買い物難民を救う? 乗り合い型交通システム「コンビニクル」

今、全国に広がりつつある「オンデマンド交通」をご存知でしょうか。オンデマンド交通システムを一言で表すと「運行経路を自動的に生成する低コストで効率的な交通システム」となるそうですが、これだけではよくわかりませんよね。

そこで、最新型のオンデマンド交通システム「コンビニクル」を開発した東京大学と、実際に予約型相乗りタクシー「カシワニクル」としてシステムを運用している柏市の担当者にお話を伺いました。取材に応じてくださったのは、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 稗方研究室研究員の本多建さんと、柏市役所 土木部交通政策課の大山祥司さん、石堀裕貴さんです。(以下、敬称略)

(左から)柏市役所 土木部交通政策課 石堀裕貴さん、大山祥司さん、東京大学大学院 新領域創成科学研究科稗方研究室研究員 本多建さん

――「オンデマンド交通」とはどのようなシステムなのでしょうか?

本多:簡単に言うと、「予約制の乗り合いタクシー」です。今、多くの地域で路線バスやコミュニティバスの廃止、高齢者の運転免許返納などによる「交通困難者」が増えています。その問題を解決するための手段として、オンデマンド交通があります。

――なぜ路線バスやコミュニティバスの廃止が相次いでいるのでしょうか?

本多:従来の路線バスは朝・夕の通勤通学による運賃で稼いでいました。しかし高齢化が進むと朝・夕の乗客が減ります。高齢者は昼間に通院や買い物などいろいろな目的で利用しますが、利用頻度は月1~2回程度です。多くの地域で導入されているコミュニティバスは、移動方向が多様化している需要を決められたルートでより多くカバーしようとしているため、時間がかかり不便だといった問題があります。であれば、「乗りたい人だけを選んで、必要な区間だけ乗せればいいじゃないか」というのがオンデマンド交通の基本的な考え方です。

――いつごろから始まったのでしょうか?

本多:高齢者の移動問題に対してオンデマンド交通の運行が始まったのは2000年ごろで、かつては「デマンドバス」と呼ばれていました。でも当初のサービスはレベルが低かった。というのも、配車ルートはオペレーター(人)が考えていたので、あまり難しいことはできなかったんです。例えば、AさんのあとにBさんの予約が入った場合、Aさんが直接行ける時間で予約を受けてしまったあとからBさんを乗せると遠回りになるので、Aさんの到着時刻が遅れてしまうことが普通でした。乗る人数が増えると考えるルートも複雑になり、オペレーターも相当苦労していました。

――たしかに、人力では限界がありますね。

本多:そこで私たちが開発した「コンビニクル」では、「予約受付」、「配車」、「運行ルートの計算」を自動的に行なうシステムを導入しました。高齢者はスマホを使えない人が多いのでオペレーターを置いていますが、オペレーターはシステムに入力をするだけ。運行ルートは一切考えません。その分、余裕ができるので、「あのおじいちゃん、足が悪かったな。じゃあ少し時間に余裕をとろうか」 「あのおばあちゃん、今週は予約入らないな。大丈夫かな」といった、見守り的なサービスも生まれています。もちろん、PCやスマホでも予約可能です。

――時間が遅れる問題については、どのように解決しているのでしょうか?

本多:9時30分に病院へ行きたいAさんの予約が入ったとします。病院まで20分だとすると、出発時間は9時10分でいいのですが、ゆとりをもって9時00分にお迎えに行きます。ゆとり時間を持つことで、仮にBさんの予約が入って乗り合いになったとしても間に合うのです。この「ゆとり時間」は地域の特性や距離に応じて、自動的にシステム上で判断、変化させています。

――コンビニクルを利用するのに、どれくらいのお金がかかるのでしょうか?

本多:かつてのデマンド交通サービスは導入費用に1,000~2,000万円かかっていましたが、コンビニクルはクラウドコンピューティングを使用しているので、初期費用は50万円ぐらいです。あとはランニングコストだけで運営できます。2016年12月現在、全国42か所で運行しています。

――利用者からはどのような意見がありますか?

本多:当初は「自宅近くで乗れる」、「自由な時間に乗れる」という評価でしたが、半年後には「外出する機会が増えた」、「クルマの中でいろんな人と話ができる」といった意見が増えたんです。詳しく聞いてみると、コンビニクルに乗り合うことで「クルマの中で友達になった」、「前から知り合いだったけど、より一緒に外出するようになった」と話していました。実際、ある地域では体操教室の参加者が5倍に増えるなど、高齢者の活動が活性化しています。オンデマンド交通や体操教室との因果関係はまだ不明ですが、利用者/非利用者の医療費を比較してみると、一人あたり年間2万円減っていました。

――すごいですね。まさか医療費の削減まで話が及ぶとは思いませんでした。

本多:医療費の削減については、これからその要因を詳しく調べなければなりません。公共交通の問題はただ「便利になりますよ」というだけではなく、広い視点で捉えないとダメだと思うんですね。事業としてどうやって成り立たせるか、お客さんをどうやって増やすのかも考えないと、交通問題は解決しない。これからは、高齢者が外出する目的意識をどう増やしていくかが課題だと思います。

――柏市では「カシワニクル」を運行していますね。どのようなきっかけで導入したのでしょうか?

大山:東京大学柏キャンパスで10年ほど前に始まった「オンデマンド交通システム」開発の実証実験に柏市も参画するなど、関わりがありました。一方、旧沼南町域で運行していたコミュニティバスは、1便あたり利用者が平均2人という状況でした。住民の移動手段を確保しつつ、より効率的な運用形態への転換が求められ、オンデマンド交通が地域特性に合うのではないかと考えたのが導入のきっかけです。タクシー事業者と共同で勉強会を開催するなど、既存の公共交通との役割分担も踏まえて、平成25年よりオンデマンド交通「カシワニクル」をスタートしました。

――利用料金はいくらですか? また、利用状況は?

大山:料金は同区域内が300円、区域をまたがると500円です。現在の利用者は1日あたり約20人とそれほど多くはないですが、今後も伸びていくのではないかと考えています。また既存のタクシー利用者が大きく減っているわけではないので、新たな需要の掘り起こしに成功していると考えています。目標は50人/日で、将来的には柏市の運営ではなく、タクシー会社による自主事業化を目指しています。

――これからの課題はなんでしょうか?

大山:まだまだ認知度が低いので、より多くの人に知ってもらう必要があります。また市民ニーズをふまえ運行区域をどう設定するか、現状あるバスやタクシーとの役割分担をどのように考えるか、という問題もあります。

本多:事業性の問題と、需要をどう広げていくかですね。高齢者の方が元気に生活するために、どう活用してもらえばいいか。また、「自動運転」も今後はテーマになると考えています。

地方だけではなく、都市部でも問題となりつつある「交通弱者」や「買い物難民」の問題。ひとつの解決策としてオンデマンド交通が出てきたわけですが、収益性や需要の掘り起こしなど、まだまだ課題も多いようです。今後ますます高齢化社会が進む中、決して他人事では済まされない問題だと感じました。

(村中貴士+ノオト)

[ガズー編集部]