ホンダの最新工場が取り入れた、世界初の製造ライン

2016年3月、タイでホンダ車の生産販売を行う合弁会社「ホンダオートモービル(タイランド)カンパニー・リミテッド」は、タイ国内で「アユタヤ工場」に続くふたつ目の工場となる「プラチンブリ工場」を建設し、操業を始めました。

ホンダにとって世界でもっとも新しい工場となる同工場は、4輪量産車の組み立て工場としては世界初となるコンセプトを採用。それが完成車生産のメインラインに組み込まれる「ARC(アーク)ライン」です。今回、操業開始から1年を経て本格稼働に入った現地を訪れ、工場を見学することができたので、ARCラインを始めとするその特徴を紹介しましょう。

溶接ロボットの稼働率が40%向上

従来よりも小型軽量化された溶接ロボットを採用したことで、溶接ラインではロボットを設置する間隔を狭くでき、近い範囲にたくさんのロボットが置けるようになりました。そのため、1台の車体に対して多くの溶接ロボットが同時に作業できるようになり、ロボットの稼働率(動いている時間)が拡大。なんと40%も稼働率が高まったというから驚きます。

水でコンベアを動かす「水搬送」でエコロジー

車両溶接ラインでは、車体の移動に「水搬送」という仕掛けを採用。製造ラインなので車体を後工程に向けて動かしますが、車体を載せた台を動かす動力として、モーターではなく水を利用することで電力消費量を削減しているのです(従来のコンベアと比較して約96%削減)。床の青い部分が可動部。その下には水路があって、川のように一定方向に向かって水が流れ、その流れで台を動かしています。流れる水は溶接器具の冷却に使った水の再利用で、水の流れの速さを生産ラインのスピードに合わせてコントロールする技術もポイントです。

これが床下に組み込まれているコンベアの1台分の搬送台車。最上部は車両を固定する台で、上面から下は“床下”となる。下にある白い物体は、浮力を発生するとともに水の流れを受け止めるフロートでここにもたくさんのノウハウが詰まっている。これが連なって水の流れに押され、回転寿司のレーンのように生産ラインが動く

同じ色の同じ車両が30台ずつ連続で流れる

生産ラインには新型シビック、ジャズ(日本名:フィット)、シティ(日本名:グレイス)など複数の車種が流れますが、多車種を生産するアユタヤ工場に対してプラチンブリ工場は限られた車種を大量に生産する役割を担っています。しかも、同じ車種で同じボディカラー、仕向け地やグレードも同じ車両を30台ずつ連続して生産するのが特徴。同じ仕様を連続して組み立てることで作業のシンプル化を図り、生産効率を高めているのです。

また、車体の上にある屋根のような板にも役割があります。通常は白ですが、車両仕向け地が変わるときの色は青、車種が変わるときの先頭車両は赤になって、遠くから見ても仕様が異なる境目がひとめでわかるようになっているのです。あらかじめその境目を把握しておくことで、作業者が段取りの準備にゆとりを持てるようにというアイデア。

4輪量産車組み立て工場としては世界初の、ARCライン

プラチンブリ工場の最大のトピックが、「セル生産方式」を組み込んだ「ARC(アーク:Assembly Revolution Cell)ライン」と呼ぶ世界初の生産方式の採用。これまで四輪車の生産現場で広く採用されてきた「ライン生産方式」は、コンベア上を流動する車体に組立作業者が同じ作業を繰り返して部品を組み付けていく仕組みでした。対して「セル生産方式」は、作業者が広い範囲の工程を受け持ち、複数部品の組み付けを行う仕組み。その生産ユニットをメインラインに組み込んで流動させているのが世界初なのです。

この革新的でユニークな組立ラインは、1台の車体と1台分の部品を積載した搬送ユニット「ARCユニット」に4人の組立作業者が乗り込み、車体と一緒に移動しながら組み付け作業を行うのが特徴。ライン生産方式の工程では「作業者が流れてくる車体の仕様に合わせて必要な部品を選び、歩きながら組み付ける」ことになり、本来の組み付け作業以外の動きが多くありました。しかしセル生産方式では、組み付け作業以外の動きが減ることで、生産効率の大幅な向上を実現したのです。作業効率は従来に比べて10%向上しているといいます。

車体を固定する台と前後の2枚の円から成る「ARCユニット」が組み立て場所。従来の組み立てラインと違って直線を長くする必要がなく、将来的なレイアウト変更にも柔軟に対応できるのもメリットだ。約250工程のうち55工程ほどがこのラインで行われる
4人が1台を取り囲み、複数の工程を担当して組み立てる。作業スペースにはタブット端末が設置され、作業者に部品の組み付け順序や品質管理ポイントなどの指示を画像と音声で行い、習熟不足による誤った組み付けなどの人的ミスを防ぐのも新しい取り組みだ
取り付ける部品はあらかじめ1台分ごとに分けられ、ユニットに搭載されている。同じ棚にテールランプとショックアブソーバーが並ぶ様子は、これまでライン生産方式では見られなかった新しい風景だ

部品供給を支援する新システムも採用

これまでのライン生産方式では、複数台分の同じ部品、もしくは仕様違いの部品がまとめて組み立て作業者の脇に供給され、作業者が車両に合わせて必要な部品を選んで取り付けていました。しかしARCラインではあらかじめ部品管轄エリアの担当者により1台分のさまざまな部品がまとめられ、作業スペース(ARCライン)に供給されることで、作業者が部品を選ぶ手間を省いています。

そこで導入されたのが、部品のピッキングをサポートするシステム。ARCラインに隣接する部品保管エリアの担当者が部品をそろえる際に、生産計画と連動して、組立作業者の手元に適切な部品を供給する作業を支援。部品が収納された棚のランプが光って必要な部品や必要数を知らせることで、さまざまな車種が混在するラインにおいても、間違いのない部品供給を可能にしています。

エコロジーにも配慮し、職場環境を改善する工夫

天井には、太陽光を取り込むことにより最小限の電灯で工場内を明るくする天窓を多く採用。また随所に扇風機や、天井付近の風を循環させることで工場内の温度上昇を防ぐジェットファンが備わり、快適な労働環境を作る工夫が施されています。水搬送システムと合わせ、工場内の電力使用量を抑えるアイデアです。

こうして世界最高水準のクオリティを実現したプラチンブリ工場の敷地面積は約21.4万平方メートルと、東京ドーム45個分。約171億5000バーツ(約540億円)が投入され建設されました。現在は約2000人の従業員が2交代制で作業に当たり、1日500台の車両を生産しています。完成車の生産能力は年間12万台です。

プラチンブリ工場で作られる新型シビックはタイで大流行中

日本ではこの夏から発売される予定の新型シビックですが、タイではセダンが昨年春から発売中。ハッチバックも今年3月から発売が始まりました。タイ仕様はすべてプラチンブリ工場で生産されていますが、2016年1年間のシビックの販売台数は2015年(6718台)比で3倍以上となる2万2385台を記録。大ヒットモデルとなりました。どおりでバンコクの中心部では、驚くほどたくさんの新型シビックを見かけるわけです。ちなみに一番人気のボディカラーはホワイトだそうですよ!

(工藤貴宏+ノオト)

[ガズー編集部]