フィアット帝国の光と影(2009年)
よくわかる 自動車歴史館 第38話
クライスラーとの連合で規模拡大を狙う
2014年5月、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)CEOのセルジオ・マルキオンネは経営5カ年計画を発表した。目標として、2018年までにFCAの年間販売台数を700万台とすることが明記されている。これは、約60%増にあたる野心的な数字だ。計画達成のためにジープの新市場を開拓し、アルファ・ロメオブランドで新たに8車種を投入するという。
クライスラーは2014年1月にフィアットに完全子会社化されており、今後は共通の世界戦略で規模拡大を狙っていく。FCAの本社がロンドンに置かれることも発表されており、イタリア最大の企業とアメリカビッグスリーの一角の結びつきは、本格的なグローバル化を目指していくことになる。
フィアットがクライスラーと業務提携を結んだのは、2009年だった。クライスラーはダイムラーとの合併が失敗に終わった後、世界金融危機に見舞われて経営破綻した。そこに手を差し伸べたのがフィアットである。ただ、フィアットも決して盤石ではなかった。依然としてイタリア最大の企業グループではあるものの、ヨーロッパの経済統合以降の自動車の売り上げはかんばしいとはいえなかった。フィアットの株式格付けは低く、“弱者連合”ともいわれた。
イタリア文化そのものであるフィアットがアメリカの会社と組むことは違和感を持たれがちだが、古くから両者には深い関係があった。初期のフィアットは、アメリカに人材を派遣して自動車文化を学び、効率的な生産方式を取り入れている。アメリカから技術を取り入れ、東ヨーロッパや中南米に製品を輸出するという戦略をとってきたのだ。
トリノで創業し、イタリアに帝国を築く
フィアットという名称は、Fabbrica Italiana Automobili Torinoの略で、直訳すれば「トリノのイタリア自動車製造所」ということになる。1899年7月1日、トリノのブリケザリオ伯爵家に集まった9人の名士が自動車会社設立の書類に署名したことが、すべての始まりだった。
養蚕業を営んでいたジョバンニ・アニエッリもメンバーの一人である。彼はフィアット社の株を3%所有していたにすぎなかったが、自動車事業に対する考え方は他の8人に比べてはるかに意欲的だった。アニエッリは参加するにあたり、「将来の展望の上に立って、真剣に会社運営を行う」よう注文をつけた。多くのメンバーが自動車を作ってレースに参加したいという程度の考えだったのに対し、彼はヨーロッパを席巻しているフランスの自動車会社に打ち勝つことを目指していたのだ。
事業が始まると、アニエッリが先頭に立って計画を推し進める。工場建設に適した土地を自ら探し、設備を買収して自動車生産を始めた。レースで勝利を重ねてフィアットの評判を高め、1902年にアニエッリは代表権を持つ取締役に就任する。1906年にはフィアット社を一度解散して資本金900万リラで新たに会社を興すという荒業を使い、経営権を完全に掌握した。
その直後にイタリアは深刻な不況に陥り、粉飾決算のスキャンダルなどもあって倒産の危機に見舞われる。しかし、アニエッリには運があった。1914年から始まった第1次世界大戦が、莫大(ばくだい)な利益をもたらしたのだ。軍用自動車や兵器を製造し、飛行機や船舶の生産にも手を伸ばした。さらに製鉄業や電気会社、保険や銀行にも業務を広げ、フィアット帝国とも呼ぶべき一大コングロマリットを築き上げたのだ。
自動車生産を近代化するために作られたのが、リンゴット工場である。トリノの北に建設された5階建てのビルで、らせん状のスロープを使って1階から上に向かって組み立てを進めていく仕組みだった。屋上には1周1.1kmのテストコースが備えられている。当時は世界最大の工場といわれ、フォードから学んだ最新のオートメーションで効率化を図っていた。
前途は順風満帆と思われたが、フィアットは政治の波に飲み込まれることになる。イタリアではファシスト党が勢力を伸ばしており、ムッソリーニが権力を握りつつあった。1920年代は、フィアットとムッソリーニがそれぞれの利益のために手を結んだ時代だった。フォードはイタリアに工場を建設することをもくろんでいたが、アニエッリはムッソリーニに働きかけて進出を阻止した。フィアットはファシスト政権の保護を受けて、自動車生産を飛躍的に伸ばし、重工業部門でも巨大な力を蓄えた。
戦災を乗り越え国外に進出
アニエッリは最終的にファシスト党員になるが、彼自身はムッソリーニに政治的共感を寄せていたわけではないようだ。彼の興味は、会社を存続させ、拡大することにあったのである。実際、ムッソリーニの意向に沿わない事業も行っている。1939年に、フィアットはフランスに2000台の軍用トラックを輸出した。イギリスには飛行機のエンジンを売り、ハンガリーやスペインに戦闘機を供給した。まだ戦争は始まっていなかったとはいえ、敵となる可能性の高い国に武器を輸出するのは尋常ではない。
戦争の末期にイタリアの敗色が濃厚になると、フィアットは将来を見据えて周到な作戦を取った。ドイツ軍の支配下で兵器を生産したが、出来上がった製品の数は実際の能力をはるかに下回った。一方でひそかにパルチザン活動を支援し、連合軍と接触を持った。ドイツ軍に面従腹背で接し、解放の日を待ったのである。作戦は功を奏し、アニエッリは対独協力者として非難されることを免れた。フィアットも企業として存続することが認められる。それを見届けて、アニエッリは1945年12月に生涯を閉じた。
アニエッリの息子のアンドレアは若くして飛行機事故で亡くなっており、孫のジャンニはまだ若かった。フィアットを率いることになったのは、アニエッリの腹心の部下だったヴィットーリオ・ヴァレッタである。すでに彼は戦争中から実質的にフィアットのかじ取りを行っていた。ヴァレッタは戦争で打撃を受けたフィアットを見事に立ち直らせ、1946年に5000台だった自動車生産を、20年後の1966年には170万台にまで引き上げる。フィアットグループは、イタリア経済の潜在工業力の11%を占めるようになっていた。
ヴァレッタから経営を引き継いだジャンニは、労働者のストライキに苦しめられることになる。イタリアは驚異的な経済発展を遂げていたが、それは南部の農民が北部の工場で働くことによって支えられていた。労働強化と低賃金に対する不満は、過激な労働運動となって爆発した。争議は長く続き、ようやく解決したのは1971年である。生産性の低下は尾を引き、利益率は劇的に低下した。負債が積み重なって、危機的状況が訪れる。
ジャンニが選んだ方策は、奇想天外なものだった。リビアのカダフィ大佐からの出資を受け入れ、財務を健全化する道をとったのである。テロリスト国家と目されていたリビアと手を組むのは、危険な賭けとも思われた。しかし、フィアットの株価は急上昇し、その後パンダやウーノがヒットすることで経営は改善したのである。政治と商売を分けて考えるという祖父の方針は、孫にも受け継がれたのだ。
フィアットは国外進出の意欲が強く、1934年にはフランスにシムカを設立してノックダウン生産を始めた。ドイツでもNSUフィアットを作っている。西欧にとどまらず、ポーランドにも子会社を作ってライセンス生産を行っていた。戦後になるとスペインにセアトを設立し、冷戦下にもかかわらずやはり東欧に進出した。ユーゴスラビア、ポーランド、ソ連に立て続けに工場を建設し、ライセンス生産を行っている。フィアットはイタリアのドメスティックな企業でありつつ、同時に早くからグローバル志向の強い体質を持っていたのである。
クライスラーと合体する道を選んだのも、これまでのフィアットの歴史を見れば得心がいく。これは、いかにもフィアットらしい決断だったのだ。
2009年の出来事
topics 1
三菱が量産電気自動車i-MiEVを発売
電気自動車の歴史は古く、19世紀から20世紀初頭にかけてはガソリン車と覇権を争っていた。しかし、バッテリーの重さと航続距離の短さがネックとなり、次第に姿を消していく。1990年代にはGMがEV1を発売するなどの動きがあったが、やはり普及しなかった。
環境意識が高まり、ハイブリッド車の普及が進む中、2000年代に入ると燃料電池車が注目されようになる。しかし開発はなかなか進まず、「走行時はゼロエミッションである」という電気自動車が次世代のクルマとして関心を集めるようになった。
技術的にも、バッテリーの性能が向上し、電気自動車の市販化が現実的になっていた。高性能なリチウムイオン電池を採用することにより、エネルギー密度を大幅に高めることができたのである。三菱は2006年に生産計画を発表してから電力会社の協力を得てテストを重ね、2009年にi-MiEVの販売を発表した。
ベースとなったのは軽自動車のiで、エンジンとガソリンタンクの代わりにバッテリーとモーターで走行する。16kWhのリチウムイオン電池は、直列に接続した88セルの3.7V/50Ahのバッテリーで構成されている。モーターは最高出力47kW(64ps)/3000-6000rpm、最大トルク180Nm(18.4kgm)/0-2000rpmで、0-80km/hを10.6秒で加速する。約200kg重量が増加しているにもかかわらず、加速性能はガソリン車の11.2秒を上回った。
航続距離は10・15モードで160kmとされたが、冷暖房の使用などにより実際に走行可能だったのは80kmほどだった。最初は官公庁向けの販売に限られ、一般向けに売られるようになったのは2010年4月からである。価格は459.9万円で、補助金の139万円を差し引いても320.9万円だった。段階的に価格の見直しが行われ、2013年には廉価グレードが245万9100円から買えるようになった。
topics 2
エコカー減税始まる
国土交通省は2000年に低排出ガス車認定制度を導入し、自動車の燃費性能を判定して公表する仕組みを作った。認定されたクルマには基準達成レベルを表したステッカーが貼られ、ひと目で環境性能がわかるようになったのだ。
この制度を基準に、2009年度税制改正で低排出ガス車の自動車重量税・自動車取得税が減免される特例措置がとられることになった。これが、いわゆるエコカー減税である。さらに購入補助金を支給する制度も実施され、環境対応車への買い替えを促した。ちょうど世界同時不況が発生していた時期で、経済を活性化させる狙いもあった。
燃費基準は段階的に強化されており、平成27年度燃費基準は平成22年度に比べてガソリン自動車の場合29.2%向上している。平成32年度燃費基準では、さらに19.6%の向上率となっている。
次世代自動車(電気自動車、プラグインハイブリッド自動車、クリーンディーゼル車、天然ガス自動車、燃料電池自動車)では重量税・取得税ともに全額免除となる。ガソリン自動車とハイブリッド自動車が全額免除を受けるためには、平成27年度燃費基準を20%上回る数値を達成する必要がある。
200万円ほどのクルマの場合、3年間乗ったとしてエコカー減税を受けると、車種によっては15万円ほど得する勘定になる。燃費性能が、製品の競争力に大きな意味を持つようになった。
topics 3
総選挙で民主党が圧勝して政権交代
2006年に小泉純一郎が自民党総裁を退任して以来、総選挙のないまま安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と首相が交代していた。この間に参議院選挙では自民党と公明党の連立与党が敗北し、いわゆるねじれ国会の状態が続いていた。
2009年の9月10日に衆議院議員の任期が満了するため、前年に解散総選挙が行われると目されていた。しかし、麻生内閣の支持率が高まらなかったこともあり、解散が先送りされた。それが裏目に出て、内閣支持率はさらに下落する。7月21日についに衆議院は解散され、8月30日に投票が行われた。
各党はマニフェストを掲げ、選挙戦を戦った。争点となったのは年金記録問題や少子化対策だったが、何よりも注目が集まったのは政権交代が実現するかどうかという点だったと言える。自民党のキャッチフレーズは「日本を守る、責任力。」で、民主党は「政権交代。国民の生活が第一。」だった。
民主党はこの選挙で308議席を獲得し、圧倒的な第一党となった。自民党は181議席を減らして119議席となり、連立与党の公明党は31議席から21議席となった。
民主党代表の鳩山由紀夫を首班とする内閣が成立し、支持率は70%を超えた。政治改革への期待は高まったが、鳩山首相が母親から巨額の資金援助を受けていたことが発覚し、普天間基地移転をめぐる問題が発生するなどして支持率は急落。266日間で退陣に追い込まれた。
【編集協力・素材提供】
(株)webCG http://www.webcg.net/
[ガズー編集部]
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