ウインカー――自動車のコミュニケーション(1938年)

よくわかる自動車歴史館 第100話

映画女優の“発明”

アメリカのゼネラルモーターズは、1938年にビュイックに電気式の点滅式方向指示器を採用する。それは“Flash-Way Directional Signal”と名付けられたもので、1940年までにセルフキャンセリングシステムを追加するなどして実用性を改善。スプリングやカムを使い、現在使われているものと基本的に同じ機構のシステムを実用化した。

ただ、自動車に方向指示器が装備されたのはこの時が初めてではない。自動車の数が少ない状況では問題は起きなかったが、台数が増え、ボディーが大型化してスピードが増すと、進路をまわりに知らせなければ危険が生じる。最初はドライバーが手信号によって進路を知らせていたが、後にボディーサイドに可動式の表示器を設置する方法が考案された。鉄道信号機の構造を応用したもので、腕木式、あるいは矢羽式と呼ばれた。進路変更時には、通常時は格納されているアームを飛び出させることで車両の進路を示す。ケーブルを介して操作し、離すと重力によって元に戻る仕組みだった。

腕木式や矢羽式と呼ばれた方向指示器。アームに電球が仕込まれたり、作動が機械式となったりといった改良が行われた。

電気式ヘッドライトが使われるようになると、アームの中にも電球を入れる方式が誕生する。視認性が向上し、夜間でも使用できるようになった。電気は腕木の動作にも用いられるようになり、モーターや電磁アクチュエーターなどによる自動化が進んでいった。

アメリカでは、方向指示器の初期の歴史に意外な人物が登場する。映画女優のフローレンス・ローレンスだ。彼女はサイレント時代に250本もの作品に主演しており、“映画スター第1号”といわれている。それまでは出演者が誰であるかが知らされることはなかったが、映画会社は彼女の名前をクレジットに出して観客にアピールした。これがハリウッドにお けるスターシステムの始まりである。

キャリア絶頂期の1914年、フローレンスは「auto-signaling arm」を“発明”する。フェンダーの後ろ側に設置し、ボタンを押すと電気信号が伝わって旗の付いたアームを上下させる仕組みだった。また、フットブレーキを踏むと自動的にSTOPというサインが跳ね上がるようにもなっていた。

人気女優が自動車のデバイスを開発するというのも奇妙な話だが、これは母親譲りの行動だったらしい。ボードビルの女優だった彼女の母シャーロット・ブリッジウッドは、1917年に自動ワイパーの特許を取得している。もっとも、自動車会社がその技術を採用することはなく、彼女に経済的利益はもたらされなかった。一方、娘のフローレンスは、そもそもウインカーの特許申請すらしなかった。

女優としての名声も次第に衰えていき、フローレンスは52歳の若さで服毒自殺する。それは、ビュイックが電気式方向指示器を採用したのと同じ1938年のことだった。

ゼネラルモーターズは1938年に、ビュイックに電気式方向指示器を標準採用。改良を重ね、今日のウインカーとほぼ共通のシステムを開発した。

視認性を高めるための細かな規定

方向指示器は、日本ではウインカーと呼ばれることが多い。英語ではblinker、あるいはturn signal、directional indicatorなどと表記される。ビュイックの方式は合理的で使い勝手もよかったが、すぐに普及したわけではない。電気式ウインカーが広まったのは、1950年代に入ってからである。それまでは腕木式か、あるいは手信号でも十分役割が果たせると考えられていた。

日本で普及が始まった頃は、ウインカーのことをアポロと呼ぶ人が多かった。後付けの腕木式方向指示器の生産を、アポロ工業という会社がほぼ独占していたからである。電気式ウインカーが一般化すると会社の業績は低迷し、サンウエーブ工業との合併を余儀なくされる。その後、サンウエーブ工業は住宅設備機器を扱うLIXILに統合されており、現在は自動車関連の装置は生産していない。

1937年に登場したダットサン16型セダン。Aピラーの前方に、後付けの腕木式方向指示器が設けられている。

現在では、ほとんどの国でウインカーの設置が義務付けられている。日本では保安基準に「車両中心線上の前方及(およ)び後方30メートルの距離から指示部が見通すことのできる位置に少なくとも左右1個ずつ」設置することが定められている。他車から確実に認識できるようにするため、ほかにも細かな規定がある。もちろん、必ず前後ともに取り付けなければならない。左右対称であることも求められる。ドアミラーウインカーを採用する場合には注意が必要だ。ドアミラーは左右で形状が異なるので、発光部の位置をずらす必要がある。

近年になって急速に普及したドアミラーウインカー。非視認性の高さやデザイン上の理由から導入が進んでいる。

「方向指示器の灯光の色は、橙色(とうしょく)であること」という項目もあるので、ウインカーの色はオレンジ色でなければならない。1973年以前は白色や乳白色も認められていたが、規定が変わったのだ。ブレーキランプは赤、ウインカーはオレンジ、後退灯は白と分けることによって、見間違いを防いでいる。ただし、バルブがオレンジであれば、クリアレンズを使ってもかまわない。

また、点滅は毎分60回以上、120回以下と定められている。ウインカー全体が光ることが前提で、ダンプカーなどに見られる“流れるウインカー”については言及されていなかった。2014年10月に保安基準が改められ、「連鎖式点灯」が許可された。すでにヨーロッパなどでシーケンシャルフラッシャーが採用されるようになっており、それに合わせて規定を変更したのだ。アウディがA8などに装着しているダイナミックターンインディケーターは、LEDで流れる光を演出している。

アウディA8のヘッドランプに内蔵された、ダイナミックターンインディケーター。内側から外側へと、流れるように光が点灯する。

“目”を使わないダイレクトなコミュニケーションへ

ウインカーレバーはステアリングコラムに設置されている。日本車では右側だが輸入車は左のことが多く、慣れないと間違えてワイパーを動かしてしまうことがある。

実は、両者の違いには理由がある。国際標準化機構(ISO)でウインカーレバーが左、ワイパーレバーが右と定められており、ヨーロッパ車はすべてこの方式に統一されているのだ。これについては右ハンドルのイギリス車でも同様である。一方、日本車は日本工業規格(JIS)でウインカーレバーが右と規定されていることに従っている。MT車ではシフトノブとウインカーレバーが同じ側にあると使い勝手が悪いからとされている。今では、ISOに働きかけを続けた結果、規定は変更されて左右どちらでも許容されることになった。

ジャガーXJのインテリア。ヨーロッパ車では、左ハンドル車はもちろん、右ハンドルのイギリス車でもウインカーレバーの位置は左で統一されている。

輸入車でも、日本仕様では右側にウインカーレバーを設置する場合があった。2000年代初頭のキャデラックやサターン、ヒュンダイなどは、右ウインカーレバーを採用している。トヨタのキャバリエやヴォルツなどのOEM車も、日本車にならった方式である。メルセデス・ベンツも右ハンドルには右ウインカーレバーだったことがあったが、その後ウインカーとワイパーのレバーを統合して、左に設置するようになった。

かつて日本でも正規販売されていた、韓国車のヒュンダイ・ソナタ。ヒュンダイは、日本仕様の車両については右ウインカーレバーを採用していた。

道路交通法施行令では、右左折の際に30m手前でウインカーを作動させるように指示されている。曲がりきったら、その時点で点滅を終了させなければならない。ただ、ウインカーにはハンドルを戻すとキャンセルされる機構が付いているので、手を使わなくても自然に戻るようになっている。

車線変更でもウインカーを使うが、この場合は3秒前に作動させることとされている。ただ、右左折と違ってハンドルの操作量が小さいので、自然にキャンセルされないことが多い。手で戻す手間を減らすため、ヨーロッパ車ではレバーに軽く触れると数回点滅して元に戻る機構が採用されている。最近では日本車にもこの方式が取り入れられるようになってきた。

また、近年ではカメラを使った運転支援システムで、車線逸脱を防止する装備が登場している。車線をはみ出しそうになるとドライバーに警告したり自動的にステアリングを修正したりするわけだが、車線変更をする場合には機能しない。ウインカーを作動させるとドライバーが意図的に別の車線に移ろうとしていると認識し、逸脱ではないと判断するわけだ。ウインカーは他車や歩行者に対してクルマの進路を伝えることが目的とされてきたが、ドライバーの意思をクルマに伝える役割も果たすようになったのだ。

一方、クルマ同士の“意思疎通”に関しては、高度道路交通システム(ITS)を利用した車々間通信の研究が進められている。車両位置や速度などの情報をリアルタイムに発信し、相互に認識しあうことで安全を確保するのだ。死角にあっても位置がわかり、危険を避ける事ができるという。これまで、手信号から電気式のウインカーに発展しても、人間の目を頼りにするという意味では原理は同じだった。双方向通信でダイレクトにつながるようになれば、自動車のコミュニケーションは新たな段階を迎えることになる。

クルマ同士の新しい情報交換技術として開発が進められている車々間通信。イラストはその技術を用いた前走車追従機能付きクルーズコントロールを解説したもので、車速の情報をやり取りすることで、よりスムーズかつ安全な前走車追従走行が実現できるという。

関連トピックス

topics 1

ダイナミックターンインディケーター

アウディは、2014年にフラッグシップセダンのA8にマイナーチェンジを行い、マトリクスLEDヘッドライトを採用した。カメラで車両や歩行者を検知し、適切な配光を行うものだ。ハイビーム用に片側で25個のLEDを使っており、配光パターンは10億通りに達するという。

同時に、ウインカーにも近年のアウディの特徴的な技術である、ダイナミックターンインディケーターが採用された。これはミドシップスポーツカーのR8から導入されているもので、コンビネーションランプ内のウインカーの光が、内側から外側に向かって流れていくものだ。まわりのドライバーや歩行者に、これからどちらの方向に曲がるのかをより直感的に伝えることが目的だという。

このダイナミックターンインディケーターは、A6やA7、Q3などでも採用されている。

topics 2

車線逸脱防止支援システム

衝突被害軽減ブレーキに用いられているカメラは、車線を認識することも可能だ。それを用い、ドライバーの意思に反してクルマが車線から逸脱することを防ぐのが車線逸脱防止支援システムである。逸脱を察知すると、警告音やディスプレイ表示でドライバーに危険を知らせる。シートを振動させて警告する方式もある。

さらに進んだ機能として、ステアリングの制御に介入して操舵(そうだ)補正を行う場合もある。パワーステアリングのアシストの量と方向を制御し、ドライバーに車線を保つためのステアリング操作を促すのだ。

高速道路での使用が前提となっており、日本の法規では65km/h以上で作動することが定められている。メーカーによっては、半ば自動操舵(そうだ)ともいえるほどに強く介入するものもあるが、もちろん、ステアリングホイールから完全に手を離して運転することは禁止されている。

高速道路での使用が前提となっており、日本の法規では65km/h以上で作動することが定められている。メーカーによっては、半ば自動操舵(そうだ)ともいえるほどに強く介入するものもあるが、もちろん、ステアリングホイールから完全に手を離して運転することは禁止されている。

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車々間通信

国土交通省と自動車メーカーは、ASV(Advanced Safety Vehicle)プロジェクトで先進安全自動車の研究を行っており、交差点での出合い頭衝突などの事故を減らすために、車々間通信の採用が検討されてきた。

それぞれのクルマが自分の位置やスピードの情報を常時発信し、まわりのクルマからのデータを受け取る。通信には光や電波が用いられ、位置関係と速度から衝突の危険性を察知するとドライバーに警告を発する。

ITSではクルマが道路上に設けられたビーコンなどから情報を受信する路車間通信も用いられているが、車々間通信はそれを補完するもので、災害時などでも独立に機能させることができる。

歩行者がRFIDタグを付ければ、歩車間通信が可能になって歩行者との事故も減らすことができる。自動運転の実現に向けても重要な技術となっている。

ASVの分野では、車々間通信だけでなく、歩車間通信や公共交通機関との通信についても研究されている。写真は広島市において、路面電車-自動車間通信型先進安全運転支援システムのデモンストレーション走行を行うマツダの研究車両。

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[ガズ―編集部]