっこいいと思ったからです。そこに刺激されて『GRヤリスを自分で表現するとどうするか』をテーマに挑戦しました。

GRヤリスのホイールが5穴なのでキューブも5穴にする際、ハブを入手してドライブシャフトを交換するとなったとき、公認が必要になりました。そこでどうせ交換するならMT化もしてしまおうと、NV200バネット用のマニュアルミッションを中古で購入したんです」

他車種の一部、しかもマッチングするかわからない移植作業の難易度は高かったはずだ。MT化で苦労した点を伺ってみた。

「配線の加工が大変でしたね。Dレンジに入っているときの配線を1本ずつ潰していくので手間が掛かっています。結局、自分にしか把握できない配線になってしまったので、他の人が触れられなくなってしまいましたが(笑)。さらにMT化したことで、ATのコンピュータに異常が出て走らなくなってしまったため、NV200バネットのコンピュータをベースに書き換えしました。さすがに書き換えの作業だけはGT-Rのチューニングで有名な『Bee☆R(ビーレーシング)』に依頼しました」

現在の不具合は?

「かなり改善されていますが、まだCVTとエンジンに関わる配線に不具合が出るので、そこを修正している最中です。それから、CVT用のエンジンマウントがガタガタになってしまったのでウレタンで強化しました」

制約の中で良いものを作るというあたり、まさにプロの思考だ。それでいて「これ見よがし」な点が、クルマはもちろんのこと、オーナーにも皆無だ。このあたりの潔さにただ者ではない気配を感じる。もはや、単なるクルマ好きではない。そんなオーナーの人生観を変えたクルマが存在するかどうかを尋ねてみた。

「今まで1990年代のクルマばかり乗ってきたうえ、2000年代のクルマをここまで手を入れながら乗ったことがなかったので、人生観を変えたのはこのキューブ改かもしれません」

今後めざす方向性は?

「もともと試行錯誤する作業が苦ではないので、誰かがやっていないようなことに挑戦してワクワクしながら取り組んでいきたいと思います」

最後に、このキューブ改と今後どのように接していきたいのかを伺ってみた。

「これまで、満足したら次のクルマに乗り換えていくカーライフを送ってきました。キューブ改も売却を考えた時期がありましたが、査定時に値段がつかないことや、トラブルを自分で解決してきただけに、これからも責任を持って乗って行きたいですね。特に配線は自分しか把握できていないので、本当の意味で“専用車”になってしまいました(笑)。

メンテナンスに関するマニュアルがないので試行錯誤を繰り返しましたが、あえてMTだけを載せ換えるとどうなるかがわかりましたし。キューブ改によって得られた経験は、今後の仕事にも生かしていければと思います」

オーナーの話を伺いながら、純正品の良さを理解し尊重したモディファイに感銘を受けた。しかも費用を抑えるべく、中古部品を中心にかき集め、現在の形となったのだ。マニュアルがないだけでなく、経験と勘、そして応用力、何より根気が問われる。

何しろ、あえて誰もやっていない「道なき道」を切り開いてきたのだ。その苦労は計り知れない。そんなオーナーに向けて「もっと簡単にできる方法はいくらでもあるじゃない」と声を掛ける行為自体が野暮な話だ。そんなことははじめから百も承知なのだから。その試行錯誤の積み重ねが、オーナーのクルマづくりのセンス、そしてクリエイティブさに磨きをかけてきたことは紛れもない事実だ。

オーナー自身の理想を形にしたクルマがこのキューブ改であるわけだが、オリジナルのクルマの素材を存分に活かしつつ、中身に重きを置いた玄人好みの仕上がりだ。この手法はまさに、RUFやアルピナ、トミーカイラなどに通じるものを感じる。もしかしたら、このオーナーはやがて理想を形にしたクルマを造り上げる名チューナーとなるかもしれない。そんな予感を現実にしてくれるであろう人物と出会えた高揚感とその余韻に浸りつつ、帰路についた。

(編集:GAZOO編集部 / 撮影: 古宮こうき)

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